慢性骨髄性白血病(CML)※1は白血病の一種であり、原因遺伝子としてBCR-ABL1チロシンキナーゼが知られています。CMLの特効薬としてBCR-ABL1を標的とするチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)※2が開発され、患者さんの治療は飛躍的に改善されました。しかし、TKI単独では根治せず、再発がおこることがわかってきました。近年、この再発の原因として、CML細胞を生み出すもとになるCML幹細胞※3が発見され、注目を集めています。TKIは増殖活性の高いCML細胞を治療しますが、CML幹細胞自身は増殖活性を低く抑えた休眠状態で維持されておりTKIが効きにくい特性を有しています。
広島大学 原爆放射線医科学研究所 幹細胞機能学研究分野 仲 一仁准教授、自然科学研究支援開発センター 外丸祐介教授、韓国ソウル国立大学校 Seong-Jin Kim教授、大島章教授、獨協医科大学の三谷絹子教授、熊本大学の荒木喜美教授、荒木正健准教授、千葉大学の星居孝之講師、株式会社島津テクノリサーチ他は国際共同研究によりCML幹細胞の維持に必要な脂質代謝メカニズムを解析しました。その結果、リゾリン脂質代謝酵素Gdpd3という分子がCML幹細胞で高発現していることを発見しました。実際、動物モデルを使った研究により、リゾリン脂質代謝※4をおさえることで細胞分裂を活性化して、TKIのCML幹細胞に対する治療効果を高められることを証明しました。この研究成果は英国オンライン科学誌Nature Communicationsに掲載されました。
(※1) 慢性骨髄性白血病 (CML)
成人における骨髄増殖性腫瘍。発症原因として、チロシンキナーゼと呼ばれる酵素を活性化させることでCML細胞を増やすBCR-ABL1が知られている。数年の慢性期の後、移行期を経て、急性転化期へと進行するため、慢性期のうちに充分な治療を行うことが重要となる。
(※2) チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI)
BCR-ABL1の恒常的なチロシンキナーゼ活性を直接標的とする分子標的医薬。CML患者の治療を劇的に改善した。この功績により開発者はアメリカのノーベル賞と言われるラスカー賞を2009年に受賞している。しかし,治療後の再発が臨床上の重大な問題となっている。
(※3) CML幹細胞
CML細胞を生み出す供給源となる細胞。正常造血幹細胞が発生起源として知られている。増殖活性が低い休眠状態で生存を維持しておりTKIに耐性を持つ。治療後、残存したCML幹細胞が再発する。
(※4) リゾリン脂質
細胞膜を構成するリン脂質の1つ。通常リン脂質は2本の脂肪酸を持つが、リゾリン脂質は1本の脂肪酸しか持たないため細胞膜から遊離しやすく、それ自身シグナルメッセンジャーとして機能する可能性が考えられている。