HOFMANN HOLGER FRIEDRICH 教授にインタビュー!

HOFMANN HOLGER FRIEDRICH 教授にインタビュー!

ミクロの世界の物理を考える量子力学の理論に関する研究。

未解決な問題が多く残る量子力学。測定問題などの命題に理論面から取り組む。

ホフマン先生

 私は、物理学の中でも、量子力学や量子光学、量子情報処理、数理物理といった分野の研究者です。物理学というと皆さんは、ガリレイやニュートンなどによる、いわゆる「古典物理学」を思い浮かべるかもしれませんが、私の研究分野は、「現代物理学」と呼ばれる新しい物理学です。19世紀末頃から、それまでの物理学の理論では説明のつかない現象が多く発見されるようになり、20世紀初めに相対性理論や量子力学に代表される「現代物理学」が生まれました。

物質は分子、原子、原子核、素粒子などで構成されることが明らかになるとともに、ミクロな世界の物理現象を探求しようとする「量子力学」が開発されたのです。そして、今日まで多くの研究成果がもたらされ、より効率的なデータ処理を実現する量子コンピュータも生まれています。
 その一方で、量子力学の多くの基本的な問題は未解決であり、満足のいく説明はなされていません。そこで、私たちの研究グループでは、量子論に基づいて最適に制御された量子系における測定と制御の限界を正確に探る研究をおこなっています。 
 まず量子論の歴史的経緯について簡単に触れます。量子力学の不思議さは、歴史的には光の研究から見えてきました。それまでの物理学では、光は電磁波つまり波であり、マクスウェル方程式から説明できることが分かっていました。しかし光の研究を進めるうちに、光のエネルギーが離散的で、エネルギーの最小単位(プランク定数×振動数)を持つことも分かってきました。このことから光は光の粒(光子)の集団であるとの考えが広まりました。しかし物理学では波と粒子は完全に別のものと考えられています。つまり波は振動が伝わるだけで物体そのものは移動しませんが、粒子は物体の移動そのものを示します。そのため波と考えられていた光をどのように光子の集団と結びつけるのか、科学的な説明がなされないまま、計算に必要な数学的道具の整備が優先的に進められました。これが今の量子力学の体系になります。したがってそれらの道具を使って計算することは可能ですが、数学的な定義と演算が我々には直接見えないミクロ世界の物理的状況とどう対応するのか、未だに分かっていません。つまり数学的な道具をどのように物理的状況に適用するのか、本当のところは明らかにはなっていないのです。
 このような量子力学の状況は、量子論が不完全だからではないか、という疑念を生み出します。実際、1935年にアインシュタイン、ポドルスキ―、ローゼン、は二つの粒子への崩壊の思考実験から、「不確定性原理」は成立しないと説明しました。彼らはその議論を元に、不確定性原理は単に我々の勘違いであり、量子論は不完全であると主張したのです。彼らが取り上げた物理系は、今では「量子もつれ状態」として知られている系です。量子論の不確定性は確率分布ではなく、得られる結果の可能性の重ね合わせを示すと考えられましたが、物理的理解を難しくする要因となっています。つまり重ね合わせ状態をどのように物理的に理解するのか、というのは量子力学を理解するための物理学での大きな問題だったのです。1935年の議論で、アインシュタインは重ね合わせ状態は確率分布のようなものであるという考えに基づき、確率的な不確定性を含まない、量子論よりも根本的な理論があるのではないかと主張しました(アインシュタインの量子論を批判する言葉として、「神はサイコロを振らない」という有名な言葉があります)。しかし我々は、未だにそう言った理論を見出していません。したがって、我々は重ね合わせ状態がどんな物理的状況を表しているのか、未だに説明できない状況にあるのです。
 重ね合わせ状態の不思議さを説明した「シュレーディンガーの猫」という有名なパラドックスをご存知でしょうか?これは、ふたを開けるまで猫の状態は分からず、箱の中では、猫は生きた猫と死んだ猫が重ね合わせの状態にあると説明するものです。このように、量子力学では、観測するまで粒子はいろいろな状態の重ね合わせ状態にあると考え、まずは重ね合わせ状態を数式に書き下し、その状態を使って計算します。その計算結果は見事に実験結果を再現します。では皆さんは生きた猫と死んだ猫の重ね合わせ状態を想像できるでしょうか?しかし量子力学では、重ね合わせ状態は数学的に定義できるために、生きた猫の状態と死んだ猫の状態の重ね合わせ状態を数式で書き下し、計算することができてしまうのです。この両者は明らかに矛盾です。一方は我々の実体験から重ね合わせ状態は存在しないと思われるのに、もう一方は物理的実験を再現するために重ね合わせ状態が必要と述べているのです。古典物理学と量子力学が自然の一部分を説明するのであれば、両者は違っていても矛盾してはいけないはずです。「シュレディンガーの猫」にしても1935年のアインシュタインの主張もこの原則に基づいたものでした。「重ね合わせ状態」の問題は、量子論固有の問題というよりも自然を統一的に理解するために神様が与えてくれた問いなのかもしれません。
 そしてもうひとつ、量子力学の根幹を成す考え方のひとつに「不確定性原理」や「不確定性関係」があります。位置と運動量、時間とエネルギーのような、相補的な2つの物理量を同時に正確に決めることは不可能であり、それらは確率的に与えられるというのが「不確定性原理」です。そして、こうした物理量の組み合わせを「不確定性関係」と言います。2つの物理量の「不確定性」についての考え方は、量子の世界での測定問題や、アインシュタインが論じたように量子もつれ状態の非局所性(2つの粒子が離れていても量子もつれ状態を保つこと)の問題などにつながっています。
 いずれも非常に理解しがたい不思議なものです。量子論の数学的な計算だけでは、現実を説明できません。そのため私たちはいまも、この未解決な問題に取り組んでいます。

