第33回黒田章夫教授

第33回黒田章夫教授「バイオと人生観」
黒田章夫教授
黒田 章夫教授

細胞工学研究室

(2018年4月20日)

 今日は先日出張で行ってきたスタンフォード大学の様子をつぶやきたいと思います。

 私は1995年から約1年間、スタンフォード大学医学部の生化学教室に留学していました。今年でちょうど生化学教室創設60周年ということと、私がお世話になったA. コーンバーグ先生生誕100周年の記念シンポジウムがあり、久しぶりにスタンフォード大学に行くことにしました。

 驚いたのは、当時から比べると、生化学教室の周りに新しい建物が、4つも新設されていました。日本の大学は最近予算がつかないので、20年前とほとんど変わっていませんので、それに比べると大きな違いがあります。ただ、スタンフォード大学は私立なので、政府のお金というよりは寄付が大きいです。よく見ると、それぞれの建物には、寄付した人の名前が刻まれています。シンポジウムがあった建物も、Li Ka-Shing Centerという名前が付いていました。Liさんは香港の財閥の会長さんのようですが、37億円以上寄付しているようです。日本の大学でもほんの一部ですが、人や企業の名前の入った建物があります。日本人ももっと財産を社会に還元するようになればいいなと思います。

 余談になりますが、スタンフォード大学のあるシリコンバレーには、多くのバイオベンチャーがあり、日本の製薬企業も投資、あるいは買収を行なっていて、世界中からお金が集まるようになっています。スタンフォードの友達の話では、このベンチャーにこんなにお金を出すのか、と驚くことがあるようです。ある意味バブルが起こっているようです。またそのお金がスタンフォード大学との共同研究に使われて、どんどんそのほかの地域との差が広がるように感じました。せめて日本の企業は、日本の大学にもう少し投資してほしいものです。

 話を元に戻します。このシンポジウムで驚いたのは、スタンフォード大学の教授でP. ブラウンという人のことです。私がいた当時、彼は新進気鋭の教授で、大きなラボを構えていて、DNA chipで有名な教授でした。DNA chipを世界に広めたと言っても過言ではありません。その人は当然DNA chipで大御所になっていると思ったのですが、すでに大学を辞めて、今は人工肉の会社を始めていることに驚きました。なぜ人工肉なのかというと、肉の生産が穀物の生産に比べて格段にエネルギーと水を使う、おまけに牛の反芻胃から出るメタンガスは世界の温室効果ガスの10%を占めるので、サステイナビリティー(人間社会の持続性)を考えれば、植物から作る人工肉が必要だということです。(その前にアメリカ人は食べる量を減らした方がいいと思うのですが)。肝は植物を原料に酵母が作るあるタンパク質の様です(興味がある人は以下のサイトをご覧ください、https://www.wired.com/story/the-impossible-burger/)。街に出ると、そのハンバーガーがすでに売られていました。“Impossible”という名のハンバーガーで 12ドルほどしました。パサパサ感はあるが食べれないことはないと思いました。日本のカニカマのレベルの高さに比べるとまだまだですが、この地域から発信すると、世界で普及する可能性があるなと思いました。

 何が言いたいかというと、あたらしいものを受け入れるアメリカは面白い。多様な生き方が出来るアメリカは面白い、ということです。有名教授が転職して全く新しいことを始めることは日本ではまずない。この社会に比べると、少し日本は堅苦しいのではないかと思いました。常識にとらわれて、みんな同じように生きているような気がしました。学生さんを見ていると特にそう思います。同じように入学して、同じように就職活動して、適度に研究して卒業する。価値観が同じで、ほとんどが大企業を目指している。自分の価値で自分の人生をマネージメントする感じがしないと思います。スタンフォードの学生さんは違います。優秀と言われる人ほど、価値観に合うベンチャーに行くようです。最近の若い人は外へ行かなくなったと言われています。若いときに、外で色々みて考えて自分独自の人生を送ってほしいな、と思いました。

 

会場のLi Ka-Shing Centerの写真

会場のLi Ka-Shing Centerの写真。手前の石垣には、これまでのスタンフォード大学のバイオの歴史が刻まれていました。DNAポリメラーゼの発見や最初の遺伝子組み換え実験などが個人のノートのコピーと共に刻まれていました。手前の人はサンディエゴのバイオベンチャーに勤める友人のラシッドさん。


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