自然科学研究支援開発センター 檜山 英三 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

檜山 英三教授 インタビュー

基礎と臨床を往来する、グローバルな橋渡し研究
小児がんの死亡率をゼロにするために

小児がん研究において染色体の末端構造に着目

小児外科医として臨床現場に身を置きつつ、小児がんの研究を中心に行っています。子供のがんは進行が非常に早く、亡くなってしまう患者さんも少なくない。うまく治療ができたとしても、再発する患者さんもいます。しかし腫瘍のなかには自然に消失するものもある。その違いはどこにあるのだろうと、研究に携わり始めました。

私が医局に入った30年ほど前は、染色体の末端についているテロメアが細胞の寿命をコントロールしているのではと言われていた頃でした。テロメアは4つの塩基が繰り返し配列された構造で、染色体が複製され細胞が分裂していくときに少しずつ短くなり、最後には長さがなくなり細胞が死んでしまいます。細胞が不死化して無限に増殖するがん細胞のなかにも、途中で分裂できなくなり消えてしまうものがある。それを分けるのがテロメアなのではと考えるようになったのです。

研究を始めた頃は、がんを発症させる遺伝子や抑制する遺伝子があるとわかってきた時代。研究者のなかには染色体の末端を調べてどうするのかと言う人もいましたが、誰もがやらないことを手がけるのも一つの研究スタンスです。10~15検体ほど所持していた腫瘍のDNAでテロメアの長さを確認したところ、治った患者さんでは非常に短く、そうでない患者さんではものすごく長くなっていたことが判明しました。

黄色く光っている染色体の末端部分がテロメア配列

テロメラーゼをターゲットとする創薬の開発へ

一方、テロメアを伸ばす作用があるテロメラーゼという酵素が確認されていましたが、長らくヒトには存在しないものだと言われていました。しかしヒトにも存在しうることが明らかとなり、私はテロメラーゼががん細胞のテロメアに関与しているのではと推測しました。当時の日本に、テロメラーゼを測れる手段はありませんでしたが、調べたところ、カナダの研究者が原虫での測定に成功したことがわかりました。そこで1994年4月、この研究者がベンチャー企業を立ち上げ、学会で発表することを知って会いに行くと、まさにヒトのテロメラーゼを測る方法を開発し、発表する直前だったようで、非常に驚かれました。そんな巡り合わせもあり、2カ月後には彼が共同研究をしていたテキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターへ留学。テロメラーゼ研究の第一人者であるジェリー・W・シェイ博士の研究室に入りました。

留学時の研究を通じて、腫瘍が自然に消えて治った患者さんにテロメラーゼの活性はなく、あっという間に亡くなってしまった患者さんには大いにあることがわかりました。そのときに対象として、自分の血液細胞も一緒に測ってみたら、活性があったんです。びっくりして一瞬、青ざめましたが、医者だった女房でも測ってみたら、やっぱり活性がある。そこから、ヒトの正常細胞でも活性のあることを突き止めました。それらの研究論文は、ジェームズ・ワトソン博士(DNAの二重らせん構造を発見したノーベル生理学・医学賞受賞者)にも添削してもらい、ネイチャー誌に投稿しています。

1997年に開催した米国癌学会での記者会見。膵がんの診断に膵液中のテロメラーゼ活性が有用であることを発表した。

テロメラーゼがない腫瘍は自然に治り、あるものはテロメアがどんどん伸びて悪性の腫瘍になることは、今やすべてのがんにおいて言われるようになりました。テロメラーゼをコントロールする仕組みがわかれば、がんの細胞を制御することも可能なはず。スイッチをオンにするタンパク質があるなら、そのタンパク質を除けばいい。現在はテロメラーゼをターゲットとする創薬を目標に、基礎と臨床を往来しながらの橋渡し研究を進めているところです。

子供の肝臓がんの国際共同臨床試験を推進

さらには小児の肝臓がんの国際共同臨床試験・治験にも取り組んでいます。大人には多い肝臓がんですが、子供では希少で、広島大学でも年間1~2例しかなく、臨床試験ができない状態でした。そこでまず、1989年頃から国内約70施設で連携をとり、2005年からは広島大学が日本小児肝癌研究グループの代表施設となっています。しかし全国でも年間100例ほどしかないため、2012年頃からはヨーロッパやアメリカとも国際共同研究ができる体制を整え、2017年からグローバルな臨床試験を進めています。

今後は中国や韓国など、アジアの国々とも積極的に取り込みたいですね。薬の効き方や副作用にも、やはり人種によって差が出てくるからです。こういった数の少ないがんは、どうしても取り残される傾向にあるので、どのように治療成績を上げるかを考えるいい見本になればと考えています。

小児がんにおいても治療技術の進歩は目覚ましく、私が医者になった頃は8割ぐらいの方が亡くなっていましたが、今や逆転し、8割ぐらいの方が治っています。しかし現在でも、2割のお子さんは亡くなってしまっている。化学療法で延命はできたとしても、大人になるまで生きられない。がんの治療によりお年寄りが5年間、長生きできるのは喜ばしいことですが、5歳の子が10歳まで生きられても、やはり亡くなってしまっては悲しすぎます。めざすべきは、延命より完治です。子供のがんの死亡率をゼロにしたい。全員を大人にして、「生きていて良かった」と思ってもらえれば本望です。

2011年にロサンゼルスで行われた小児肝癌国際共同研究の調印式(中央が米国代表、右が欧州代表)
 

檜山英三教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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