先進理工系科学研究科 深澤泰司教授(天文学)

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

宇宙に存在する望遠鏡

深澤教授は広島大学で教鞭をとる天文学者ですが、教授の望遠鏡は広島ではなく宇宙空間にあります。

深澤教授が興味を持っているのは、人間の目に見えず、地球上の望遠鏡では検出できないタイプの光線であるX線やガンマ線です。宇宙で物体が発したX線やガンマ線は、地球の大気によって吸収されてしまうため、天文学者たちはこうした光線のエネルギーに関するデータを収集する特殊な望遠鏡を作ってロケットに搭載して打ち上げ、人工衛星として地球の衛星軌道に乗せます。このタイプの宇宙望遠鏡としては、ハッブル宇宙望遠鏡が最も有名です。通例として、衛星に搭載する望遠鏡で主に日本で製造されたものは、打ち上げに成功するたびに新たな衛星名が付けられてきました。そのうち、深澤教授は以下の3機の宇宙望遠鏡の観測装置開発に携わっています。

  1. 1993年2月に打ち上げられた観測衛星「あすか」。英語名は、ASCA (Advanced Satellite for Cosmology and Astrophysics、旧称Astro-D)です。「あすか」はヨーロッパ、日本、米国の研究者がX線の観測に使っていましたが、2001年に太陽フレアの磁気嵐のために衛星軌道をはずれ、大気圏に突入して消滅しました。
  2. 2005年7月に打ち上げられた観測衛星「すざく」。「すざく」は「朱雀」から命名され、旧称はAstro-E IIです。「すざく」はX線観測装置を3機搭載していました。そのうち1機は打ち上げから数週間後に故障したものの、他の2機は10年近くにわたってデータを収集し続けました。
  3. 2016年2月に打ち上げられた「ひとみ」。「ひとみ」は「瞳」から命名され、旧称はAstro-Hです。姿勢制御機構の不具合により、翌3月末に運用が断念されました。

「10年前から『ひとみ』の観測装置開発に携わりました。継続して稼働できていればX線の観測ができていたのですが……」と、深澤教授は一瞬言葉を止めて、研究に費やした年月を振り返ります。「運用断念に至ったのは本当に残念でした。搭載されていた宇宙望遠鏡は、短期間ですが観測データを地上に送ることができたので、現在そのデータを解析しています」

「ひとみ」が送信した短期間の観測データとは、かに星雲の2時間の観測データで、当初、観測装置が正常に稼働しているかテストするために収集されたものでした。この試験観測に使われた軟ガンマ線検出器(Soft Gamma ray Detector :SGD)は、ガンマ線のエネルギーや到来方向を測定でき、以前の宇宙望遠鏡に搭載されていた装置に比べて、背景事象のノイズ信号がはるかに少ないという長所があります。また、「ひとみ」に搭載されたSGDは大きな改善がなされてガンマ線の向きや偏光を検出する機能を搭載しており、この情報に基づいてガンマ線の放射プロセスを検討できるはずでした。かに星雲は直径約10光年のガス雲からなる超新星残骸で、中心にはパルサー(中性子星)が存在します。パルサーは自転しながら一定間隔で光を放射するため、パルサーの光の発信が地球方向に向いた時に、この光のパルスを検出できます。パルサーが灯台に例えられるのは、この自転しながら光を放つ仕組みによります。過去の観測から、かに星雲のパルサーは偏光X線を放射することが分かっており、「ひとみ」がかに星雲のデータを収集したのは、このパルサーの仕組みを解明するためでした。

かに星雲は直径がおよそ10光年で、中心に中性子星(パルサー)が存在します。深澤教授はその中性子星から放出されるガンマ線の偏光の研究を行いました。画像出典:NASA, ESA, J. Hester, A. Loll (ASU) https://www.nasa.gov/multimedia/imagegallery/image_feature_1604.html

偏光は、光が全方向に揺れ動いたり振動したりするのではなく、光波がすべて同じ方向に振動することを指します。人工的に偏光を区別する例としては、海や雪に反射した太陽光線の眩しさを緩和する偏光サングラスがあります。サングラスのレンズは、一方向からの光波だけを通してそれ以外の方向からの光波をブロックするため、目に届くのは限られた方向からの光だけになります。かに星雲パルサーが放出する光がどのように偏光しているのか理解できれば、かに星雲だけでなく他のパルサーについても理解を深めることができると期待されています。

