岡村 好子教授にインタビュー!

海洋微生物の有用物質・有用遺伝子の探索と利用に関する研究。

難培養性の海洋微生物から未知の遺伝子を取得し、社会に生かす。

 私は微生物、特に海洋細菌の機能を利用する研究をおこなっています。海洋の細菌は99.9%以上が難培養微生物であることが知られており、それらの有用な機能は、遺伝子を探索して合成生物学によって利用するため、遺伝子探索方法や遺伝子合成方法なども含めて開発しています。また、培養できる細菌については、その代謝に伴う有用物質生産経路の解明と、大量生産による応用に向けた研究をしています。

 研究では、SDGsの目標のうちの、7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに 9.産業と技術革新の基盤をつくろう 12.つくる責任つかう責任 14.海の豊かさを守ろう――のあたりを意識しながら、『資源の再利用』や『低炭素社会の実現』を目標にしています。

 研究のスタイルはというと、まず海洋にサンプリングに出かけ、持ち帰ったサンプルから新しい機能を持つ細菌株や遺伝子を探すというやり方でおこないます。

 サンプリングに出かけるのは瀬戸内海や沖縄の海など。海は生命の起源であり、環境多様性も広いため、川の水や土から探すよりも、非常に変わった思いもよらない遺伝子が取れるのです。また、同じ海でも、ヒトが入った海水浴場でサンプリングしたものは、なかなかバクテリアが生えてこないので、広島大学の小型調査船からぬす丸に乗せてもらって、瀬戸内海の無人島を選んで出かけるようにしています。

 そして、取ってきたサンプルは、空きビンに入れてしばらく増えるのを待ちます。難培養性といってもまったく増えない訳ではなく、まわりに仲間がいれば共存して生きながらえてくれるので、外から見て少し色が付いてきて、少し数が増えてきたなと分かると、今度はそれを実験室に持ち込み、狙った遺伝子に印をつけて取るという作業をします。その際の手法は、既知の遺伝子も未知の遺伝子も含まれているゲノムに対して、次世代シーケンサーを使ったメタ解析をおこない、新しい機能を持つものを見つけ出す「メタゲノムアプローチ」というものです。この手法で、いつも「みんなと違う」細菌機能が発見されます。探索方法もオリジナルに開発しています。

図1:メタゲノムアプローチと新技術開発

新たに『RNA直接検出法』を開発。新型コロナウイルス検査への応用も。

新技術開発を続けている私達ですが、2020年にも新しい機能遺伝子を発見するために、ある技術を開発しました。それは、欲しいと思った遺伝子の配列の一部を使って目印をつける手法で、核酸増幅技術でもあります。難培養性微生物(稀少数)と既知の微生物(圧倒的大多数)の遺伝子のわずかな違いも見分けられるように、DNAでなくRNAを見分けるように開発したもので、『逆転写を介さないRNA直接検出法』という非常に画期的なものです。

 この度のコロナ禍においては、PCR検査が一躍有名になりましたが、多くの問題点も指摘されています。そのひとつが、RNAウイルスである新型コロナウイルスを逆転写によってDNAに変換したのちに増幅させるため、DNA由来の擬陽性の問題が生じることです。私達が開発した新技術はRNAウイルスの検出に応用可能なので、半導体デバイスの先生との共同研究で、ウイルス検出デバイスの開発もおこなっているところです。うまくいけば、PCRの問題の解決策になるかもしれません。

 いまは、私が学生だった時に比べると、検出技術が革新的に進んでいます。私達の研究開発でも、重要な機能を持つ微生物を、破壊することなく、1細胞レベルで特定することが可能になりました。新しい知見を集めて謎解きやパズルのように考え、“新しい原理を思いついたとき”がいちばんワクワクします。そして、この「妄想」に基づいて学生と一緒に実験計画し、その結果を見て「これは行ける!」とディスカッションしていますので、妄想が予定になり現実になるワクワク感を、研究室の学生さん達も体感していることと思います。

