人間社会科学研究科 角谷 快彦 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

角谷 快彦 教授 インタビュー

経済分析を要に高齢化問題への具体的な解決策を提示
日本発の少子高齢社会モデルを世界に示したい

海外の体験を通じ応用経済学×高齢化問題に関心

私の専門は、医療経済学と言って、医療・保健のさまざまな課題に経済学からアプローチする分野です。この分野を専門とするきっかけになったのは、海外での体験でした。一つは、大学院修士課程時に渡米し、農業支援のNPOでインターンを経験したことです。そこでは地元の大学の研究者たちが、統計学を駆使して農産物のマーケティングに協力していたのです。アメリカでは統計学や経済学の応用がここまで進んでいるのかと、衝撃を受けました。この分野を学んで研究者になろうと、全額奨学金を得てオーストラリアのシドニー大学の博士課程に進みました。そこで関心を持ったのが、医療経済学分野です。日本は世界トップの高齢化率で、世界もその動向を注視しています。学んだ経済学のスキルを使って医療や介護の問題にアプローチする面白さを感じて研究を始め、ヒューマンサービスとしての介護市場モデルの研究で博士号を取りました。

感情の状態を測定し労働生産性との関係を分析

どんな科学でも、データを分析するという側面を持っていると思いますが、経済学のデータ分析が得意とするのは、「きたないデータ」つまり不確実な要素の多いデータの分析です。たとえば、経済活動や経済政策は時代や地域の文化・歴史、体制など環境の影響を大きく受けますし、個人の行動や選択は感情によって左右されたりします。そのような非合理で不確実なデータをクリーニングした上で統計学の複雑な手法を用いて分析し、原因や結果に対する推論を導くのが私たちの仕事です。様々な影響を加味して分析できる強みを、一つの分野からのアプローチでは解決が難しい複雑に絡み合った多様な社会問題の解決に生かしたい。そんな思いで、医療や福祉だけでなく心理学、工学など様々な分野を融合するハブとなり、社会課題に具体的な解決策を提示できないかと研究を進めています。

中でも、健康経営に関わる研究では、各国で注目していただける成果をあげることができています。ラオスの工場の労働者に生体計を装着してもらい、測定した心拍リズムの揺らぎから感情の状態を科学的に判定。感情の状態と労働生産性との関連を分析しました。その結果、仕事が楽しいと感じることが労働生産性を上げることがわかりました。英語で発表した論文は、ヨーロッパやカナダ、オーストラリアなど海外でも報道されています。この後、広島でもタクシードライバーについて、感情と運転の安全性との関係を分析しました。様々な業種で分析を行い、社員にとって働きやすい労働環境のあり方を探っていきたいと考えています。
 

経済特区で、工場間の人材獲得競争が起こっているラオス。「労働環境の改善は経営者にも労働者にもプラスになる」と角谷教授は語る

金融リテラシーで人生100年時代のリスクに対応

最近、力を入れているのが、金融リテラシーとメンタルヘルスについての研究です。金融リテラシーとは、複利の考え方、インフレ率、リスク回避など、家計に関する意思決定を行うための知識のことです。経済学者トマ・ピケティは『21世紀の資本』で、経済成長率より資本収益率の方が大きくなる懸念を実証し、資本主義の放置が格差の拡大を招くと指摘しました。給与が上がる速度より金融商品に投資して得られる額が上がる速度の方が速くなり得る現代、金融知識のあるなしは人生に大きな影響を与えるようになっています。こうした変化にどう対応すべきなのか、具体的な提案はないかと研究を始めました。

全国調査で得られたデータを分析してみると、金融リテラシーが高いことは、老後の資産蓄積を通じて、老後の不安を軽減することがわかりました。金融について一定の知識があれば貯蓄や投資の適切な決定ができ、リスクを予見した行動につながり、不安もそれだけ軽減されると考えられます。私たちはさらに、高齢者への調査結果から、金融リテラシーと喫煙や運動習慣など健康行動との関連性、判断力が不十分な人の代理で契約などを行う成年後見人をあらかじめ決めておくといった、財産を認知機能低下リスクから守る方法の理解との関連性も分析しました。これらの研究から、金融リテラシーの高さが長生きに伴う様々な人生のリスクを軽減し、それを通じてメンタルヘルスの改善によい影響を与える可能性が高いことがわかりました。

こうした研究結果は世界のメディアに掲載され、アジア開発銀行研究所や世界保健機構(WHO)等の国際機関、日本をはじめアジア各国の政府や中央銀行などから研究報告の依頼を受けることにもなりました。その注目度の高さは、世界中で今、高齢化や人々が老後不安を抱くことによる影響がいかに危惧され、解決策が求められているかを表していると言えます。日本が今後、少子高齢先進国として進むべき一つの方向性は、介護ロボットや介護器具などエイジング産業の発展も含め、この分野で世界市場の主導権を握ることでしょう。さらに言えば、高齢者も若い人にとっても長寿であることが不安につながらない日本発の社会モデルを世界に示すことです。そのために役立つ研究を、幅広い視野で進めていきたいと思っています。
 

角谷先生の研究は海外でも注目度が高く、海外の学会で発表する機会も多い

角谷快彦教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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