• ホームHome
  • 大学院医系科学研究科
  • 【研究成果】細胞と共生できるセンダイウイルスを発見! ~ウイルスの生態解明やベクター開発への応用に期待~

【研究成果】細胞と共生できるセンダイウイルスを発見! ~ウイルスの生態解明やベクター開発への応用に期待~

本研究成果のポイント

  • 急性感染性ウイルスであるセンダイウイルス注1)の遺伝的多様性注2)を高め、持続感染注3)能を獲得したウイルスを得ることに成功した。
  • センダイウイルスは、ゲノム上のわずか4-5か所の変異により持続感染性を獲得し、従来報告されていたウイルスと異なり、生体温度での増殖性を維持していた。
  • 本研究結果は、急性感染性ウイルスの生態解明や、広い用途で遺伝子導入に用いられるセンダイウイルスのベクターとしての機能改良に貢献する可能性がある。
     

研究概要

 広島大学 大学院医系科学研究科 ウイルス学研究室の入江 崇 准教授らの研究グループは、名古屋大学 大学院創薬科学研究科 細胞薬効解析学分野の岩田 萌 博士後期課程学生、小坂田 文隆 准教授らの研究グループとの共同研究で、細胞と長期間共生できる変異センダイウイルスを見出しました。
 急性感染性ウイルスにも持続感染が生じるメカニズムは十分に解明されていません。今回研究グループは、まず遺伝的多様性の高いウイルスの少量感染により、急性感染性のセンダイウイルスが持続感染した細胞を樹立できることを見出しました。この細胞から分離された新規変異センダイウイルスは、わずか4-5か所の変異のみで持続感染能を獲得し、生体温度で増殖が可能であるなど既報のウイルスとは異なる特徴を有していました。これらの結果は、センダイウイルスが急性感染した後、長期間複製を繰り返す中で生じた偶発的な変異により持続感染性を獲得し得ることを示唆しています。さらに、センダイウイルスは細胞に遺伝子を運び込むベクターとして様々な用途に利用できるため、本研究成果は長期間安定に遺伝子を発現できるなどの新たな特性を有したウイルスベクターの開発を通して、基礎研究および医療応用への貢献が期待されます。本研究成果は、2024年4月2日15時(日本時間)雑誌「Frontiers in Virology」2024年4月号(第4巻)に掲載されました。

研究背景と内容

1.背景
 ヘルペスウイルスなど一部のウイルスは、持続感染性を有し、感染個体から免疫により排除されずに長期にわたって感染が維持されることが知られています。一方、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどを含む数多くの急性感染性ウイルスでは、感染は持続せず、感染個体は死滅するか免疫により排除されます。しかし一方で、急性感染性ウイルスでも、培養細胞や感染個体で持続感染する場合が知られています。例えば、構造タンパク質の欠損や温度感受性変異により自立増殖能は喪失しているものの、長期に感染が持続する場合が知られており、麻疹ウイルス感染は亜急性硬化性全脳炎の原因となると考えられています。しかし、急性感染性ウイルスにおける持続感染性獲得メカニズムの詳細や意義などについてはほとんど明らかにされていません。それを明らかにすることは、ウイルスの生態についての理解に新たな知見を与えるだけでなく、ウイルスベクター開発などの応用にも繋がると期待されます。
 そこで本研究では、げっ歯類の急性呼吸器病ウイルスであるセンダイウイルスをモデルに、これまでに報告のない生体温度で自立増殖可能なセンダイウイルスが自然発生し得るのかを検証しました。

