若杉 勇太 准教授にインタビュー!

若杉 勇太准教授にインタビュー

消散型波動方程式の適切性・漸近挙動について理論的に解き明かす研究。

実生活で役立っている微分方程式。

若杉 勇太准教授

 皆さんは気象予報の仕組みを知っていますか? 未来の大気の状態を予測するためには、今の大気の状態が時間の経過とともにどのように変化するのかを明らかにする必要があります。この変化の度合いを求める際に利用されるのが偏微分方程式です。私の研究テーマは、そうした偏微分方程式に対する適切性と、漸近挙動と言われるものについて明らかにしていくことです。
 まずは微分方程式についておさらいしてみましょう。微分方程式とは一言で表すと微分を含む方程式のことで、微分とは物理量の変化を表す概念です。

 例えば、「y’=y」という式は人口の増減を記述するもっとも単純な微分方程式で、その地域における人口の増減は、今まさにそこに住んでいる人の数に応じて決まるということが表されています。では偏微分方程式はどんなものかというと、変数が2つ以上ある微分方程式と言えます。ギターやバイオリンの弦を弾くと、弦が振動しますよね。このときの弦の(静止状態からの)変位を関数として表すには、弦のどの部分かを指定する空間変数と、どの瞬間かを指定する時間変数の2つの変数が必要です。そういった2つ以上の変数に関する微分を含む微分方程式が、偏微分方程式です。微分方程式は物理量の変化に関する法則を表しており、私たちの身の回りの様々な現象が微分方程式を用いて表されます。最初にあげた気象予報に関わる大気の流れもその一つです。他の具体的な例ですと、惑星がどのような軌道で恒星の周りを運動するか、感染症が人々の間でどのように広がるかなどの予測を立てる際に利用されており、私たちの生活に大きく関わる分野なのです。

物理現象を記述し、論理的な証明を重ねる。

 さて、今度は適切性についてお話ししていきましょう。物理現象をもとにした微分方程式は、残念ながらほとんどの場合手計算で解くことはできません。気象予報が良い例で、方程式が複雑すぎるがゆえに手計算で解を求めることはできず、コンピュータで解の近似値を求めること(シミュレーション)が行われています。このような手計算で解を求めることができない方程式に対しては、理論的に解の存在を保証すること、もっと踏み込んで言うとシミュレーションの妥当性を理論的に保証することが重要になります。数学的にはこれは微分方程式の「適切性」(正確には初期値問題の適切性)を証明することに相当します。「適切性」とは、解の「存在」「一意性」「初期値連続依存性」の3つを合わせた概念です。以下、これらがなぜ重要なのかを簡単に説明してみましょう。解の「存在」についてですが、もし解が存在しないとなると、例えば気象予報で例えると、現在の大気の状態から出発した未来の状態が存在しないことになってしまいます。現実にはこんなことはないわけで、これはつまり考えている微分方程式が現実の大気の状態を正しく記述できていないということです。次に、解の「一意性」ですが、これは解がただ一つに定まるという意味です。もし解が複数存在してしまうと、どの解が実際の物理現象として現れるのかがわからないため、現象の予測に役立ちません。そして、最後に「初期値連続依存性」です。また気象予報で例えますが、今の大気の状態について完全なデータを得るのは不可能で、実際は近似的な状態しかわかりません。近似的なデータから未来の状態を正しく予測するためには、近似的に与えた初期状態から出発した解が、元の初期状態から出発した解をちゃんと近似できていることを保証する必要があります。「存在」「一意性」「初期値連続依存性」の3つが揃ってはじめて、微分方程式の適切性が証明されたことになります。
 適切性がわかったら、次に調べたいのは具体的な解の形についてです。ですが今は具体的に解けないような微分方程式を相手にしているので、限定された状態に絞ることでしか解の形を調べることができません。「十分時間が経った後の状態」というのがその一例ですが、

