統合生命科学研究科 生殖生物学研究室 島田 昌之 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

島田 昌之 教授 インタビュー

子供が産まれる仕組みを解き明かす基礎研究の成果を
大学発ベンチャーで実社会に役立つ技術へと応用

実験で得た知見を畜産技術やヒトの不妊治療に応用

専門は生殖生物学です。対象は哺乳類で、ネズミを実験モデルにしていますが、そこからわかってきたことを家畜の生産技術として実用化すること、ヒトの不妊治療に応用することという、ふたつの出口につなげています。

子供が産まれるというのは自然界ではごく当たり前の現象ですが、畜産の場合、品種改良の過程で妊娠・出産の安定性よりも肉質などが優先されるため、繁殖障害を引き起こすこともあります。当たり前が当たり前じゃなくなったときの問題は、当たり前がどうして起こるのかがわからなければ解決できません。通常の仕組みを解明し、異常との差がわかれば、予防法や治療法の開発にもつながります。うまくいかない妊娠・出産をなくすことを最終ゴールとし、子供が産まれる仕組みを研究しています。

ネズミの基礎研究から得た知見は、そのままそっくりヒトには当てはめられませんが、不妊モデルのネズミをつくり、ヒトの状態を理解できる成果を出しています。さらにこの成果をもとに、医学部や民間の病院と連携しながら治療法の開発に活かそうという取り組みも進めています。

また、家畜に関しては、大学発ベンチャーを設立し、研究室で開発した繁殖の技術を実際の生産現場で使ってもらうところまで一貫して行っています。たとえば、私たちが開発した豚の凍結精液をつくる技術は、日本で唯一実用化されているもので、2007年に特許を出願しました。豚熱などによって農場全体の豚を処分せざるを得ないケースもありますが、凍結精液で遺伝資源を保存しておけば、これまで育てていたブランド豚も復活させられるわけです。また,人工授精に関する特許技術は、国内で多くの生産現場で利用されており、広島大学の技術で生産された国産豚が数多く市場に出回っています。成果が直接、誰かの役立っているのを実感できるのも、この研究の醍醐味です。

生殖生物学研究室での研究の様子。基礎研究の地道な積み重ねが、社会で役立つ技術へとつながる

X精子特有の蛋白質を発見し、雌雄の産み分けを可能に

さらに今、力を入れているのは、雌雄の産み分けに関する研究です。哺乳類の卵子はX染色体を、精子はX染色体かY染色体のいずれかをもち、XXで雌になり、XYで雄になるというのを、理科の授業で習ったことがあると思います。私たちは基礎研究を通じて、X精子だけにある蛋白質の存在を発見し、そこからさらに薬の刺激によりX精子だけが動かなくなり、Y精子だけが泳ぎ続けるようになる手法を開発しました。これによって、薬による雌雄の産み分けを可能にしたのです。精子の分別について、これまでにも細かな作業を要する高価な機械で、時間をかけて行う手法はありましたが、よりコストが低く誰でも行えるものとしては、私たちの技術は画期的だと言えます。なにしろ自分たちで勝手に分かれてくれ、沈んだX精子を回収すればいいだけですから。ヒトでは倫理的な問題がありますが、家畜の場合、雄と雌で経済的価値が大きく異なるので、牛や豚の人工授精での実用化研究を進めています。

現在、進行しているプロジェクトで最も大きいのは、世界の貧困を救おうとビル&メリンダ・ゲイツ財団が取り組んでいる、インドで乳牛を増やすというものです。こちらは2019年の論文発表後、一緒にやろうといち早くメールをいただき、多額の研究費をご寄付いただいています。インドでは動物性蛋白質のほとんどを乳製品に依存しているものの、人口爆発で供給が追いついていません。乳牛となる雌牛を増やそうとすると、同じ数の雄牛が産まれてしまいますが、ヒンズー教の教義により殺せないため野良牛になり、街中で糞尿を垂れ流す衛生問題まで発生しています。そこで私たちの手法を人工授精に活用し、雌牛だけを増産しようという計画を実行しつつあるところです。

雄牛の野生化が引き起こすインドの衛生問題も、雌雄の産み分け技術により解決が可能に
(インド国立動物栄養生理学研究所との二国間交流事業で訪印した時に撮影)

畜産は最先端の科学が活かされる分野でもある

産み分けは、牛だけでなく豚にとっても重要です。たとえば三元豚など、雌と雄で違う品種を掛け合わせてつくるブランド豚もあります。一方、雄豚は去勢しなければ肉が臭くなってしまうんですが、動物福祉の観点から去勢が問題になっていて、ヨーロッパでは禁止されている国もある。となれば、雌だけを増産する必要があります。私たちの技術で、動物福祉も担保できるわけです。

基礎研究は産業利用するのに臨床試験など死の谷があると言われていますが、畜産の繁殖技術に関しては、良いものであれば成果をいち早く社会に還元できます。基本、飽きっぽい私でも、そのおかげで地道な基礎研究に励むことができています。実用化への期待に応えていきたいという思いが、今の原動力です。研究成果が実社会に役立つのをリアルタイムで体験できるなんて、自分はとてもラッキーな研究者だと思います。

社会問題に対しせっかく解決する手段をもっていても、その課題を知らなければ宝の持ち腐れになってしまいます。だからこそ、今後はさらに産業界との連携を深めて課題を汲みとることで、大学が社会とつながる仕組みづくりに取り組んでいきたいです。そして研究室のスタッフなど次世代の人たちが、大学発ベンチャーでの成功体験を活かし、また新たな成果を上げてほしいと願っています。

 

島田昌之教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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