2. 研究成果
 一般にセンダイウイルスなどのRNAウイルスは、ウイルス複製時に変異が発生しやすい性質を持っています。遺伝的な多様性の低いセンダイウイルス材料による感染では、持続感染は観察されませんでした。しかし、センダイウイルス増殖に適したニワトリの胚性鶏卵を用いてウイルスの継代を繰り返すことにより遺伝的な多様性の高いウイルス材料を調製し、細胞に感染させたところ、ウイルス感染が持続する持続感染細胞の樹立に成功しました (図1)。この持続感染細胞から単離されたウイルスのゲノムを解析したところ、4-5か所の変異を同定しました。これら変異を有する組換えセンダイウイルス(Zpi株およびZpi2株)は、様々な動物培養細胞に対する持続感染性を示し、ウイルスゲノム上の4-5個の変異が持続感染性の獲得に十分であることが明らかになりました。
 この変異ウイルスは、従来報告されているものとは異なり、生体温度(37ºC)で自立増殖し、感染を拡大させる能力を保持していました (図2)。また、これまでのセンダイウイルスの研究では、コピーバック型欠陥干渉 (cbDI) ゲノム注4)や、温度感受性変異注5)の獲得により、持続感染が成立することが報告されていました。しかし、本研究において獲得した持続感染性センダイウイルスは、cbDIゲノムや、温度感受性メカニズムとは異なる感染状態で持続感染を成立することを示しました。
 これらの結果は、急性感染性のセンダイウイルス感染において、ウイルス複製中に生じる偶発的な変異により持続感染性センダイウイルスが自然発生し、もとの急性感染性ウイルスを駆逐しながら感染を拡大させ、持続的に維持される可能性を示しています。 

 

図 1. ウイルス材料の遺伝的多様化と持続感染細胞の樹立

図2. Zpi株とZpi2株を感染させた経時的な持続感染細胞

成果の意義

 本研究では、37ºCで増殖する新規持続感染メカニズムを持つセンダイウイルスの獲得に成功しました。本研究成果は、様々なモノネガウイルスの持続感染メカニズムに対する理解に新しい展開をもたらすものです。また、遺伝的多様性を高めたセンダイウイルス材料を用いた実験から、比較的少数の変異により偶発的に生じた持続感染性センダイウイルスがもとの野生型ウイルスを駆逐して置き換わり、優位に増殖したことから、自然界における急性感染性ウイルスの長期維持機構の解明につながることが期待されます。さらに、得られた新規持続感染性センダイウイルスは、低毒性かつ生体温度(37ºC)で増殖能が高いことから、遺伝子を持続的に発現可能な新規ウイルスベクター開発への応用が期待されます。

 本研究は、JST-さきがけ、 JST-CREST、AMED、科研費の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1)センダイウイルス:
モノネガウイルス目レスピロウイルス属パラミクソウイルス科に属するげっ歯類の急性呼吸器病ウイルス。

注2)遺伝的多様性:
ウイルス集団内に存在する、個々のウイルスが保持する変異の差異の多様性を示す。遺伝的多様性が高いウイルス集団ほど、異なる変異を持つウイルスが多数混在している。

注3)持続感染:
広義では、ウイルスが細胞や個体を死滅させたり、ウイルスが排除されたりすることなく、ウイルス感染が持続し続ける状態を指す。本研究では感染性ウイルスを産生しつつ細胞への感染状態が維持された状態を、持続感染と呼んでいる。 

注4)コピーバック型欠陥干渉 (cbDI) ゲノム:
本来の構造の大部分を欠損したウイルスゲノムの一種。cbDIゲノムの複製には自立複製能力を有した正常なウイルスの複製能力の存在が必要である。cbDIゲノムは本来の正常なウイルスゲノムよりも複製効率が高いため、両者が混在すると、cbDIゲノムが正常ゲノムに対して増加していく。しかし、ある程度cbDIゲノムが増加すると正常ウイルスが相対的に減少し、cbDIゲノムの複製も減弱してしまうため、cbDIゲノムが相対的に減少していく。このようにして、cbDIゲノムの増減の波が繰り返されることにより、本来のウイルスの増殖も逆相関的に増減し、感染が持続すると考えられている。

注5)温度感受性変異:
ウイルス感染細胞を低温で継代することで発生した持続感染性ウイルスが獲得した変異のこと。温度感受性変異ウイルスの構造タンパク質の一部は、野生型ウイルスとは異なり生体温度(37ºC)付近で不安定化するため増殖できないが、より低い温度(32ºCなど)では安定となり増殖が可能である。

 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 
准教授 入江 崇 
Tel:082-257-5157 
E-mail:tirie*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)


up