先進理工系科学研究科 尾坂 格 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

尾坂 格 教授 インタビュー

電気を通すプラスチック「π共役系ポリマー」で
世界の人々の暮らしに役立つ電子デバイスを生む

「薄くて軽くて曲がる」電子デバイスをプラスチックで作る

私たちの身近な素材であるプラスチックは多種多様な製品に使われていますが、通常は電気を通しません。しかし2000年にノーベル化学賞を受賞された白川英樹先生が発見された「導電性ポリマー」と呼ばれるプラスチックは、電気を通します。近年、先生の発明から発展した材料はスマートフォン等のタッチパネルやリチウムイオン電池など、様々なエレクトロニクス製品に活用され、現代社会に無くてはならないものとなっています。導電性ポリマーは「π共役系ポリマー」と呼ばれる素材の一種で、私は筑波大学在学中に白川先生の研究室に配属になってから、ずっとその進化系の研究を行ってきました。2006年にアメリカに留学してからは、π共役系ポリマーを半導体として用いた電子デバイスに応用する研究を進めています。

現在のスマートフォンやパソコン、ディスプレイや照明のLED、太陽電池などのデバイスは、半導体にはシリコン、その他の部材に金属やガラスなどが使われるなど、主に無機材料でできています。そのため「重くて固い」のが特徴です。しかし、もしもπ共役系ポリマーを使えば、半導体もプラスチック、その他の部材もプラスチック、つまり有機材料でできた「軽くて薄くて柔らかい」デバイスができる可能性があります。例えば太陽電池をプラスチックで作ることができればフィルム状にすることで軽くて薄く、半透明にできます。ビルなどの壁面や災害用のテントに貼り付けて発電したり、半透明にして家の窓や農業用のビニールハウスに貼り付け光を通しながら電力を得られるようになるかもしれません。今までの「重くて黒くて固い」太陽電池と、まったく別の可能性を秘めたデバイスが次々に生まれるでしょう。
 

尾坂先生が開発したπ共役系ポリマーを使ったフレキシブル太陽電池

高分子の配向をデザインし、電子の輸送を効率化

そうした夢のデバイスを実現するために私が今取り組んでいるのが、π共役系ポリマー製太陽電池の性能を上げる研究です。太陽電池の性能は、いかに沢山の光を吸収して高効率で電力に変換できるかで決まります。そのために重要なのが、光が電子に置き換わる過程で、電子をスムーズに電極まで運ぶことができる「高分子の配列」です。π共役系ポリマーは高分子なので「うどん」のように多数の分子が長くつながっています。電子をスムーズに流すには、分子がランダムに並ぶ「アモルファス状態」ではなく、雪などの結晶のようにきれいな状態に並び、さらにそれが板状になって垂直方向に重なっていることが大切です。なお、その秩序だった分子の並びのことを「配向」と呼びます。

私たちは「量子化学計算」という分子や原子の状態を予測する手法を用いて、まず分子の化学構造をコンピュータ上にデザインし、算出される分子形状やこれまでの知見を踏まえて、その分子の配向が理想的な姿になるようさらに化学構造をブラッシュアップします。そして次の段階で、さまざまな試薬をフラスコの中で混ぜて反応させることでそのデザインした分子構造のポリマーを合成し、本当に望んだ機能を発揮するかどうか、試験を行います。有機材料を構成する分子の構造は、電子顕微鏡でも見えないほどの極微小な存在です。しかしその分子構造と分子が創り出す集合体構造を頭の中で設計し、実際に合成することで、思い描いた機能を発揮する今までこの世になかった新しい素材を作り出せる可能性がある。それがこの研究の面白さであり、大きなやりがいとなっています。
 

π共役系ポリマー製太陽電池の性能を上げるために、分子の配列を制御する

世界の人々の暮らしを変える新素材を作りたい

現時点ですでに私たちの研究グループは、π共役系ポリマー製太陽電池の配向制御の技術をある程度確立することができました。2015年に発表した論文では私たちが開発した配向制御技術を使うことによって、有機薄膜太陽電池のマイルストーンである「エネルギー変換効率10%」を世界に先駆けて実現することができたのです。現在、有機薄膜太陽電池の変換効率を向上させるには、分子の配列制御が極めて重要であることが世界的な常識となっていますが、まだ誰もシリコン太陽電池並の「変換効率20%」を達成できておらず、世界に先駆けてその数字を実現するのが現在の目標の一つになっています。

さらなる目標としては、π共役系ポリマーを太陽電池だけでなく、他のエネルギーを生み出したり活用する方法にも応用したいと考えています。一つの可能性としては、「熱電変換素子」と呼ばれる、熱から電気を生み出す材料への応用が検討できるでしょう。熱電変換素子には現在、一般的に無機材料が使われていますが、有機材料でもできるという研究発表が出ており、注目しているところです。またπ共役系ポリマーを光触媒として用い、光のエネルギーで水を水素と酸素に分解することで水素を取り出したり、空気中の二酸化炭素を還元することで世界的なカーボンニュートラルに貢献できる可能性もあります。

私はずっとπ共役系ポリマーに関する研究を行ってきましたが、いつかは自分の手で開発した材料が世に出ていき、一般の人々が実際に触れるものとなってほしいと願っています。私たちの今の生活は、かつての科学者たちが生み出した革新的な素材の数々によって成り立っています。世界中の人々の暮らしをより便利にし、人類の幸福につながる素材を生み出すことを目標に、これからも研究を進めてまいります。
 

尾坂 格教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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