数々の研究成果を世界へ。物理量の実在問題など未解決な問題に一石を投じる。

 私が特に興味があるのは「測定問題」です。その詳細を、これまでの研究成果からご紹介しましょう。
 前述したように、量子力学では、不確定性原理によって、相補的な関係にある2つの物理量は同時に正確な値が得られないとされています。しかも、ミクロの世界を扱うため、測定行為そのものが測定対象の初期の状態を乱してしまい、最初の状態での物理量を正確に知ることはできないと考えられています。つまり通常の量子測定では、物理量の値は得られず、値として存在していたかどうかも確認できないという未解決問題があります。これを踏まえて、私の研究グループでは、次のような研究成果を発表しました。

◆量子力学の不確定性原理における測定誤差の相関の測定に成功(2018年12月)
 私たちの研究グループ(※)は、光子の相補的な2種類の偏光の同時測定に関して、測定誤差を生じさせる測定装置の間違いが両方とも起こるか、あるいはどちらか一方のみ起こるかの傾向の強さを表す量(測定誤差の相関)の測定に世界で初めて成功しました。これは、それぞれの測定誤差以外に、測定誤差の相関が初めて実験的に評価され、古典物理学では説明できない関係が確認されたということです。この結果を相補的な物理量の統計的性質の解析に利用することで、相補的な関係にある2つの物理量の関係の解明につながると期待されました。
※先端物質科学研究科助教の飯沼昌隆先生や京都大学の先生方との共同研究

図1.二種類の偏光 x と y の同時測定の測定誤差とそれらの相関をもつれ合った光子対で評価する。
x と y の量子相関が負となる状態を用意すると、xy の量子相関は正となる。

◆量子力学における物理量の実在問題につながる測定法を開発(2021年2月)
 前述の「測定誤差の相関の測定」の成功を基に、私は、「物理量の実在問題」の解決に挑みました。そして、量子測定から得られた測定結果に対応する物理量の正確な値を得る方法を発見し、その値が弱値と一致することを理論解析から明らかにしました。
 この研究では、図2のような測定系を考えました。まず、最大のコヒーレンスを持つ単一の量子ビットを用意し、量子システムと弱く結合させて、「量子もつれ」の状態をつくります。量子システムの測定後には、量子ビットは量子システムの測定の影響を受けて変化します。その変化した量子ビットに、得られた測定結果に対応するフィードバックを施します。
 フィードバックが不適切な場合は、量子ビットの状態は元に戻りません。元に戻らなかった量子ビットの最初の状態からの変化は「デコヒーレンス」として現れ、その大きさは、「小澤の測定誤差」と一致することが分かりました。小澤の測定誤差は「物理量の真値と測定値との差」を意味するため、量子ビットを元に戻す適切なフィードバックが分かれば、デコヒーレンスをゼロにできます。量子力学ではフィードバックの量が物理量の値に対応するため、フィードバックで変化量を当てはめれば測定誤差がゼロとなり、物理量の正確な値が得られることになります。理論解析の結果、物理量の正確な値は最初の状態と得られた測定結果の両方で決まる弱値と一致することが分かりました。このフィードバックによる当てはめは、図3に示した足と靴の関係と同様だと言えます。
※コヒーレンス:量子状態での重ね合わせの程度を表す量のこと
※デコヒーレンス:最初に持っていたコヒーレンスを損失すること、または損失した量のこと
※小澤の測定誤差:2003年に小澤によって導入された測定誤差