もし「ひとみ」に問題が起こらなければ、かに星雲のテスト観測は1日半継続したと考えられています。現在、研究者らが数学的技法を使って2時間のテスト観測データの信号対雑音比(S/N比)を下げ、「ひとみ」が機能した短期間に得られたデータを取り出そうと試みていますが、深澤教授は、データをある程度解釈できるようになるまでには半年かかるだろうと予測しています。

 

研究キャリアのはじまり

深澤教授は東京大学で学士号および修士号を取得した後、1998年に博士号を取得し、2000年に広島大学の大学院先進理工系科学研究科准教授に就任しました。現在は学部および大学院で天文物理学および天文学を教えるほか、博士課程の学生を指導しています。

深澤教授は早くから天文学に関心を持ち、その関心が失せることはなかったと言います。

「子供の頃に祖母が望遠鏡を買ってくれて、その望遠鏡で空を見るのが好きでしたね。カール・セーガンのテレビ番組も好きでした。セーガンがアインシュタインの相対性理論を説明したのをよく覚えています」

カール・セーガンが司会を務める番組「コスモス(宇宙)」(Cosmos: A Personal Voyage)の初放映は1980年のことでした。セーガンは米国コーネル大学の天文学者でしたが、一般の人たちに天文学をわかりやすく説明し、世界中の家庭でよく知られた名前となりました。深澤教授は子供時代のヒーローだったセーガンの例にならい、天文学を一般の人たちに知ってもらうための努力も惜しみません。例年、教授は高校生、そして地元の大人たちを対象にした公開講座を、それぞれ年に1回ずつ実施しています。

幼少期の天文学に対する興味を振り返り、宇宙研究に一般の人たちが興味を持つ理由について語る深澤教授。

「日常生活では起こらない、とても大きなスケールの現象に対する興味は、誰しも持っているものだと思います。天文学が語る物体や現象は、とてもスケールが大きく日常からかけ離れているので、理解するには想像力が必要になりますが、みなさん、それをとても楽しんでくれます。多くの人が宇宙に興味を持っていますから、新しい発見を伝えるのは大切なことだと思います」と深澤教授は語ります。

 

地球上の装置

もともとは宇宙望遠鏡のために設計した仕組みを、地上で使用する装置に応用するケースもあります。たとえば、シリコンとテルル化カドミウムを素材として使った両面ストリップ型ガンマ線検出器は、地上で、天文学とは異なる分野で使用されています。ガンマ線は原子核の放射性崩壊によって放出され、宇宙望遠鏡でX線を検出する仕組みは、地上で放射線を検出する場合と科学的には原理が同じです。ガンマ線検出器に使用されているこの原理はコンプトン散乱と呼ばれ、この原理を発見したアーサー・コンプトンは1927年にノーベル物理学賞を受賞しました。光の粒子(光子)が他の粒子にぶつかると、光子は散乱して低いエネルギーにシフトします。このシフトを計測することにより、光波の発生源や到来方向を数学的につきとめることができます。

福島第一原子力発電所事故のように原子炉の損傷などが起こると、環境中に放射性同位体が飛散します。従来のガイガーカウンターのような放射線検出器は、放射線が測定時点において測定地点付近に存在するかどうかしか特定できません。そこで深澤教授は、2013年に広島大学の研究チームおよび産業界との共同研究により、リアルタイムで放射性同位体の強度、位置、種類を現場で測定できる携帯型カメラを開発しました。

「同様の技術は既に存在していますが、我々が開発したカメラのユニークな点は、どの放射性同位体がガンマ線を放出しているか特定できるスペクトルを生成することです。検出された放射性同位体の種類が正確に分かれば、放射線の発生源を確実に特定することができます」

