先進理工系科学研究科 構造有機化学研究室 灰野 岳晴 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

灰野 岳晴 教授 インタビュー

「弱い結合」で集まった超分子のさまざまな性質を活かし、これまでにない機能性材料を開発する

「弱い結合」から生じるさまざまな性質を機能性材料に活かす

私の専門は有機化学、中でも超分子化学です。一般的な化学で扱う分子という構成単位は、原子同士が電子を共有する化学結合(共有結合)によって成り立っています。一方、超分子化学ではこの分子を構成要素として、分子同士が非共有結合という弱い結合で集まった集合体を扱います。分子を構成する原子は強く結合しているため互いの位置を入れ替わることができないのに対して、超分子を構成する分子同士は入れ替わることができるのが特徴です。

超分子は私たちの身の回りにさまざまな形で存在します。水分子が集合した状態である氷も超分子で、温めると結合が弱くなり液体の水に、さらに温めると結合が切れて気体になります。テレビなどの画面に使われている液晶もそうで、分子の集まり方を操作することで画面の色や明るさを変えています。このように、分子は集合して超分子として振る舞うことで、実にさまざまな性質を示すのです。

私は高分子と超分子の境界領域に興味を持ち、さまざまな機能を持った新しいポリマー素材を超分子で作る研究に取り組んできました。その代表は自己修復機能を持った材料です。超分子は結合が弱く,可逆的であるため、自己修復性のある超分子材料は一度切断した面を再結合すると,一度切れてしまった結合がすぐに再結合することで再生します。こうした傷つきにくい性質を活かして、すでにスマートフォンのソフトケースなどが商品化されていますが、私たちはこれをさらに突きつめて、完全に切り離しても繋がって元に戻る超分子でできた高分子材料を開発しました。

切り離しても元に戻ることができる自己修復機能のあるポリマー素材を開発

研究テーマをもうひとつ挙げると、炭素原子が結合した分子であるフラーレンを用いた超分子ポリマーの開発に取り組んでいます。フラーレンは、炭素原子がサッカーボール状に結合したきわめて安定な分子です。私たちは、このフラーレンを非共有結合によってグローブでボールを捕るように掴む分子の開発に成功しました。この分子を使うことでフラーレンを1ナノメートルという非常に小さなオーダーで制御できるようになり、一直線に並べたり、平面上に並べたりと自在に扱うことが可能になりました。直線上に並べたフラーレンをさらに立体的に組み上げることで、新しい超分子ポリマー素材を開発できるのです。

私たちの強みは既存の物質の組み合わせではなく、ゼロから分子をデザインすることで新しい超分子ポリマーを作る技術を持っていることです。例えるなら、1ナノメートルの世界でオーダーメイドの金型を作っているようなものです。ある意味、町工場的なものづくりですね。
 

ダンベル型フラーレンと左右にねじれたホストの結合によるらせん超分子フラーレンポリマーの形成

目標は、超分子の「未知の性質」を発見すること

どんな材料も万能ではありませんが、だからこそ研究開発の面白さがあると考えています。例えば、最初期の自動車は主に木と金属でできていました。これらがプラスチックに置き換わり、さらに高分子化学の進歩によって軽くて丈夫な高分子材料に置き換わりつつあります。高分子化学はこの「軽さ」でカーボンニュートラル社会に大きく貢献してきました。しかし金属材料が高分子材料に劣っているわけではなくて、金属は熱に強く腐食に弱い、高分子材料は腐食に強いというふうにそもそもの性質が違う。単純に置き換わるだけではなく、性質の違いを活かすことで用途が増えるわけです。それでは、高分子材料を、超分子ポリマー材料として作ってみたら、果たしてどんな性質になるでしょうか……?

超分子素材の特性として、先ほどもお話しした自己修復性が第一に挙げられます。しかしこれは最初から自己修復材料を作ろうとしてできたわけではなく、非共有結合でできた物質がたまたま自己修復性をもっていたということです。こうした性質をどのように活かして社会に実装していくのかを考えるのは企業に任せて、研究者としてはむしろ、金属とも木材とも高分子材料とも違う、予想すらされていないような性質を発見することに興味があります。例えば光を当てることで自己修復する材料や、温めることで硬くなる材料……、常識では考えられないような性質が見つかるかもしれません。こうした驚きに出会えることこそが研究者としての醍醐味だと思います。
 

研究の原動力は、化学の神秘を解き明かしたいという好奇心

今後の展開としては、乗り物の窓に貼って熱を遮断する調光材料など、低炭素社会に貢献できる素材の開発も視野に入れています。一方で、研究の根底にあるのは純粋に「まだ明らかにされていないことを自分の手で解き明かしたい」という好奇心です。超分子とはいわば分子同士が引き合うことでできる集まりなので、突き詰めれば、無数の分子によって構成されているウイルスや、私たち人間も超分子といえます。しかし、そもそも分子がどのように集まって生命体を形作っているのかすらも未だ解明されていません。知れば知るほど奥深い分野です。

また、化学というと自然科学の中でも敷居が高い分野だと思われることが多いのですが、これは少し残念なことです。例えば太陽の輝きのもとである核融合は化学で捉えることができますし、私たち自身の生命現象も化学反応の連続です。化学は宇宙の神秘にも負けない謎に満ちていて、しかも私たちに最も馴染み深い世界でもあるのです。ぜひ多くの人に興味を持っていただきたいですね。
 

実験室で熱心に学生さんを指導する灰野先生

灰野岳晴教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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