広島⼤学未来共創科学研究本部
研究戦略推進部⾨
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2023年3月16日・17日の2日間、広島大学東広島キャンパスにおいて、第8回人文・社会科学系研究推進フォーラム「ELSI(倫理的・法的・社会的課題)に取り組むURAの在り方」が開催されました。人文・社会科学系研究推進フォーラムは、人文・社会科学系の研究者とURA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレータ―)、事務系職員などが、より良い研究推進の在り方をともに議論、行動することを目指して2014年に発足したものです。フォーラムの企画・運営は、開催校を中心に各大学の人社系担当URAの有志グループによって行われています。
「ELSI(倫理的・法的・社会的課題)に取り組むURAの在り方」は、広島大学未来共創科学研究本部研究戦略推進部門の主催により、「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues : ELSI)」をテーマに今後のURAの在り方に関してレクチャーとワークショップを通じて議論・検討を深める目的で実施されました。第1日目(3月16日)のレクチャーはオンラインと対面のハイブリッド、第2日目(3月17日)のワークショップは対面のみでの開催。参加者はURA 、研究者、事務系や図書館・博物館系職員に加えて、行政機関・ファンディング機関からの参加者も含めて、2日間で、国内70の大学・研究機関から計245名が参加しました。
科学技術振興機構 社会技術研究開発センター長 [講演者紹介]
冒頭、経済安全保障やデュアルユースなど現代の課題を取り上げ、科学者の自律と社会的責任について言及した後、ELSIの歴史が語られました。遺伝子組み換えに関するガイドラインを科学者が自発的に集まって議論した1975年の「アシロマ会議」、1989年ヒトゲノムプロジェクトから始まったELSI研究などのトピックからELSIの基本的な考え方を解説。また、冷戦の終結と科学技術政策の本格化、科学者自身がブタペスト会議で打ち出した「社会のための科学」という視点にも言及されました。こうした歴史を経て現代では、海外で科学技術と社会についての研究拠点が続々と設立され、そこでは人々がどういう社会をつくることを望むかという視点から科学技術の役割や問題を提起していることが示されました。また人社系への期待と文理をつなぐ難しさ、ELSIとRRI(Responsible Research and Innovation)の違いも指摘されました。そして、社会ための科学を重視して設立されたファンディングエージェンシー、社会技術研究開発センター(RISTEX)におけるELSI/RRIの取り組みを説明。最後にURAへの期待として、学内研究者を俯瞰的に把握してマッチングができる専門性を高めること、社会実装を視野に入れ研究が社会にとってどういう意味があるのかを常に意識してほしいと語りました。また、ファンディングエージェンシーも研究公募に際して、ELSI/RRIの取り組みを明記し、その取り組みを正当に評価する仕組みを構築することが重要だと指摘しました。
国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー [講演者紹介]
序論として、ELSIが科学技術を基点に社会との間で生じる課題に取り組むものであるのに対して、RRIは目指すべき社会像や実現すべき価値から逆算して、社会の課題に挑戦する取組みとして科学技術・イノベーションのプロセスや内容を変革していくものという違いを確認しました。次に、科学技術政策の枠組みの歴史的変遷に言及。科学技術政策から人文・社会科学及びイノベーションの創出を含む形へと政策の枠組みが拡大する中で政策の目的や対象・範囲がどう拡大したのかを整理しました。こうしたバックグラウンドのもと、ELSI/RRIに関する国内外の動向が論じられました。国内の動向としては、イノベーション・研究開発プログラムにおけるELSI/RRIの研究・実践の促進、大阪大学ELSIセンターの設立に見られる研究・人材育成の拠点形成やネットワーク化の進行、産業界での取り組みにも言及しました。海外の動向についても政府、ファンディング機関、大学研究機関ごとに整理し、米国と欧州での主要な取り組みを取り上げて解説しました。最後に、ELSI/RRI大学・研究機関に求められる機能の強化について、自然科学系と人文・社会科学系との対話・交流機会の創出、総合知・学際共創研究の推進体制、人材の育成と処遇などの課題をまとめました。さらにURAには、ELSI/RRIに関する動向を把握し具体的な取り組みに反映させるなど、大学・研究機関レベルでの実践において重要な役割を果たすことが期待されていると述べました。
