原爆放射線医科学研究所 神谷 研二 教授

私は放射線発ガンについての研究をしています。放射線を被ばく後、時間が経ってからガンが発症する訳ですが、そのメカニズムを解明し、それを応用することによって治療法を開発していきたいと考えています。
現在、私の研究室では、次の3つのディメンションでその解明に取り組んでいます。

1つは「個体」レベル。どれくらいの線量・線量率で放射線を照射するとどれくらいの頻度でどうい う種類のガンが発症するかという放射線発ガンのモデルを作っています。例えば、動物モデルにおいて、ある特定の遺伝子を破壊したマウス、あるいは、特定の 遺伝子機能を亢進させたマウスを作り、どういう遺伝子が放射性発ガンに関係しているかを推定していくという方法です。

2つめは「細胞」レベル。放射線を細胞に照射すると、さまざまな反応が起こります。例えば、細胞死を起こしたり、細胞周期が止まったり、細胞増殖し なくなったり。こうした細胞による応答のメカニズムを解析することが、発ガンのメカニズムの解明につながっていくと考えています。

そして3つめは「遺伝子」レベル。これは放射線照射によってできた腫瘍の遺伝子の変異を解析するもので、ゲノム科学や分子生物学の技術を用いて行います。これによって、「放射線の爪痕」と呼ばれる、放射線による遺伝子の傷を同定できる可能性があります。

こうした3つの技術を駆使していま重点的に取り組んでいるのは、「突然変異」のメカニズムの解明と、突然変異を経てガンが発症するメカニズムの解明 です。放射線によるヒトのガン関連遺伝子の代表的なキズには、二重鎖切断と塩基損傷の2タイプがありますが、私の研究室では後者に注目して研究を行ってい ます。

その理由としては、低線量被ばくによって起こるガンに塩基損傷による点突然変異がよく見つかるということ。さらには、ここ 10年ほどの研究で明らかになったこととして、点突然変異が起こるのは、塩基にできた傷がそのまま突然変異を起こすのではなく、傷のある塩基を乗り越えて DNA合成が行われる生体システムの存在があるということです。
「損傷乗り越えDNA合成酵素」と呼ばれる特殊なポリメラーゼがアポトーシスを回避するために出現してDNA合成を続ける訳ですが、その際に誤ったDNA合成が行われると点突然変異が起こるということが分かってきました。

こうした突然変異がガン化とどう結びつくかということが研究の最大のフォーカスになっています。こうした研究はまさに先端研究のひとつであり、我々の研究室は間違いなくトップレベルの成果をあげていると言えるでしょう。

原爆放射線医科学研究所はそもそも、放射線障害を解明して、その成果を被爆者の皆さんの治療に応用し、健康増進を図るために設立されました。そのた め、研究環境は大変恵まれています。必要な研究機器はもちろん、動物実験施設や放射線施設に代表されるような施設、ゲノム解析などの先進的な機器までも 整っています。
さらに、被爆地・広島にある研究施設のため、被爆者の方々の膨大なデータが蓄積されていますから、そのサンプルを新しい技術によって解析するということ も、今後はさらに進んでいくことでしょう。なによりも被爆者の方々の存在そのものが、研究の大きなモチベーションとなっているのです。

私自身はこれまでに日本放射線影響学会の学会長を2期務めたほか、「アジア放射線研究連合」を立 ち上げ、2005年には広島でその第1回総会を開催しました。アジアは急速な経済発展に伴い、医療・産業・農業などに放射線を利用する機会が増えてきてお り、放射線安全研究を推進する必要性から、アジアでのネットワークを構築しました。
それが現在も続いていることを大変うれしく思っております。

今後は少しでも早く放射線発ガンのメカニズムを解明することによって、その治療法の確立とリスク 評価に寄与すると共に、被爆者や福島原発事故被災者の健康増進に貢献したいというのが科学者としての切なる願いです。広島から世界へ、これからも新たな研 究成果を発信してまいります。

Profile

原爆放射線医科学研究所 分子発がん制御研究分野

1977年1月1日~1979年3月31日 広島大学医学部 助手
1982年1月1日~1987年3月31日 ウィスコンシン大学ヒト腫瘍学部 助手・研究員
1987年1月1日~1991年3月31日 広島大学原爆放射能医学研究所 助手
1991年1月1日~1996年3月31日 広島大学原爆放射能医学研究所 助教授
1996年2月1日~2002年3月31日 広島大学原爆放射能医学研究所 教授
2001年4月1日~2002年3月31日 広島大学原爆放射能医学研究所長
2002年4月1日~2005年3月31日 広島大学原爆放射線医科学研究所長
2002年4月1日~ 広島大学原爆放射線医科学研究所 教授
2004年4月1日~ 広島大学緊急被ばく医療推進センター センター長
2005年4月1日~2009年3月31日 広島大学原爆放射線医科学研究所副所長
2009年4月1日~2013年3月31日 広島大学原爆放射線医科学研究所長
2011年7月15日~ 福島県立医科大学副学長(非常勤)
2013年4月1日~ 広島大学副学長(復興支援・被ばく医療担当)


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