教育学研究科 池野 範男 教授

私が行っている研究の中心的なものは、「シティズンシップ教育研究」というものです。シティズンシップとは、Citizen=市民(それぞれの社会の構成 員)、ship=らしさを育てる、といった意味合いで、シティズンシップ教育とは、「地域社会や会社、国家といったさまざまな組織の中のひとりとして貢献 できる人材を育てること」ということです。

これまでは特別な教育がなくとも、自然にそうした市民のひとりになってきていたのですが、社会状況が大きく変わり、いまではこうした教育を意図的に行う必要があるということで、広く研究が進められています。

なぜシティズンシップ教育が必要になってきたかというと、大きく2つの理由が挙げられます。

ひとつは、個業と言われる活動形態の増加。いまや家庭では大人数で食卓を囲むことは少なくなり、一人ひとりが食事をし、一人の部屋でテレビを観るというス タイルが多くなりました。そのため、自分の生活や趣味などはするものの、組織全体のことに目を向けることをしなくなっているという状況があります。

もうひとつは、外国人の増加。日本の社会に外国人は、昔はほんの少ししかいませんでしたが、現在かなり増えてきて、従来住んでいた人たちとの間で齟齬が起 こることもあるほど。そこで、彼らとうまくつきあえるようトレーニングする必要が生じてきたのです。

身近な例を挙げてみましょう。例えば大学がそうです。以前は入学してオリエンテーションを受ければ、自然に大学生として過ごせましたが、いまは中高生のご とく、細々と指導してあげないといけない。広大生としてやっていけるようにするための指導や教育を別途やらないといけない時代になっているんです。こうし た状況は特に学校の中で顕著ですが、社会のレベルにもそうしたことが起こっています。他方、国際化の進行とともに、文化や習慣、考え方などが異なる人たち と、コミュニティの中で理解しあうことも必要となってきました。
このように、シティズンシップ教育は多様で、子どものためだけでなく、大人のためのものでもあるのです。そして、こうしたことは日本だけでなく、世界の多 くの国々が直面している問題であるため、世界的にこの研究が脚光を浴びているという現実があります。

この研究自体は非常に新しいもので、1980年代後半から90年代頃にイギリスで始まったものです。サッチャー政権以降の英国では政策的に用いられ、 1989年には教科として取り入れられることになりました。これ以降、急速に広がり始め、いまでは国際会議が行われるほど、世界レベルでの研究や交流が活 発になっています。
私は今年の7月に日本で開かれる国際会議に、大会プロモーターのひとりとして参加します。こうした国際会議の場には、広島大学を修了した教え子達も毎年数 人が発表に立っており、いずれは私以上の成果を出してくれることでしょう。広島という知名度の高さは、世界的な研究の場で大いに私たちを助けてくれていま す。

この教育の目標としては、1.ローカル、2.ナショナル、3.グローバルという3つのレベルがあります。
私が主に進めているのがグローバル・レベルのもので、英語で本を出版したり、さまざまな国の研究者たちを組織して、共同で研究や活動をしたり、国際会議を開くといったことに取り組んでいます。

特に、各国の研究者に実際に日本の教育現場や教科書などを見てもらって意見交換をする中で、お互いの相違点や共通点等を明らかにしていこうとしているので すが、そうした中で見えてきたのは、この教育に対する考え方には、イギリスやアメリカ、オーストラリアなどの「欧米型」と、中国、韓国、シンガポールと いった「アジア型」があり、日本はその“両者のかけはしになれる”という特徴を持っているということ。私はこの両者を結びつけるために、これからも尽力し ていきたいと考えています。

また、国のために尽くす一方で世界にも貢献できる子ども達を育てていかなければ、日本は国際化の波を乗り越えられないのではないかとも危惧しています。
一方で、20年来の研究を通して、最近の子ども達がものおじせず、交流に積極的になっているとも感じており、彼らが今後、楽しく国際交流をするというよう な結果をみせてくれることを願いながら、今後も研究を地道に続けていきたいと思っています。

Profile

教育学研究科 科学文化教育学専攻 社会認識教育学講座

1981年9月16日~1985年9月30日 広島大学 助手
1985年10月1日~1989年3月31日 広島大学 講師
1989年4月1日~2000年3月31日 広島大学 助教授
2000年4月1日~ 広島大学 教授


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