広島大学 人間社会科学研究科 准教授 [講演者紹介]
まず、応用倫理学の専門家として科学者との共同研究を長年続けてきたキャリアを紹介した後、哲学的に妥当で社会にも受け入れられるような規範を導くことを目指した研究を行う立場から、近年取り組んでいるヒト脳オルガノイド研究のELSIに関する研究を概観しました。脳オルガノイドは多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を用いて作製される立体的な脳組織のことで、当該研究に対しては期待とともに懸念が示されています。そのうえで、広島大学のELSI/RRI実践におけるいくつかの事例を取り上げました。具体的には、京都大学・広島大学・千葉大学による大型の応用倫理プロジェクト(「情報倫理の構築プロジェクト」)や、平和/和解の構築をテーマに海外との連携を積極的に進めてきた広島大学応用倫理学プロジェクト研究センターの活動に言及。2023年度に予定されている共創科学基盤センター(ELSIセンター[仮称])設立、また同センターに向けたELSIユニットタスクフォースの発足にも話は広がりました。最後に、ELSI/RRI実践において研究者とURAの協働の可能性を検討。多様な背景を持つURAがいかにELSI/RRI実践にコミットするのか、たとえば研究提案や研究参画という形まで踏み込むのかどうか、またそうした実践をいかに持続可能な形で進めるのかを検討し、ELSI/RRI実践を体系的に実施するとともに、可視化する必要があると指摘しました。
広島大学 ゲノム編集センター 客員教授 [講演者紹介]
JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)に採択された広島大学の「バイオDX産学共創拠点」の取り組みをテーマにELSIの産業的実践について講演しました。同拠点は広島大学を代表機関とし、24の大学等研究機関、26の企業などの法人が連携して、ゲノム編集・合成と遺伝情報の解読・解析による研究開発から、食・健康・エネルギー等、人類が直面する課題の解決に挑むプロジェクトです。奥原客員教授は、そこで求められる10年先の未来社会からバックキャストする研究開発においては、人社系のいろいろな未来を見据える目線が必要になることを言及。グローバルビジネス、スタートアップ支援にELSIの視点も加えたビジョンの共創、学生や若手も巻き込んだデザイン思考ワークショップの実施などを通じて、食料問題、健康福祉増進、カーボンゼロ推進などの社会課題をターゲットとするバイオDXコンソーシアムを創造するプロセスをポイントごとに解説しました。さらに、知財戦略、国内外の動向調査、人材育成、自治体との連携、アウトリーチなどそれぞれの問題について、課題や取り組みについても具体的に解説しました。バイオDX産学共創拠点を核にした、自治体や産業界を交えた地域コミュニティ形成へと発展する計画にも触れながら、こうしたプロジェクトを動かすには、どの分野の専門家とも話のできる「ハブになる人材」が重要であることを強調しました。
実践女子大学 人間社会学部 人間社会学科 准教授 [講演者紹介]
JST-RISTEXのRInCAプロジェクト企画調査として実施している「FemTech(フェムテック)のELSI検討に関する企画調査」の事例に触れながら、多様性を包摂するRRI実践に繋げるために何が必要なのかについて考えを述べました。FemTechとは女性の心身の健康やウェルネスに関わる課題をテクノロジーで解決するプロダクツやサービスの総称で、日本では経産省が労働政策の文脈で推進するなど、市場としての発展期にある領域です。同プロジェクト企画調査では、FemTechをめぐる「社会技術的想像」についての解析をはじめとするELSIの検討を行い、ジェンダーや多様性を捉えた科学的な研究開発の推進につながるための道筋を探っています。標葉准教授はSNSを対象とした分析から導き出されたFemTechのメディア表象など企画調査内容の一部を解説し、抽出されたELSI論点を例示。分野横断的な評価・規制、ジェンダード・イノベーション(GI)と近づける試みなど、RRI実践につなげるための取り組みの必要性を語りました。こうした研究の知見を通して、ELSIに取り組むURAの在り方として、ジェンダー・交差性に対する敏感さを持つ研究開発の場づくりが重要であることに言及。ELSI/RRI実践にとって異なる分野・セクターの人々と同じテーブルで対話を続けることが大切であると述べ、相手に伝わる言葉を探すこと、数値化されていない「語り」にも目を向けることの重要性を指摘しました。