 さらに、妄想を現実のものにするために重要なのは、前述の半導体デバイスの先生のような、他分野の研究者の方々とも頻繁に情報交換をおこなうことだと考えています。私の研究室では、微生物を利用したレアメタルの回収にも取り組んでいるのですが、これも半導体結晶を研究する先生と一緒におこなっています(*)。これには、微生物が重金属イオンを体内に取り込んで、無毒化するために鉱物化する機能を利用します。常温常圧で生まれるこの鉱物が、もしかすると半導体マテリアルになるかもしれません。また、通常、半導体結晶を作るのには1000℃ものエネルギーを使っていて、非常にハイカーボンで危険な作業を伴うのですが、生物機能の利用は、そうしたハイカーボン問題の解決にもつながるかもしれません。違う分野の知見や情報を交換することによって、これまでにない反応が生まれ、新たな分野が育っていく――私はそこに大いに期待して、他分野の先生のドアをノックしに行きます。
*この研究は広島大学のインキュベーション研究拠点のひとつに認定された「バイオジェニックナノマテリアル融合研究拠点」にて進められています。

 生物工学は多様な分野の技術と融合することで、私達の安心安全な生活をサポートしてきました。このように、多面的に自分の研究を捉えることで、社会に役立つ研究ができると考えています。

作業に使用されるスーパークリーンルーム「テーブルコーチ」は、
岡村先生のグループの発案から生まれたもの。
2台も並ぶ実験室があるのは国内の大学ではここだけだ。

生物工学は、持続可能な社会に向けて、諸問題を解決する技術を生み出せる学び。

前述したように、私達の研究は、金属資源の循環や低炭素社会の実現の基盤になることを目指すものです。金属資源の安定な供給は、電子機器など私達の便利な生活を支える材料に不可欠ですし、何といっても、未来の子どもたちが安心して暮らせる持続可能な社会であって欲しいと思うからです。

 そして、こうした目標や、海洋微生物の未知なる遺伝子資源を利用するという研究のコンセプト自体は揺るぎないものとしてある一方で、そのアウトプットは、常にその時々のニーズに合わせて応用展開していくよう努めています。それは、どういう技術や社会になって欲しいかというニーズを実現していくのが工学部の私達の使命であると思っているからです。

 私はいまも、学生時代の恩師の「君たちの研究費は国民の税金から来てるんだから、国民のためになることを発信するのが君たちの納税義務です」という深い言葉と、「他人の真似をせず、誰もやらないことをやる」という教えを心の真ん中に持っています。

 生物工学は、工学部で生命の研究をする学問であり、生物学でありながら、工学者として社会に役立つ技術を作ることができる学問と言えます。これまでも工学が公害などの環境問題を解決する技術を生んできましたし、これからの問題も工学が解決の道筋を作らねばなりません。

 広島大学は、工学部が大変充実しているうえに、総合大学であるため、他分野の先生がすぐ近くにいて、妄想が現実に近づくアプローチに必要な技術協力をいただけます。さらには、海の研究をする環境も整っているという、大変ありがたいところです。ここでしっかり研究経験を積んだ学生さん達は、よい就職先にも恵まれて、社会で活躍してくれています。彼らには、どんな研究をしてもどんな就職をしてもどんな人生を歩んでも、地球で生きていく一員なのですから、将来の地球の姿がどうあって欲しいのか、そうなるためには何が必要か、を考えられる人材になって欲しいと思っています。

 最後に、いま一番欲しいと思っているのは、私と一緒に、ワクワクしながら、新しい世界を切り拓いていく野望を持った元気な学生さんです。皆さんが私の研究室のドアを叩いてくれる日をお待ちしています。

バイオジェニックナノマテリアルを合成する細菌

国際学会で受賞した学生のポスター(3件)

 

岡村 好子 教授
Yoshiko Okamura
海洋生物工学研究室 教授

東京学芸大学大学院 教育学研究科 理科教育専攻 修士課程修了
東京農工大学大学院 工学研究科 物質生物工学専攻 博士後期課程修了
(井ノ頭学園藤村女子中高等学校(理科教諭、1995年4月〜1997年3月)を経て博士課程へ進学)
学位取得後、JSPS研究員、カリフォルニア大学サンタバーバラ校マリンサイエンス研究所でのポスドク、
県立広島大学、東京農工大学を経て
2008年4月1日~2008年12月31日 早稲田大学 先端科学・健康医療融合研究機構 講師
2009年1月1日~2010年12月31日 早稲田大学 理工学術院 准教授
2011年1月1日~2018年3月31日   広島大学大学院 先端物質科学研究科 准教授
2019年4月1日~2020年3月31日   広島大学学術院(統合生命科学研究科) 准教授
2020年4月1日~           広島大学学術院(統合生命科学研究科) 教授


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