このときの解の様子を「漸近挙動」、「長時間挙動」などと呼びます。この漸近挙動を調べるメリットは、特殊な状況にすることで解の様子を詳しく調べられる点と、物理現象の特徴を抽出することができる点にあります。例えば、熱源からの熱が空間内にどのように広がるかを考えると、最初は熱源から無秩序に広がっていた熱が、時間がたつと均一な状態に落ち着くことが想像できますよね。このように、中間的な状態は非常に複雑だが、十分時間が経った後の状態にはその現象に特徴的なパターンが見られる、ということがよくあります。これを微分方程式の解析により調べるのが漸近挙動の研究です。

粘り強く取り組む中でひらめきが生まれる楽しさ。

 私は特に、摩擦や抵抗の効果を考慮した消散型波動方程式という偏微分方程式に対して、適切性や漸近挙動の研究を行っています。消散型偏微分方程式の解は、摩擦が小さければ解は摩擦のない波動方程式の解のように振る舞い、摩擦が大きければ解は熱方程式の解のように振る舞うことが知られています。ではその境目となる大きさの摩擦のときはどうなっているのかなど面白い問題がたくさんあり、研究の進展に少しでも貢献できればと考えています。理論研究というと想像しにくいかもしれませんが、参考文献を読んだり他の研究者とディスカッションをしながら、問題を解き進めていくイメージでしょうか。数学の研究は時間をかけて取り組まれるものも多く、ひとつのテーマに区切りがつくまで10年以上かかる場合もあります。研究成果が社会で役立つにはさらに時間が必要で、数十年かかる場合もあります。シミュレーションによる気象予報はリチャードソンという人が1920年頃に考えたものですが、当時は手計算で行うしかなく成功しなかったそうです。気象予報が実用化されはじめたのはコンピュータが発展を遂げてからのことです。また、病院にあるX線CTも1917年には数学者のラドンによって理論が完成されていましたが、実現したのは1970年代と50年以上の月日がかかっています。もちろん、短いスパンで応用に直結する素晴らしい研究もたくさんありますが、長い目で見て未来の人類の生活を豊かにするような基礎的な研究にももっと理解が得られてほしいと願っています。
 数学の研究をやっていく上で大事なのは、粘り強く取り組み続けることだと思います。長く問題と向き合っていると、「解けた!」と思う瞬間があるが実は勘違いでふりだしに戻る、といったことを繰り返しがちです。それでも諦めずに続けているとふと良いアイデアが湧いて問題が解けることがあり、そういうときはやはりとても嬉しいです。行き詰まったときは色々な人と研究の話をしてモチベーションを保っています。研究集会に出かけて他の研究者の話を聞くことも良い刺激になります。数学研究の特徴としては、他の分野と比べ実験の必要がなく、場所と時間に自由度があることも挙げられます。自分のペースでじっくりコツコツ研究を進めたい方、数学が好きで興味がある方には向いているかと思います。数理学研究室には7名の教員がおり、研究分野も偏微分方程式、力学系理論、統計力学など多岐にわたります。もし興味のある分野があればぜひ見学にきていただければと思います。

若杉 勇太 助教
YUTA WAKASUGI

数理学研究室

2009年3月 大阪教育大学 教育学部 卒業
2011年3月 大阪大学大学院 理学研究科 博士前期課程 修了
2014年3月 大阪大学大学院 理学研究科 博士後期課程 修了
      博士号取得(理学) 大阪大学
2013年4月~2014年3月 日本学術振興会特別研究員DC2(大阪大学)
2014年4月~2015年3月 日本学術振興会特別研究員PD(大阪大学)
2015年4月~2016年12月 日本学術振興会特別研究員PD(名古屋大学)
2017年1月~2019年8月 愛媛大学大学院 理工学研究科 講師
2019年9月~2020年3月 広島大学大学院 工学研究科 准教授
2020年4月~ 広島大学大学院 先進理工系科学研究科 准教授


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