大阪大学 社会技術共創研究センター 准教授/URA [講演者紹介]
ELSIセンターと称される大阪大学社会技術共創研究センターの概要とその特徴的な活動についての報告でした。ELSIセンターは、ELSIを発見・対応・解決する「社会技術」を、学内の幅広い学問分野、行政や市民、他大学や研究機関、事業者などステークホルダーと共創し、研究する組織であることが説明されました。ELSIに関わる学術領域横断的な研究の推進だけでなく、市民と産業界・行政機関等の接続や、ELSI人材の育成が目指されていることが言及されました。続いて、同センターの特徴的な活動の紹介があり、中でも様々な組織と共同して取り組む共創研究プロジェクトについては具体的な事例を挙げて解説。新しい技術やサービスなどにかかわるELSIやガバナンスのあり方などを総合的に研究するとともに、ガイドラインを共創し、組織内研修を支援するなど、実践的な研究活動が展開されているとのこと。加えて、若手研究者のELSIへの関心の養成、ビジネスパーソンのためのELSI入門講座など幅広い層への教育活動についても紹介され、また、2022年度からスタートした新事業、アカデミアや産業界から関係者が一堂に会し、企業・組織を通じた共通の関心・課題等について意見交換を行う「ELSI Forum」にも言及がありました。同センターにおいて、人がつながる場をつくり、実践や研究を適切に広報する役割の重要性について示唆されました。
京都大学 学術研究展開センター(KURA) 融合研究創成部門 副部門長/部門長代理 [講演者紹介]
第2日目は、1日目に深めたELSIについての理解をもとに、参加者全員で「ELSIへの取り組みに向けて何をすれば良いのか」を議論するワークショップが開かれました。最初に白井ファシリテーターが、ELSIへの取り組みとして「課題の調査」「課題への対応案の検討」、ESLIの取り組みに必要な人材について、ポイントや方法を解説した後、7人程度の小グループに分かれてワークを実施しました。
最初のワークは、ELSIへの取り組みにおける課題の抽出・整理です。各自が付箋紙に意見を出した後、グループ内で持ち寄って意味内容が近い付箋紙を「皿」と呼ばれるA4大の紙にまとめタイトルをつけました。その後、すべての皿を模造紙の上に置き、皿を動かしながら一つの物語として図解できるよう配置しました。こうして出した課題に対して、URA個人や組織としてどのような対応ができるのかを考えるのが次のワークです。課題が書かれた付箋に対して各自「優先順位が高そう」「自分や自組織でできそう」「自分や自組織でやりたい」の3つのラベルを貼付。貼られているラベルを見ながら、対応策を検討する課題を数個ピックアップします。その対応方法を議論し、別の色の付箋に記入して課題の近くに貼りました。
ワークショップは8グループに分かれて実施
最後は、グループごとに課題の俯瞰・整理と課題への対応策を発表する場が設けられ、発表者以外で話したい人が補足するグループもありました。コロナ禍ではフォーラムもオンラインでの開催ばかりだったため、久々に開かれた対面でのワークショップとあって会場は大いに盛り上がり活気にあふれたものになりました。参加者同士の交流も活発で、距離が近づきました。
発表で多く取り上げられたのは、「そもそもELSIって何なのかという理解がちゃんとできていない」「ELSIの認知度が低い」という課題です。それに対する対応策としては、研修セミナーの開催やファンディング機関・研究者の協力を得る、などの対応策が出ていました。また、今まで学内でやってきた研究や教育の中にELSIと共通することがあるはずなので、それを再評価するところから始めるという意見も出ました。ELSIに対する認知度の低さは、上層部に理解されにくいなどの問題にもつながります。その意味でのELSIについての教育、組織の中でのURA機能や基盤を確立が必要だという声もありました。また、ELSIは新しい学問/取組なので、社会発信を積極的に行っていくことが必要という意見もあり、市民向けのワークショップを企画して、それを通して研究者たちの研究成果をわかりやすく市民に紹介するという提案もありました。
