藤島 実 教授にインタビュー!

超高速・超高精細の世界を実現する「超高周波帯」無線通信技術の研究。

テラヘルツ波を用いた新しい超高周波通信技術の開発への挑戦。

 私の研究室では、テラヘルツ波で動作する半導体(集積回路)を研究しています。テラヘルツ波は電磁波の一種です。テラヘルツ波は、主に1THz前後の周波数で、電波と光の中間の電磁波です。テラヘルツ波は、技術的に取り扱いが難しいため、これまで研究があまり進んでいませんでした。しかし近年、幅広く使われているシリコン半導体技術の進歩に伴い、テラヘルツ波を利用した新しい技術開発が注目されています。

 注目される理由のひとつに、「電波資源は有限であること」があります。意外に思われるかもしれませんが、電波は非天然資源に分類され、天然資源と並んで人間の生活や産業に欠くことのできないものです。理論上、利用できる電波に制限はありませんが、現実には利用できる数に限りがあり、対策を講じなければいずれ電波は枯渇してしまう恐れがあるのです。電波を資源として理解するために、電波の性質を説明しましょう。
 基本的に電波には、「同じ場所で同時に同じ周波数を使える人は限られている」という性質があります。そのため、複数の人が同じ場所、同じ時間に同じ周波数を使うと、大気中で「クロストーク(混信)」が発生し、正常な通信ができなくなります。これを防ぐために、電波法という法律で、電波の周波数が用途に応じて割り当てられています。例えば、地上デジタルテレビ放送では470~710MHz(メガヘルツ)、携帯電話では主に800MHzや900MHzといった周波数が使われています。しかし、携帯電話の急増や新しい無線システムのスピードアップに伴い、周波数の需要が膨らむ一方、既存の周波数が特定のユーザーによって占有されているのが現状です。過去、技術の発達に伴い、周波数不足が繰り返されてきました。つまり、電波資源は有限であり、需要の増加によって圧迫されているのです。
 私たちの研究は、これまで使われていなかったテラヘルツ波を用いることにより、電波の問題を解決するための研究とも言えます。特に、テラヘルツ波の超高周波通信技術の開発とその応用に力を入れています。

CMOS集積回路を用いた300GHz帯トランシーバICの開発に成功。

 電波資源の開発には、大きく分けて2つの方法があります。1つは、電波の効率的な利用方法を研究して利用者を増やす研究をすることです。もう1つは、利用可能な周波数の上限を増やすために、より高い周波数を利用する技術を研究することです。私たちは後者のうち、テラヘルツ帯の中で最も無線通信への応用が期待されている300GHz帯を中心に研究を行っています。
 なぜ300GHz帯が有望なのでしょうか。理由のひとつは、252~296GHzの連続したとても広い周波数帯域が通信に利用できることです。もうひとつは、大気中の減衰です。周波数が高くなると、主に大気中の水分による電波の減衰が大きくなりますが、200~300GHzの周波数は、大気による減衰が少なくなる「電波の窓」とも言える領域です。このため、私たちのグループでは、テラヘルツ帯の低周波領域である300GHz帯を用いた無線通信技術の研究を進め、既に多くの成果を上げています。
 2019年には、スマートホンやパソコンなどに広く用いられているシリコンCMOS回路を用いた300GHz帯の1チップトランシーバIC(集積回路)の開発に成功しました。この1チップ・トランシーバーの成果を生み出す以前に、世界で初めてシリコンCMOS回路を用いた300GHz帯の送信IC(最大伝送速度100Gビット/秒以上)と32Gビット/秒のデータを受信できる受信ICの開発にも成功しています。前述のトランシーバICは、これらの技術を融合し、送信部と受信部を1チップ化したもので、80Gビット/秒の伝送速度が可能です。
 私たちの研究で重要なのは、「CMOS集積回路の活用」です。高速動作に優れた特性を持つ化合物半導体ではなく、CMOS技術の開発に力をいれているのは、将来のアプリケーションを見据えているからです。その意味で、CMOSは商業的な優位性を持っています。研究には困難も多いですが、商業的に優位であればさまざまな応用が期待できるため、無線通信の新時代を切り開くために、さらに研究を進めていきたいと思っています。

ミクロンオーダーの素子を対象としたテラヘルツ帯電気特性測定装置

世界最先端の研究にチャレンジできる研究室。女性も大歓迎。

 テラヘルツ通信の利点は、100GHz近い圧倒的な周波数帯域を利用できることです。テラヘルツ通信技術が世の中に普及すれば、光ファイバーなどの有線通信で可能な高速通信や高精細映像の伝送を無線で実用でき、携帯電話がつながらない場所は世界中に存在しなくなるなど、地上の変化に加え、宇宙との通信でも大きな変化が起こります。そんな世界を夢見て、私たちの研究室では、さまざまな通信技術の開発、デバイス開発、システム設計などを中心に、総合的な研究開発を行い、オリジナルな技術の創造を目指しています。
 若い人たちにとって通信技術はとても身近なものです。5Gを実際に体験されたことはありますか?実は、通信システムは、何かのアプリやサービスと組み合わせて初めてその価値が発揮されると言えます。この関係から、通信の研究はよく「土管屋さん」に例えられます。良い土管がなければ水をたくさん流すことができません。良い通信技術がなければ、良いアプリケーションやサービスは生まれません。私たちの研究は、人から見えなくても人の役に立つネットワークの「土管」をつくることです。
 2019年には、総務省の「電波資源拡大のための研究開発及び異システム間の周波数共用技術の高度化に関する研究開発」に採択された他、その後新エネルギー・総合開発技術機構や科学研究費助成事業(科研費)などにも採択され、私たちの研究にも潤沢な資金が提供されています。世界最先端の研究が行われている研究室だと信じています。
 この研究室に興味を持たれた方はぜひ「先端集積システム工学研究室」を目指してください。工学部第二類〔電気電子・システム情報系〕に占める女子学生の割合はまだ低いですが、「電気はよくわからない(=不安で怖い)」と敬遠しがちな女子学生には、この分野の研究者になる可能性を考えてもらいたいと思います。恵まれた研究環境も大きな魅力です。

藤島    実    教授

Minoru Fujishima
先端集積システム工学研究室

1993年    博士(工学)取得(東京大学工学系研究科)
1993年~1994年    東京大学工学部助手
1994年~1999年    東京大学工学部講師
1999年~2009年    東京大学助教授(2007年より准教授)
2009年~2020年    広島大学大学院先端物質科学研究科教授
2020年~    広島大学大学院先進理工系科学研究科教授


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