医歯薬保健学研究院(医) 安井 弥 教授

人の死因の約30%はがんであり、特に日本人のがんは、胃がんをはじめとした消化器がんが半分を占めています。こうしたことから、がんの早期発見のための新しい診断標的、あるいは進行がんに対する有効な治療標的を見つけ出す必要があると言えるでしょう。

私たちは、がんの細胞組織から新しい診断治療につながるターゲットを見つけるという基礎的研究を中心に行っています。Omics研究とは、遺伝子や RNA、蛋白などの多量の情報を系統的に扱うもので、実際のがん組織片を顕微鏡で観察し、そこで機能している遺伝子を網羅的に解析。形態の分子基盤を知る ことによって、がんがどのように発生して広がっていくかという仕組みを明らかにするとともに、新しいシーズを発見し、それを標的とした診断や治療、予防を 展開したいと考えています。

私はもともと臨床医を志していましたが、臨床医ができることには限界があると感じたこと、さらに、病理学の道に進めば極めてたくさんの患者を救うことがで き、しかも研究だけでなく、病理専門医として臨床を行うこともできると考えて、この道に進みました。大学院生として学んだこの分子病理学研究室(旧第一病 理)で以前から行われていた、消化管がんに特化した研究が、現在の研究へとつながっているのです。

解析には「SAGE法」と「CAST法」という2つの手法を用いています。
SAGE法では、がん細胞やがん組織および正常組織の中にあるmRNAの一部の塩基配列を数万個の桁数で解析し、そこで機能している遺伝子、すなわち「発 現遺伝子」をほとんどすべて知ることができます。私たちはこの方法で胃がんの発現遺伝子リストを明らかにし、世界最大級の胃がんSAGEライブラリーを作 成。米国立生物工学情報センター(NCBI)のwebサイトを通じて、全世界に公開しています。

また、CAST法は、診断・治療標的として最適な膜蛋白あるいは分泌蛋白を網羅的に解析する方法。これまでに、胃がんや前立腺がんの組織等について、 10000以上のクローンを解析して遺伝子をいくつか同定したほか、浸潤・転移に関連する可能性のある遺伝子を新たにリストアップ。これらの遺伝子は新し い治療ターゲットとして注目されています。

これらの解析法は世界でも極めてユニークなもので、SAGE法で胃がんの解析を行っているのは世界で他に3カ所のみ。また、CAST法でのがん研究は、乳がんで他に1カ所のみ、その他のがんでは、世界で私たちの研究室だけが行っているものです。

現在、抽出した遺伝子の機能を解析して診断に活用するためのシステム構築に、企業の研究所と共同で取り組んでいたり、抗がん剤耐性のマーカーとなるような 遺伝子蛋白をCAST法を使って見つけるといったことを企業と共同研究するというような産学連携も進行中。このように、病理学的Omics研究から得られ た基盤情報は、がんの診断・治療・予防の新しい展開に大いに貢献しています。私たちが目指す病理的研究は、「遺伝子・形態・臨床の架け橋」の担い手とし て、得られたシーズを臨床現場に還元するもので、これは大変重要な方向性であると考えています。

私たちの研究はまだ基礎研究の段階であり、臨床応用にはあと10年ほどかかると思われますが、道を進まなければゴールは見えてきません。今後もこの方向性を信じて進んでいきたいと考えています。

また、病理は、主に顕微鏡で細胞の形を見てその異常を発見する、組織形態学的な病理診断を通じて、地域医療や先進医療の中核を担っています。私たち自身の 手で見つけたシーズを大切にしながら実臨床に近付けていく努力を続ける一方で、学会や国際学術雑誌で発表した成果を他の研究者が引き継いで、次なる展開が 生まれることにも大いに期待しています。

そして、病理を通じて、明るい未来の医療を築いていきたいというのが私の大いなる展望です。

Profile

医歯薬保健学研究院 基礎生命科学部門

1986年4月1日~1987年6月30日 広島大学 助手
1987年7月1日~1989年4月30日 米国スクリップス研究所 研究員
1989年5月1日~1989年7月31日 広島大学 助手(学部内講師)
1989年8月1日~1992年9月30日 広島大学 講師
1992年10月1日~2000年5月31日 広島大学 助教授
2000年6月1日~ 広島大学 教授
2009年12月1日~ 広島大学大学院医歯薬学総合研究科・医歯薬保健学研究科 副研究科長
2012年4月1日~2013年3月31日 広島大学 副理事
2014年4月1日~ 広島大学大学院医歯薬保健学研究院・研究科 研究院長・研究科長


up