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【研究成果】血中の老化関連因子と臨床情報の統合解析からフレイル診断のバイオマーカー候補を発見!

本研究成果のポイント

  • フレイル(加齢による心身の衰え)の診断に繋がりうる指標を発見
  • 健康寿命を伸ばすための一助となることを期待

概要

 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(荒井秀典理事長)研究所と広島大学大学院医系科学研究科循環器内科学(中野由紀子教授)の研究グループが、フレイル患者( 加齢に伴う予備能力低下[平常時の状態からストレスが加わったときに対応できる潜在能力の低下]のため、ストレスに対する回復力が低下した状態 )と健常者の血液を用いた網羅的な遺伝子発現データ(RNA シークエンシング(*1))、老化関連因子データ(ELISA(*2))と臨床情報の統合解析を行いました。
 フレイルは、要介護状態に至る前段階として位置づけられており、身体的脆弱性のみならず、精神・心理的脆弱性や社会的脆弱性などの多面的な問題を抱え、人々の自立や健康に対して障害を招く病態として近年注目を集めています。フレイルは適切に介入することで、進行を防ぐことができ、人々の健康寿命に大きくつながることも注目されており、早期診断やリスク評価が重要とされています。
 筆者らは、本研究結果から骨格筋量と従来より老化関連因子として報告されている4 つの因子(GDF15, Adiponectin, CXCL9, Apelin)が、フレイル診断に役立つバイオマーカー(疾患の有無や活動度などの目安となる生理学的指標)候補になりうることを発見しました。


 老化関連因子について:
GDF15: Growth differential Factor15 は、ストレス応答性サイトカイン(ストレスに起因して発現し、特定の細胞に働きかけるたんぱく質)の一種で低酸素、酸化ストレス、炎症などのストレスにより血中濃度が上昇することが示され、特に循環器疾患でのバイオマーカーとして注目されています。
Adiponectin は、脂肪細胞に由来するホルモンで、インスリン感受性や抗炎症活性などの代謝調整に関与しています。
CXCL9:chemokine (C-X-C motif) ligand 9 はケモカイン(主に白血球の働きに関与するたんぱく質)の1種であり、免疫細胞の活性に重要な役割を果たしており、炎症性老化に強く関連しており、免疫低下や心血管疾患、フレイルの発症に関連していることが報告されています。
Apelin: 筋肉の収縮によって誘導されるペプチド(アミノ酸が複数結合した状態)の一種。Apelin は血管内皮細胞に対して増殖作用を示し、血管形成、血管新生に関与していることが報告されています。
 本研究で得られた知見は、フレイルの発症メカニズムの解明、リスク評価に関する研究に資するものであり、今後のフレイルの予防法開発等につながるものと期待されます。
 この研究成果は、老年病分野の国際専門誌 「Gerontology」に2024 年3 月14 日付で掲載されました。
 なお本研究は、国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部(JH)、長寿医療研究開発費の助成を受けて行われました。

研究成果の内容

 研究グループは、国立長寿医療研究センターバイオバンクおよびロコモフレイルセンターに登録されている61 名のフレイル患者および43 名の健常者の血液を用いてRNA シークエンシング(*1)解析、ELISA(*2)(酵素結合免疫測定法)を行い、フレイルの発症に関連する遺伝子や老化関連因子を網羅的に探索しました。さらに、同定した遺伝子、老化関連因子と臨床情報を組み合わせた統合解析から(機械学習アルゴリズムの一つであるランダムフォレスト(*3)を適用)、筋肉量(骨格筋量)と4つの老化関連因子(GDF15, Adiponectin, CXCL9, Apelin)を用いた発症予測モデルが最も高い予測精度(AUC: 095)を示し、フレイル診断に役立つバイオマーカー候補になりうることを発見しました(図1)。同定したバイオマーカー候補は、それぞれフレイルの診断基準(J-CHS)と相関しましたが、『GDF15』が最も強い相関を示すことがわかりました(体重減少、疲労感、筋力低下と相関、表1)。

図1 機械学習の結果

(a)オレンジ色は、年齢、性別、BMIに4つの老化因子と筋肉量による予測モデル、青色は年齢、性別、BMIによる予測モデル、(b)予測モデルに使用された因子の重要度

研究成果の意義

 研究グループは、従来の臨床評価項目を中心としたフレイル診断に対して、分子生物学的アプローチ(RNA シークエンス(*1)解析、ELISA(*2))を通して、新たなフレイル診断に有効なバイオマーカー候補を同定しました。本研究で同定されたバイオマーカー候補は、フレイルの発症機序の解明に役立つとともに、予防法・治療法の確立にも貢献することが期待されます。

 

表1 フレイル診断基準J‐CHSとバイオマーカー候補との相関関係

ピアソンの相関係数を用いて、診断基準とバイオマーカー候補との関連を示した。

太文字で表記した項目は、診断基準と統計的に有意な相関関係を示した。

今後の展望

 研究グループは、網羅的な遺伝子発現データ(RNA シークエンシング(*1))、老化関連因子データ(ELISA(*2))と臨床情報の統合解析を行い有効なバイオマーカー候補を同定しました。本研究で同定したバイオマーカー候補は、従来の臨床評価項目を中心としたフレイルの診断に新たな選択肢を提供し、これらの因子を使った新たなフレイル診断技術の開発に貢献することが期待されます。また、これらのバイオマーカーを通じて、フレイルの発症メカニズムの解明やフレイル予防の研究等に貢献することが期待されます。

論文情報

掲載誌: Gerontology
 

著者: Mutsumi Suganuma1*, Motoki Furutani2*, Tohru Hosoyama3, Risa Mitsumori1, Rei Otsuka4, Marie Takemura5, Yasumoto Matsui5, Yukiko Nakano2, Shumpei Niida6, Kouichi Ozaki1,2, Shosuke Satake4, Daichi Shigemizu1,2,†
*複数筆頭著者, †責任著者
1. 国立長寿医療研究センター メディカルゲノムセンター
2. 広島大学 循環器内科
3. 国立長寿医療研究センター ジェロサイエンスセンター
4. 国立長寿医療研究センター 老年学・社会科学研究センター
5. 国立長寿医療研究センター 病院 ロコモフレイルセンター
6. 国立長寿医療研究センター 研究推進基盤センター
 

論文タイトル:
Identification of potential blood-based biomarkers for frailty by using an integrative approach
 

DOI: 10.1159/000538313

用語解説

*1 RNA シークエンス(RNA-seq)
次世代シークエンサーを用いてメッセンジャーRNA の配列情報を網羅的に読み取り、得られた配列から遺伝子の発現を測定する。
*2 ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay): 酵素結合免疫測定法
目的のタンパク質に溶液を加え、色の付いた抗体を反応させて、物質の検出や量を測定する。
*3 ランダムフォレスト
機械学習アルゴリズムの一つで決定木とアンサンブル学習の2 つを組み合わせた手法。回帰・分類問題のどちらにも使用でき、ジニ重要度を用いて特徴量の重要度の判断も行うことができる。
 

【お問い合わせ先】

広島大学 大学院医系科学研究科 教授 中野 由紀子
Tel:082-257-2310
E-mail:nakanoy@hiroshima-u.ac.jp
 


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