第12回藤江誠准教授

バイオのつぶやき第12回
藤江 誠 准教授

2016年5月20日

 「バイオのつぶやき」を読まれる方には、生物系の勉強をしている学生さんが大勢いらっしゃると思います。工学・農学・理学・医学、分野は違っても生物学の教育カリキュラムには、顕微鏡観察の実習が必ずや含まれていると思います。顕微鏡観察というのは好き嫌いが分かれる実習の代表で、好きな人は何時間でも顕微鏡を覗いているだろうし、苦手な人はできれば避けて通りたいと思ったかも知れません。ほとんどの生物系のカリキュラムに組み込まれているという事は、顕微鏡観察が基礎的でありかつ重要な知識・技術である事を意味します。最新の科学雑誌には多数の顕微鏡写真が掲載されている事からも、顕微鏡技術の重要性は感じ取れます。しかしながら、顕微鏡観察の重要性を頭では理解していても、顕微鏡を使ったイメージング技術を自分の研究に取り入れるのに抵抗を感じる人も多いと思います。

 顕微鏡技術の敷居を高くする最大の理由は、顕微鏡の操作にはマニュアル通りにやっても上手く行くとは限らない職人芸的な要素が含まれる事ことでしょうか? 不得意な人は、ピントを合わせてとりあえずの像を出す事すら困難かもしれません。画質を向上するには、光軸やコンデンサーの微妙な調整も必要ですが、「良い像とは何か?」の基準を曖昧に感じるかもしれません。蛍光顕微鏡の場合は、適切なフィルターを選択する必要もあります。苦手意識のもう一つの原因は、実習で行う画像のスケッチでしょうか? 研究室における実際の研究の場でスケッチした画像をデータとして使う事はまず考えられないですが、実習では沢山のスケッチを求められる場合が多いと思います。CCDカメラで撮影すれば簡単に済みますが、スケッチに適した像を抽出し手を動かして記録する作業が記憶に役立つ面もあります。とはいえ、私自身も自分が学生だった頃はスケッチをずいぶんと煩雑に感じました。電子機器はずいぶん安価になり実習でのスケッチは過去の遺物になるかもしれませんし、残るかもしれません。実習の目的をどう設定するか、という事でしょうか。

 幸いなことに、メカトロニクスの進歩により顕微鏡の自動制御が進み、各社からは洗練された顕微鏡システムが供給され、職人芸の必要性は大幅に低下しました。デジタルで容易に画像を記録可能なのはいうまでもなく、レーザー顕微鏡等を用いて細胞の三次元イメージをリアルタイムで取得可能になり、光の波長で規定される解像度の光学限界すら高度な計算処理等で超越しつつあります。この日進月歩の状況下で、イメージングが関係する研究はどのように変化していくのでしょう。重要なキーワードは、AIだと思います。

 ご存知の方も多いと思いますが、deep learningという自己学習型のアルゴリズムの出現によりAIの能力は飛躍的な進歩を遂げつつあります。多数の画像を取得し、そこから共通性を規定する特徴量を抽出する、といった作業はdeep learning と相性の良い分野です。例えば、病理検査で熟練の観察者が腫瘍を判定する作業などは、AIの導入によりどんどん自動化されるでしょう。AIにより自動制御された顕微鏡を用いて高速に病理組織の画像を取得し、ビッグデータ解析から構築したデータベースを利用して自動診断する。そんな時代は間近にせまっています。人間の仕事が機械に奪われるようにも感じられますが、見方を変えれば、機械で出来る仕事は機械にまかせて、人間にしかできない創造的・生産的な仕事にシフトするという事です。アカデミックな研究の範疇においても、アウトプットが想定できるプロジェクトでは、AIによる観察条件の最適化、無人処理でのデータの大量取得、ビッグデータ解析といった流れからの研究推進が期待できます。例えば、特定の生理条件に対応するタンパク質を二次元電気泳動で探すように、ある特定の条件で出現する細胞内微細構造を探索するといった作業は、近い将来に半自動的に遂行可能になるはずです。脳細胞の全ての接続を解明しようというコネクトーム研究も動き出しています。発酵工学の分野を考えると、培養条件によってミトコンドリアや液泡の形態異常示す酵母の変異株を自動的にスクリーニングする、そんな実験計画も可能になるでしょう。

 次世代シーケンスの普及はわかりやすい例ですが、人海戦術を小人数で代替するパラダイムシフトが起きた時には、「何を観察するか?」の研究立案能力が一番重要です。現存する仕事の半分はAIに置き換わるという予測も出ていますが、技術者・研究者として生き残るには生物学全体の動向を俯瞰できる幅広い知識と、セレンディピティとの出会いを見逃さない感性を磨くことが重要です。学生・ポスドクの期間に生物学における教養を積む必要があると言い換えられるかもしれません。

 


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