自分なりの組み合わせで知的な創造を ─色眼鏡で地形を読む─【後藤秀昭】

  新米の教員だったころ、地形を教えるのに大変もどかしい思いをしていました。地形の教材は等高線を記した地形図が一般的です。地図には地域を上空から見下ろすという、顕微鏡や望遠鏡では代替できない優れた特性がありますが、立体的な地形を二次元の地図でイメージするには訓練が必要です。私の説明は、学生の心に届いているのかと大いに不安でした。また、野外実習では、目の前に見える風景と俯瞰した地形とを関連づけて説明しなければならず、私自身、容易でなく、学生も不満に感じていたと思います。地形を直感的に理解できる教材を求めていたのです。

 そんなことを思っていた、ある日、赤青メガネを使って3Dでみる「アナグリフ」と呼ばれる画像に出会いました。私がこれに出会った今世紀初頭、この画像は主に写真愛好家たちによって、趣味として楽しまれていました。「これを地形の教育に利用すれば面白くなるはず」と直感的に思い、私はすぐに飛びつきました。
地形の研究では、通常、飛行機から連続して撮影された写真を使い、地形を3Dで捉えて検討します。この方法には道具が必要で、講義や野外では利用できません。アナグリフはこの障壁を簡単に取り除いてくれたのです。色眼鏡をかければ、誰でも簡単に地形を3Dで捉えることができるのです。

 大学の授業でアナグリフを利用し始めると、学生からは好評を得ることできました。また、当時私が所属していた教育学部の学生と一緒に中学校での授業を構想し、実践してみました。幸運にも、これらの試みは学会で評価されたり、市販雑誌の編集も手伝うことにつながりました。手法として新しくなくても、組み合わせ方によって新規性があるということを感じることのできる楽しい体験でした。ただ、自分が本来、専門としている変動地形学の研究ではなかったため、少しばつがわるい感じがしていました。

赤青メガネをかけて地形を3Dで読み解いている筆者

赤青メガネをかけて地形を3Dで読み解いている筆者

  その後、広島大学に勤務し、「地理情報システム学」という授業を担当することになり、パソコンで地形や地域を分析する機会が増えました。近年、地理情報システム(略称GIS)と呼ばれるものが社会に普及し、研究はもとより企業や行政でも利用されています。インターネットで施設名や住所を入力すると、地図が表示されるのは、GISが働いているからです。データベースと地図がリンクされているため、検索や分析した結果を地図で簡単に表示することができます。地図を通して地域の特徴を理解したり、今後の計画の援助に使われています。

 このような技術や社会の変化に伴い、2007年に地理空間情報活用推進基本法という「地理」のつく初めての法律が制定され、道路や地形などの基盤的な地図は国が整備し、無料で公開されることになりました。それまで手間や費用をかけて手に入れていた情報が、無料で簡単に入手できるようになったのです。さらに、地形については、高精度な測量方法で地面を計測し直した高密度な情報だったのです。「これは、すごい!」と、興奮しました。

 この数値標高モデルと呼ばれる高精度な地形情報を材料にして,GISという道具で調理すれば、おいしい料理(新しい研究)が私にもできるはずと、直感的に感じました。しかも、私にはアナグリフという3D画像の作成技術と、活断層の地形を読み取る技術の2つの独自のスパイスを持ち合わせていることに気が付きました。友人や学生、プログラマーに手伝ってもらいながら、試行錯誤していくうちに、列島スケールから水田が見える細かなスケールまで日本列島の地形を3Dで捉えるアナグリフができました。

 さらに、これまでに作られている活断層図を重ねて表示してみると、今まで誰も確認していなかった断層地形が多数、新たに発見できました。材料と道具を揃え、スパイスを加えて、新知見が生み出されたのです。しかも、今度は自分の専門に関する発見です。喉のつかえがとれる思いがしました。画像を見れば見るほど、活断層の地形が新たに見い出されました。この方法はさらに海底地形にも利用され、私の世界のみならず、地形研究者の活躍の世界は大いに広がりました。

 世の中に存在するものを自分なりに組み合わせて、研究と教育を続けてきました。自分にしかできなくて、他人も面白いと思えることは何かを考えて、組み合わせを工夫することで、創造的な仕事が体験できました。学生諸君にも、自分なりの体験を通してこの快感を味わってほしいと願い、励まし、指導しています。
  新しい知の創造は、「最高に楽しい遊び」です。

古宇利島の海成段丘地形

サンゴ礁の海に囲まれた古宇利島の海成段丘地形
(サンゴ礁が地震によって隆起して作られた地形と考えられる。
沖縄島北部の本部半島付近を航空機から撮影)


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