統合生命科学研究科 分子遺伝学研究室 山本 卓 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

山本 卓教授 インタビュー

共同開発したゲノム編集ツールの産業利用を促進し、
食糧やエネルギー、疾病など、人類共通の課題解決をめざす。

安価で安全性の高い、ゲノム編集ツールを開発

生物の遺伝情報であるゲノムを自在に書き換える、ゲノム編集の基礎技術開発と応用に関する研究を行っています。応用の出口は、たとえば農畜水産物の品種改良や微生物による高機能物質の生産、疾患の治療や創薬などです。開発した技術を企業などに提供し、実際に現場で使ってもらえるよう共同研究を進めていて、提携先は100以上にのぼります。

ゲノムを編集するには、DNAを狙いどおりに切断する必要があります。DNA切断酵素を使えば遺伝子改変の作業効率が上昇するというのは1990年前後に報告があり、私も学内外の研究者と共同研究を進めていました。ZFNやTALENの作製法を確立してきましたが、多くの研究者が広く利用できる技術の開発は進んでいませんでした。そんななか、後にノーベル化学賞を受賞した二人の女性研究者が、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)という、誰でも簡単にDNAの狙った部分が切れる“ハサミ”を開発し、2012年に発表しました。しかし日本で産業利用するには、とても使用料が高く、医療で使うにも治療費が高額になってしまいます。

そこで私たちは、もっと手軽にゲノム編集ができる技術を日本でも開発したいと、同年、「ゲノム編集コンソーシアム 」を設立。企業の方々ともオープンイノベーションで研究を進める一方、CRISPR-Cas9とはまた別の人工酵素からなるPlatinum TALEN(プラチナターレン)というハサミを、さらに最近、切断酵素を改良したFirmCut Platinum TALEN(ファームカット・プラチナターレン)の開発に成功しました。

ゲノム編集ツールの技術開発は世界各地で行われていて、非常によく切れたり、さまざまな生物に使えたりと、高性能化してきています。そのなかで安全性が高く、ヒトの細胞でもうまく使えるというのが、FirmCut Platinum TALENの特徴的なところです。たとえばCRISPR-Cas9だと、似たような塩基配列を切ってしまう危険性も高いのですが、FirmCut Platinum TALENなら正確に狙え、これまで哺乳類では難しかったゲノム編集も可能にしています。この技術を使いたいという研究者には、専門のNPO法人を通じて世界中どこでもインターネット経由で供給できるように設定しました。

ゲノム編集ツールであるTALENを改良したPlatinum TALENから、さらに高性能なFirmCut Platinum TALENを開発

ゲノム編集とデジタル技術を融合させたバイオDX

たとえオンリーワンの技術でなくても、みんなが活用できる技術をつくれば、それがイノベーションにつながっていく。そんな信念のもと、日本のゲノム編集研究を加速させるために、2016年には「日本ゲノム編集学会」を発足させました。その後、JST(科学技術振興機構)のプログラムとして、広島大学を拠点とした産学連携組織「ゲノム編集産学共創コンソーシアム」を結成。2019年には、広島大学「ゲノム編集イノベーションセンター 」や、Platinum TALENを基盤技術とする大学発ベンチャーも設立し、大学と産業界をつなぐ取り組みに力を入れています。

さらに2020年にもJSTの支援施策に採択され、広島大学に「バイオDX産学共創拠点」を構築し、産学共創をより発展させています。たとえば広島の自動車メーカーであるマツダとは、これを機にバイオ燃料の共同研究を強化させました。光合成をする微細藻類はバイオ燃料に使いやすい油を溜め込む性質をもっているので、ゲノム編集でもっと効率よく大量の油ができるよう改良に取り組んでいます。また、AI事業も手がけている凸版印刷とは、ゲノム編集のデータ処理を簡易化することで、研究開発をサポートする「ゲノム編集支援オープンプラットフォーム」を開発。ヒトのゲノムは30億もの塩基対で構成されているなど、ゲノム編集では膨大な量の情報を扱います。そのなかで何を改変したらいいのかAIに機械学習させることで、効率化を図ろうとしています。

ゲノム編集とデジタル技術を融合させたバイオDX(デジタルトランスフォーメーション)技術は、飢餓や健康と福祉、エネルギーなどの課題解決につながるので、SDGsの観点からも重要です。ゲノム編集により生物機能を最大限に引きだし、未来のあるべき社会像へと近づくことが、「バイオDX産学共創拠点」の役割でもあるので、ここ広島から、世界最先端のバイオエコノミー社会をめざしていきます。

「バイオDX産学共創拠点」がめざすビジョン

広島をゲノム編集の学びや産業利用の拠点に

ゲノム編集により生みだされた農畜水産物として、すでに「GABAリッチトマト」や「肉厚マダイ」などは商品化されていますが、広島大学内でもアレルゲンフリーの卵を産む鶏の開発に成功し、その鶏を繁殖させていく段階に入っています。良いものをつくれば、社会需要と市場の広がりも大きくなり、国にとってのメリットにもつながっていくでしょうから、消費者が求める品種改良をさらに推進していきたいです。疾患の治療に関しても、いくつかのグループと研究を進めているので、誰もが臨床に活用できるレベルにまでツールの精度を上げて、ゲノム編集治療を広島大学の技術で実現させようと努めています。

ゆくゆくは全国の人たちが広島大学にゲノム編集を学びに来られる環境を整え、広島を中心とする企業さんと連携した開発を進めながら、めざせば研究を活かした起業ができるような流れをつくっていきたいです。生活が不安だからと、研究者への道を諦めてしまうのはもったいない。研究には夢があるという、象徴になるような活動を続けていきたいです。

山本 卓 教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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