深澤教授は、宇宙の宇宙望遠鏡を地上の装置に応用することを検討しています。

福島第一原発の事故では、大量のセシウムが広範囲に放出されました。今回開発されたポータブルカメラでセシウム放射性同位体が検出された場合、ほぼ確実に福島第一原発の事故に由来するものだと考えられます。しかし、もし他の種類の放射性同位体が検出された場合、それらの発生源を確かめる必要が出てきます。放射線の発生源をつきとめることで、研究者や政府は放射性同位体が環境中でどのように移動するかを理解し、さまざまな放射能対策の効果を比較することができるようになります。

 

進行中のプロジェクト

現在、深澤教授は2008年6月にNASAによって打ち上げられたフェルミガンマ線宇宙望遠鏡(Gamma-ray Large Area Space Telescope)に携わっています。広島大学はこの望遠鏡を構成するシリコンセンサーの開発製造に関わり、フェルミプロジェクトの日本側の代表機関を務めています。ガンマ線はほとんどの物質を透過するため、光学望遠鏡では可視光波と違って鏡によって反射されず、入射角を測定できません。シリコンセンサーを利用するとガンマ線粒子の入射角を高い精度で測定できるため、このセンサーを搭載した望遠鏡を使ってガンマ線の発生源を正確に特定することが可能です。

 

深澤教授は、次々と星を産み出す銀河であるケンタウルス座Aの研究をしています。ケンタウルス座Aの中心には超大質量ブラックホールが存在し、2つのガンマ線ローブが噴き出しています。画像出典:ESO/WFI (Optical); MPIfR/ESO/APEX/A.Weiss et al. (Submillimetre); NASA/CXC/CfA/R.Kraft et al. (X-ray) http://www.eso.org/public/images/eso0903a/

これまでに、フェルミ望遠鏡を使って地球に最も近い電波銀河のひとつであるケンタウルス座Aの観測が行われました。ケンタウルス座Aの中心には超大質量ブラックホールが存在しますが、このブラックホール近辺からX線と電波を放つビーム(ジェット)が、数千光年先までの宇宙空間に放出されています。そこで研究者らがフェルミ望遠鏡のデータを精査したところ、銀河の真ん中を一筆書きするように、2つのガンマ線ローブが銀河核から噴き出していることが分かりました。このことから、ブラックホールはすべての物質を吸収して何も放出しない、というこれまでの仮説が正しくない可能性が出てきたのです。

「放出された電波を観察して、このブラックホールの存在と、ブラックホールがジェットを噴き出していることは分かりました。ですが、その放射の仕組みをしっかりと理解するには、X線やガンマ線検出器を使って、高エネルギーの光を観察する必要があります」

深澤教授は、物理的なアクセスが不可能な望遠鏡に複数の装置を搭載し、観測するためのロジスティクスを考えるのも、研究の魅力のひとつだと言います。

「この研究の面白いところは、観測計画を練ることです。天体の観測は、天体ごとに異なる条件や観測したい事象の特性などを考慮して、いつ観測を行うかを計画する必要があります。時には、同じ対象を異なる装置で観測を行いたいこともありますから、複数の望遠鏡を使って同時に複数の観測を行うためのプランを練る必要もあります。また、天文学でもうひとつ面白いのはデータの解析です。解析結果が出た時は興奮しますね」

ブラックホールの端で見られるX線やガンマ線のジェットが、活発に活動しているように見えることを熱心に説明する深沢泰司教授。

「結果が出た後は論文を書きますが、このステップは時間がかかります。論文執筆はあまり楽しい作業ではないですね」と言いながら、深澤教授は2016年9月現在400本以上の論文を共同執筆しています。宇宙についての新しい発見を他の研究者や一般の人たちと共有したいという思いが、深澤教授の研究に対するモチベーションとなっています。

深澤教授が執筆された学術論文の全リストは、SCOPUSの著者ページをご覧ください。<https://www.scopus.com/authid/detail.uri?authorId=7101986895>

このインタビューによるオリジナルの記事は2016年11月に広島大学研究企画室所属のCaitlin E. Devorが執筆したものです。顔写真はDevorの提供、科学的画像はそのキャプション内で引用されている学術論文著者からの提供で再利用しています。本記事の内容を再利用する場合は、広島大学への帰属を明記してください。

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