共創の場をどうつくるかということも大きな課題と捉えられていました。立場の違う人が集まったときの認識のギャップをどう埋めるかといった課題について、多くのチームが検討しました。自分事に感じてもらったりモチベーションを維持するのに、カジュアルに集まるところから始める、立場の違う人をつなげる専門人材を導入する、実践事例を共有するといった意見が出ました。また、ELSIの理解、共創の場づくりのいずれの課題にも対応策として出ていたのは、グッドプラクティス、バッドプラクティスを集めたプラットフォームをつくる、ELSIに関わっていく人たちのネットワークをつくるという提案でした。
リソースが不足しているという課題も多かったものの一つです。これについては、各大学で取り組むよりオールジャパンでリソースを共有する、データベースの構築、AIなどテクノロジーの活用、研修プログラム開発などの対応策が出ました。博士人材のキャリアパスとして、ELSI人材を位置付けるという意見もありました。また、リソース不足とも関わりの深い課題として、ELSIの取り組みに対する評価とフィードバックの在り方を問題視する声挙がりました。ELSIをやるのは良いことだとみんなにほめられ、そこにお金がついてきたりすればモチベーションにつながるといった議論もありました。
議論した内容を、1グループ3分で発表
広島大学 人間社会科学研究科長
2日間のプログラムの総仕上げとして、長く科学技術政策に携わってきた広島大学高等教育研究開発センター・小林信一特任教授が登壇し、「繰り返し、伝えること」というタイトルで、広島大学とELSI/RRI実践との歴史的関わりや、ELSI/RRI実践に取り組む際に念頭に置いておきたい事柄についてレクチャーを行いました。
まず、広島大学が「物語を共有できる大学」だと語り、その一つとして、ELSIが誕生する源流が広島・長崎にあるという指摘を行いました。アメリカは原爆投下後の広島や長崎で長期にわたって被爆者を対象に、放射線の身体的・遺伝的影響を調査してきました。これは放射線被ばくによる染色体、ゲノムへの影響研究の伝統として、ヒトゲノム研究プロジェクトを誕生させ、ヒトゲノム研究の最初からELSIを並行して実施する動き、つまりELSIの起源へとつながりました。このことについて小林特任教授は、「ELSIは広島、長崎の被爆者の存在に負っており、広島大学がELSIに取り組むべき歴史的必然がある」と述べました。また、第二次世界大戦中に日本のアカデミア、人文社会科学分野も戦争協力をした事実についても言及。こうした歴史を直視し、「ワタシタチの物語として共有し、語り継ぎたい」と語りました。
こうした認識の上で、2023年度に設立予定の広島大学共創科学基盤センター(ELSIセンター、ELSI-Hiroshima)の特色にも言及しました。ELSI、環境、デュアルユース、RRIをすべて含み、経済安全保障、研究インテグリティなど幅広く捉えること、ELSI研究と同時に学内研究者に伴走してELSI実践を支援することを重視すること、研究者も市民も含めたトランスディシプリナリーなELSI活動を通じて「ELSI文化の醸成」を目指すことなどが説明されました。その中では先端的研究プロジェクト形成支援の意義も語られ、ELSIにきちんと取り組むことで、戦略形成や研究の方向性の設計、国際的な交渉力を持つための戦略など様々なアドバンテージを得られることが指摘されました。
最後に、ELSIを行う上での立ち位置の重要性にも触れました。ELSIあるいは総合知が自然科学分野と並走するには、肯定するELSIも批判するELSIもどちらも必要だと指摘。批判は人文社会科学の最大の強みであり躊躇すべきではないこと、日本ではELSIの活動において批判が一般化され受容されるよう活動していくことが非常に重要だと語りました。
本フォーラムへの参加者を対象に実施したアンケートの結果をまとめました。
⼈社系の研究にかかわる研究者やURA、事務系職員等が、よりよい研究推進のあり⽅をともに議論し、ともに⾏動することを⽬指して、2014年に発⾜しました。フォーラムの企画・運営は、開催校を中⼼に、各⼤学の⼈社系担当URAの有志グループによって⾏われています。
広島⼤学未来共創科学研究本部
研究戦略推進部⾨
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