生物圏科学研究科 上 真一 教授

クラゲ研究を始めたきっかけは、広島大学の東広島移転でした。元々は動物プランクトンの研究者だったんですが、こちらに来て、プランクトンを採取しようと すると、大半がクラゲにやられていて、実験材料にならない状態。ちょうどその頃、漁業者からも「クラゲが増えて漁ができない」という声が多く寄せられてい ましたので、そこから、敵であるクラゲについて調べてみた訳です。

当時は、クラゲ研究者は世界的にも少なく、クラゲの生態は謎に包まれていました。そのような状況から、エチゼンクラゲがどこで生まれて、どんな環境条件下で育って、なぜあんなに巨大化するのかを明らかにしていったのです。

人工繁殖にも世界で初めて成功し、それまで全く分かっていなかったエチゼンクラゲの生態は、いまでは世界で最もよく分かったクラゲになりました。これは私たちのチームが取り組んできた大きな成果ですね。

そして、研究を進めていくうちに、クラゲ大発生の原因は、温暖化、富栄養化、魚類資源の減少などにあり、それらはいずれも人間活動が招いたものであること がはっきりしてきました。つまり、人間の活動が盛んになったために、クラゲが本来の力をだんだんと発揮して、人間に脅威を与え始めたということです。クラ ゲは大発生によって、人間のおごりを知らしめている“海からの使者”なのではないかという気がします。

エチゼンクラゲの大量発生は2002年以降ほぼ毎年のように起こっており、2005年には約300億円もの被害を出しました。当時はまったく対策がなかっ た訳ですが、こうした被害をなんとか最小限に食い止めたいと、我々が考えだしたのが、「クラゲ発生の早期予報」です。すでにエチゼンクラゲの発生場所は中 国沿岸域で、対馬海流に乗って1~3ヶ月後に日本にやってくる、ということは分かっていて、モニタリングにより、およその規模も推定できるようになってい ました。

私たち広島大学のグループは、中国の排他的経済水域内のエチゼンクラゲを、国際フェリーのデッキ上から目視観測するという方法で、2006年以降、継続し て調査しています。この調査結果を基に、クラゲが対馬に来襲する約1カ月前に、大発生かどうかを予報することが可能となっているのです。2009年にはこ れまでで最大規模のエチゼンクラゲが日本にやってきましたが、この早期予報によって関係者に対策を求めた結果、被害金額を100億円程度にまで減らすこと ができました。

このように、私たちの研究成果が社会的貢献につながっていくことは、科学者として大変誇らしく、ありがたいことです。2012年には「海洋立国推進功労者表彰」の栄に預かり、大変感激いたしました。

去る6月には、「第4回クラゲ大発生に関する国際シンポジウム」を広島で開催しました。世界29カ国から140名もの参加者を迎えて行われたこの会議は、 クラゲの大発生が顕著な地域のひとつである東アジアで初めて開催されたもので、世界中に広がりつつあるクラゲ大発生についてのさまざまな研究成果が発表さ れ、盛会のうちに終えることができました。

その発表の中には大変興味深い調査方法がありました。有毒クラゲの大発生により観光業への被害が拡大している地中海のリゾート地で、ビーチを歩く一般市民 に協力を仰ぎ、クラゲの出現情報を携帯電話で逐次報告してもらって収集し、そのデータをリアルタイムで公表しているというのです。現在では若手のクラゲ研 究者が増加し、研究者と市民の交流も活発化しているので、今後クラゲ大発生に関する調査研究の可能性はさらに広がっていくでしょう。

私たちは今後もフェリーからの目視調査を続けて、10年分の成果を基に、より精度の高いクラゲ大発生予報を出せるようにしたいと考えています。そして、東 アジアの海を魚でいっぱいの「大里海」に戻していくために、いっそう尽力していきたいと思います。

また、我々の研究チームがこれまで世界をリードしながら培ってきたクラゲ大発生の機構解明と発生予測技術のノウハウを国際展開していくことも考えていま す。その場合私自身がというよりも、若い人たちに挑戦してもらいたいですね。そのためにも、海洋環境研究に夢を持ち、そして、サイエンス以外でも通用する 英語力を身に付けて、海外の研究者と一緒に研究を進めてもらいたいと思っています。

Profile

生物圏科学研究科 海洋生態系評価論研究室

1973年 広島大学水畜産学部水産学科卒業
1976年 広島大学大学院農学研究科修士課程修了
1978年4月1日~1983年1月15日 広島大学 助手
1983年1月16日~1994年3月31日 広島大学 助教授
1994年4月1日~広島大学 教授
1995年1月1日~1996年3月31日 オレゴン州立大学 客員教授
2007年5月21日~2011年3月31日 広島大学 理事・副学長(教育担当)
2012年4月1日~2013年12月31日 広島大学 理事・副学長(平和・国際担当)


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