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【研究成果】分子間にはたらく相互作用で道を切り拓く自己駆動体の開発 ~分子でプログラムした電子回路不要の微小なロボットの開発に期待~

本研究成果のポイント

  • 安息香酸(benzoic acid)の結晶が自発的に水面を滑走することを発見
  • 運動する軌跡を自らがつくるシステムを構築
  • 分子間にはたらく相互作用(ミクロ)を増幅し、運動(マクロ)の制御に反映

概要

 広島大学・大学院統合生命科学研究科・数理生命科学プログラム・自己組織化学研究室の藤田理沙(当大学院生)、松尾宗征助教、中田聡教授からなる研究グループの研究成果が、2024年2月24日、学術誌「Journal of Colloid and Interface Science」に掲載されました。
 当研究グループは、自発的に水面を滑走する微小ロボット(以下自己駆動体と呼ぶ)を開発してきました。これまでの自己駆動体の速さと進行方向は、駆動体のサイズと形で決定されるか、磁石などの外力で制御されていました。また、運動を制御するプログラムと電子回路を搭載した小型ロボットもあります。しかしながらこれらは、変化する環境に適応して、運動の仕方を自律的に選択することはできませんでした。それに対して私達は、上記のような回路の搭載とは異なり、ミリメートルサイズの「自己駆動体の運動の様相」とナノメートルサイズの「分子レベルの要因」を結び付けることで、分子を使った自律的な運動の仕方をプログラムすることに挑戦しました。
 本研究では、食品の保存料として使用される安息香酸の結晶が、自律性の高い自己駆動体となることを見出しました。そして、安息香酸分子と相互作用する新規の運動制御分子を合成し、運動方向を自動制御することに成功しました。
 

発表論文

論文タイトル:Self-propelled object that generates a boundary with amphiphiles at an air/aqueous interface
掲載雑誌:Journal of Colloid and Interface Science
著者:Risa Fujita, Muneyuki Matsuo, Satoshi Nakata*
所属:広島大学 大学院統合生命科学研究科(*: Corresponding author)
doi:https://doi.org/10.1016/j.jcis.2024.02.156
 

背景

 微小空間での物質輸送を目的として、さまざまな小型ロボットが国内外で開発されています。一般的に我々が想像する“ロボット”の多くは電子回路を持ち、プログラミングによって指示通りに動きます。私達は表面張力の高い方向に動く自己駆動体を、小型ロボットとして応用することで、電子回路をもたない、あたかも生物のようなロボットを開発できると考えました。私たちのロボットは、作製が簡単で、化学エネルギーを直接運動エネルギーに変換し、運動を長時間持続するところにも長所があります。

 

研究成果の内容

 本研究では、分子の末端に安息香酸(benzoic acid, BA)※1と似た構造であり、両親媒性(油にも水にもなじむ性質)をもつ4-stearoyl amidobenzoic acid(SABA)※2を運動制御分子として合成しました。似た構造をもつのでBA分子はSABA分子と相互作用しやすくなります。よって、図1のようにBA円板※3から放出したBA分子はSABA膜に入り込んでBA-SABA混合膜を形成します。さらに、BA円板の運動によってBA-SABA混合膜は押し固められ、凝集膜が形成されます。この凝集膜が「軌跡を誘導する壁」の役割を果たし、通常時は自由に水面を運動するBA円板が、水面上の一部に作られた壁の中だけで運動しました。

図 1. 本研究の概略図

 図2はSABA単分子膜の圧力と膜の密度の関係のグラフです。SABAの密度が高くなるほど膜の圧力は高まります。ここで膜の圧力を受けてBA円板の動きやすさが変わります。つまり高い膜圧では動きにくく、逆に低い圧力では動きやすくなります。BA円板はこのSABA膜の各密度条件で、水面を自由に運動する「非制限運動」、運動領域が限られる「制限運動」、同じ空間を行き来する「往復運動」、及び「停止」の4つの運動モードを自発的に選択しました。このように膜の密度を変えて、運動する場所や速さを制御することができます。加えて、往復運動(図2右側)や制限運動のような運動は、BAとSABA分子で作られる固い凝集膜の形成により発現します。そして局所的に生成される凝集膜は「水路の壁」の役割を担います。当研究のポイントは、運動の軌跡の起源である「分子の壁」を駆動体自身が自発的につくることです。これは例えるなら、土の中で穴を掘り、そこで生活する生き物のようなイメージです。運動制御分子(SABA)と駆動する分子(BA)を使って運動の軌跡を発現する、すなわち環境に適合した運動の仕方を、自動選択することに成功しました。

図2. SABA単分子膜の固さと密度の関係と、各密度条件でのBA円板の運動の様子。
往復運動するBA円板の運動の軌跡。

※1:安息香酸(benzoic acid, BA)
…BA分子、BA分子は数ナノメートル、BA分子は水中ではなく、水面に放出されています。

※2:4-stearoyl amidobenzoic acid(SABA)
…SABA分子、SABA分子は数ナノメートル、SABA分子は水中には溶解しておらず、水面に分布しています。

※3:BA円板
…本論文における自己駆動体、BA円板は数ミリ、通常時は自由に水面を運動します。
 

今後の展開

 本研究では、運動制御分子と駆動体分子の分子間相互作用による、運動方向の制御に成功しました。今後は「自己駆動体の運動方向と速さをどちらも制御する」自己駆動体を構築し、「分子情報でプログラムされた微小なロボットの開発」を目指します。
 将来的には、バクテリア(細菌)のように、環境に応答して、微小空間で物質輸送することが可能となると考えています。
 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム 
教授 中田 聡 
Tel:082-424-7409 
E-mail:nakatas*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)


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