物理量を得るための測定系

図2.物理量を得るための測定系

図3.フィードバックによる変化量への当てはめによって、物理量の値が定まる。
足の測定後、当てはめることで靴の実在をもたらすのと本質的には同じである

大事なのは原理の理解。そこから、社会問題の解決につながる科学技術が生まれる。

 父も物理学者なので、私は子どもの頃から科学について学んでいました。特に物理を勉強したのは、深い思慮と実用性を結びつけるという考え方が好きだったからです。大学に入学した時、私は量子力学はもう十分わかったと思っていましたが、友だちはそうではないと反対しました。いまでは友だちが正しかったと思っています。大学では同じような興味を持つ友人がたくさんいて、飽きることなく一緒に難問に立ち向かっていました。
 日本語は大学の頃から勉強を始めました。父が日本と交流があったことと、文化の違いに惹かれたからです。大学卒業後は日本の理化学研究所などいろいろなところで量子力学に関連する実験などを仕事にしていました。その中のひとつ、ドイツ航空宇宙センターでは、半導体レーザーで起こり得る量子効果を調べる仕事をしていましたが、そこで私は、光の量子力学が、それまで学んできた量子力学とはまったく異なるものであることに気づきました。やがて、量子コヒーレンスの役割について、自分なりの考えを持つようになりました。
 その後、北海道大学でポスドクとして過ごす間に、量子情報科学から生まれる新しい問題に研究の重点をどんどん移し、量子系の物性間の不確定性関係から直接、「もつれ」を評価する新しい方法の開発にも携わりました。
 広島大学にやってきたのは2004年です。その後、2010年には、同じ大学院の角屋豊教授などと一緒に、「ナノサイズの光のアンテナの開発」に成功しています。これは、テレビ電波受信用の八木宇田アンテナを光に応用したもので、強い指向性を持つ八木宇田アンテナから、放射について授業で教えるために考えました。発光は普通は、空間の中に広がって、光子を失ってしまう。そこで、空間の発光を集めるにはどうすればよいかを考えた結果、おもしろい成果が生まれました。
 こうした私たちの研究は、世界中の科学者にとって非常に興味深いものです。私は現在、世界各国の研究者が参加する国際的なネットワークにも積極的に参加し、日本の学生たちも、こうした国際的な議論に積極的に参加できるようお手伝いできればと思っています。
 現代社会は、そのために費やされた努力を評価することなく、当たり前のようにさまざまな技術を利用してきました。量子論はこの危険な過信に挑戦しています。私たちを取り巻く「世界をコントロールする能力」には限界があることを理解する努力が必要です。そのためには、科学は数式やデータに基づいているのではなく、科学の原理に基づいていることを学ぶべきです。量子論の理解に数学は重要ですが、先端的な研究と技術を本当に理解している人は少ないと言えます。
 量子論は、未解決の問題が多く、多くの異なる視点が存在する分野であるため、コミュニケーション能力と自立した思考に必要な分析能力を学ぶ良い機会となります。私たちの研究が、オープンな問題に対して建設的な議論を行うことが、いかに新しい、予想外の結果につながるかを示すことで、積極的な貢献ができることを期待しています。

研究室の学生と

 

HOFMANN HOLGER FRIEDRICH 教授
ホフマン ホルガ フリードリッヒ 
量子光学物性研究室

1969年7月4日  ドイツ、シュトゥットガルトに生まれる
1989年~1994年 シュトゥットガルト大学 物理学科 在学
1994年      物理学修士号取得
1995年      理化学研究所(和光市)研究員
1996年~1999年 ドイツ航空宇宙センターDLR(シュトゥットガルト)、物理学博士号取得
1999年      シュトゥットガルト大学より博士号(学術)取得
1999年~2001年 日本学術振興会特別研究員(東京大学)
2001年~2004年 JSTポスドク(北海道大学)
2004年~2020年 広島大学 大学院先端物質科学研究科 准教授 
2020年~     広島大学 大学院先進理工系科学研究科 教授

2020年09月 IOP trusted reviewer, IOP publishing, IOP trusted reviewer
2015年01月 APS Outstanding Referee, American Physical Society, Outstanding Referee
2015年06月 OSA Senior Membership, Optical Society of America, OSA Senior Member


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