理学研究科 杉立 徹 教授

私たちが30年ほど続けている研究は、「世界最高エネルギー原子核衝突による高温クォーク物質QGPの実験的探求」というものです。言い換えれば、「世の中で最も熱く(1013℃)最も重い(1013kg/cc)物質を理解すること」です。この宇宙は137億年前に1点から始まったという素粒子論的な宇宙論があります。

その理論でいうビッグバンの直後、100万分の1秒にこういう物質が宇宙を充たしていたということが分かっていて、それを地上の実験室で再現して詳しく調 べることにより、私たちの宇宙の成り立ちを理解したいというのが我々の研究です。
その実験のためには大きな施設が必要で、1984年くらいから米国のBNL研究所や欧州のCERN研究所で実験研究を展開。私どもの研究室は世界中の研究 者と国際協力研究体制を構築し、常に世界最先端の研究を推進しています。

現在はCERN研究所のLHC加速器を使ったALICEという実験に参加。ALICE実験は35カ国、120研究機関からなる大型国際共同実験で、私は広島大学、筑波大学、東京大学からなる日本グループの代表を務めています。

加速器はある目的のもと20年くらいかけて建設しますが、1台で実験は4つほどしか動かないため、作った段階でどの実験をするかは決定済み。その4つのうちのひとつが我々の実験です。

このことは、私たちが扱うクォーク物質が、現在の基礎科学が解き明かしたいもののひとつであるという証しでもあります。

こうした基礎科学は直接何かに役に立つ訳ではありませんが、自然を理解するために必要な情報を与えてくれます。この研究は、誰もが不思議と思っていること に迫りたい、人類普遍の謎である宇宙に迫りたいというもので、それは、“世界中の人々と好奇心を共有して謎を解いていく”ということであり、それこそが自 然科学の存在意義であると思うのです。

また、世界の人々と同じ目標を目指して手を組んで研究を進める一方、そこには激しい競争意識もある。科学者というのはそういうもので、この競争意識こそが 科学発展の原動力であるとも言えます。さらには、こうした国際的競争力を求められる社会だからこそ、大学院生や若い研究者などが力をつけてたくましく育っ ていける訳です。大学で研究をする意義はまさにこういったところにあり、いまでは、指導する学生が外部の研究者からほめられる度に大きな喜びを感じていま す。

今後の私たちの研究は、加速器のエネルギーを倍増したり、強度を増すなどの改良を重ねながら、さらに上のレベルの実験に挑んでいくことになります。

この研究の成果として一番望ましい形は、私たちの作ったシナリオで今の宇宙が理解できるということ。宇宙がどうやってできたのか、その時何が起こったのか を解明し、シナリオを完成させたいというのが最終的な目標と言えるでしょう。しかし、これにはヒッグスあるいは素粒子論や宇宙論との関連もあるので、さま ざまな成果が集まらないと最終的なシナリオはできません。そのため、シナリオを解き明かすためのひとつのカギを我々で作り出して、閉じていた箱を開けたい というのが大きな願いです。

そもそもこの分野は、1985年に実験がスタートした、それまでにはなかった新しい学問です。なぜこの研究を広島大学でやるのかとよく聞かれますが、国際 的にヒロシマという名前の持つインパクトが大きいこと、また、これまで広島大学が世界の人々に認められるような優れた人材を数多く輩出していることもあ り、地方大学であることの不利益はまったくありません。むしろ広島大学は新しいことをやりやすい環境だというのがその最も大きな理由と言えます。

今後は、この研究をいかに広島大学の高等教育に組み込んでいくかというのが大学人としての課題です。もっと視野を広げて大学院の教育体系を考え、研究大学 として存在意義を高めていきたい。大学で研究する者として、これが究極の目標なのかもしれません。

Profile

理学研究科 物理科学専攻 宇宙・素粒子科学講座

1981年4月1日~1994年3月31日 広島大学 理学部 助手
1994年4月1日~1994年7月31日 広島大学 理学部 講師
1994年8月1日~2000年3月31日 広島大学 理学部 助教授
2000年4月1日~2002年3月31日 広島大学 大学院理学研究科 助教授
2002年4月1日~ 広島大学 大学院理学研究科 教授


up