きっかけはゴリラ【笛吹理絵】

  「私もゴリラと会話がしたい!」
  ―そう思ったのは、おそらく中学生の頃だったと思います。朝のニュース番組で、ココという名前のゴリラが映し出され、研究者の女性と手話を使い会話をする映像がとても衝撃的だったのを覚えています。それ以来、私もいつかゴリラと話せたら…と夢みるようになりました。そして、今思えば、この出会いが研究をする道に進むきっかけとなったのだと思います。私の場合、最初から研究者になりたいと思っていたわけではなく、ゴリラと話すという夢を叶える手段として研究職を考えるようになりました。テレビでゴリラのココを見た日から十数年経った現在は、文学研究科の地理学教室の教員として、人と動物の関係をテーマに研究をしています。このエッセイでは、私の学生時代のエピソードを紹介し、ゴリラから人と動物の関係へと辿り着いた過程を綴りたいと思います。こんな人もいるんだな…と思って自分の進路と向き合っていただけたら幸いです。

   話を元に戻しまして…。ゴリラと話す夢を持ちつつ、学部時代には生態学と人類学の2つを専攻していました。特に生態学の授業でキーストーン種について学んだ時には、種と種の繋がりによって保たれている生態系のバランスが興味深いものと感じました。おそらくその頃から、ある個体同士の関係性に関心を持ち始めたのだと思います。

   2010年の夏には初めて研究の手伝いをする機会が訪れました。霊長類学を専門にしていた博士課程の院生がリサーチアシスタントを募集していたので立候補しました。内容としては、飼育環境下のチンパンジーの行動を記録するというものでしたが、週2回のペースで近くの動物園に行き、チンパンジーの行動を一定時間記録していく中で、チンパンジー同士の社会的行動だけでなく、チンパンジーと人間の相互行動も垣間見ることができました。動物園の来園者がチンパンジーに対してとる行動や会話は興味深く、チンパンジーのマネをする子どもや、チンパンジーを「サル」と言う人など、チンパンジーの行動観察をするふりをして、来園者の面白い行動を観察したりもしました。

   動物園での研究の手伝いの経験が影響したのかは分かりませんが、その後、大学院に進んだ私は、人との関係性を考慮し、霊長類の行動や生態について研究し、保全につなげる「民族霊長類学」という分野に関心を持つようになりました。修士課程の研究では、自身の指導教員が調査地としていた中国安徽省の野猿公園において、2ヶ月間のフィールド調査を行いました。

中国安徽省に生息するチベットザル。
観光客とレンジャーを威嚇しているところ。

  ここで行われていたサル観光は、野生のサルの保全や研究を目的として行われていましたが、観光客がサルを見に行くことで、サルの行動や生態が変化するということがすでに指摘されていました。ですので、観光客に対する教育やサルの管理が必要不可欠となります。その役割を担うレンジャーの働きに着目したのが、自身の初めての研究でした。この研究は、2ヶ月間、ほぼ毎日、ビデオカメラを回しながらサルと観光客とレンジャーの行動を記録し、調査後、大学に戻ってからは、ビデオを見てコーディングをし、その後、サルとレンジャーと観光客の行動の相関関係を分析するという地道なものでしたが、中国での調査経験を通して、国や文化による動物観の違いや、異なる社会状況などを考慮することの必要性を実感しました。外国から来た研究者が「サルを保全しなさい。そのためにはきちんとサルの管理や観光客の教育をしなさい。」と言っても、なかなか上手くいきません。実際に、私が調査を行なった場所は中国の田舎町で、サル観光に携わるスタッフやレンジャーは貧しい村の住民でした。そのせいか、都会から来るお金持ちの観光客に対してあまり強く言えないレンジャーもいるようでした。

  中国での経験を経て、博士課程では人間動物関係学という学問にも関心を広げるようになり、今に至っています。ゴリラから始まり、現在は観光の対象となる動物を中心に日本で研究を行っています。因みに…ゴリラと会話をするという夢は、ゴリラではありませんが、チンパンジーと手話で会話をする形で叶えることができました。

大久野島のウサギ。現在の調査地の一つ。


up