医歯薬保健学研究院(医) 今泉 和則 教授(分子細胞情報学)

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

小胞体(ER)はタンパク質と脂質を合成しますが、この合成を制御するシグナル伝達経路が阻害されると、身体中の細胞で劇的な変化が起こります。写真の細胞は軟骨を形成するマトリックス・タンパク質を生成・分泌する軟骨細胞です。左の写真は正常な軟骨細胞、右の写真はBBF2H7遺伝子が欠損した軟骨細胞で、“N”は細胞核を示しています。正常な軟骨細胞で(左)、核(N)を囲むように見える不規則なチューブ状構造が正常な小胞体(ER)です。BBF2H7遺伝子が欠損していると、右側の写真のように小胞体が異常に拡大し、分泌タンパク質が大量にその中に存在しているのが分かります。同様の写真が以下の論文の図2(Figure 2)に使用されています:Saito et al. Regulation of endoplasmic reticulum stress response by a BBF2H7-mediated Sec23a pathway is essential for chondrogenesis. Nature Cell Biology, 11: 1197-1204, 2009. doi:10.1038/ncb1962.

共通のテーマ

動物や植物の細胞の内部には、折り重なったチューブ状の膜構造物があります。このチューブの表面に散りばめられているのが、mRNA情報をタンパク質に翻訳するための細胞小器官であるリボソームです。リボソームで翻訳されたタンパク質は、このチューブ内を通過しながら折りたたまれて最終的な形状へと変化していきます。このチューブは小胞体(Endoplasmic Reticulum:ER)と呼ばれ、小胞体機能が障害されると、不良構造のタンパク質が蓄積して細胞にストレスがかかります。この小胞体ストレスが、がん、アルツハイマー病のような神経変性疾患、糖尿病のような代謝性疾患、骨粗鬆症のような骨軟骨疾患など多様な疾患の直接的あるいは間接的な原因になることがわかっています。

今泉和則教授は、小胞体でタンパク質の蓄積が起こる過程や、その下流での影響について研究しています。仕事場は、広島市内のキャンパスにある広島大学大学院医系科学研究科分子細胞情報学の研究室です。教授の研究室では多様な研究課題を取り扱っていますが、すべてに共通するトピックが小胞体です。

 

「小胞体で起こる問題を調べることで理解できる病気がたくさんあります」と今泉教授は語ります。

共同研究者

今泉教授は、奈良先端科学技術大学院大学の准教授(2000~2004年)および宮崎大学医学部の教授(2004~2010年)を経て、2010年に広島大学の教授に就任しました。

宮崎での生活は“毎日がバケーション”のような生活だった言う教授は、今でもしばしば宮崎に戻って共同研究者を訪ねるそうです。宮崎の研究仲間はサーフィン好きですが、教授はむしろゴルフ派です。

現在は、広島大学の同僚との共同研究も楽しいと言います。

広島大学霞キャンパスで市街をのぞむバルコニーに立つ今泉教授。教授は以前、大阪、奈良、宮崎の地で研究に携わってきました。

 

「広島大学には他にも5つほどのグループが、小胞体に関連した研究をしています。彼らはみな優れた研究者で、ユニークな実験を重ねており、彼らと共同で研究資金に応募して成功しています。こうした共同関係は、みなにメリットをもたらしますね」と今泉教授は語ります。

研究資金の申請書執筆のような事務作業は研究の障壁になる、と研究者には嫌煙されることが多いですが、今泉教授はすべての仕事を前向きにとらえます。

「研究費の申請書を書いたり、学会の運営をしたりするのは大変な仕事で、研究の時間を奪ってしまいます。ですが、学界に貢献するのは重要な仕事です。若い研究者を育てるには不可欠なことですから、苦にはなりません」

若手研究者

今泉教授が若い研究者のサポートに力を入れるのは、教授自身の博士学位取得での経験によるものだと言い、その経験を語る時には今でも当時の感情がよみがえるようです。

「2年間、毎日、神経細胞で細胞死を引き起こす遺伝子を探したのですが、何も見つけることができませんでした。もうプロジェクトを諦めたほうが良いかもしれないとも思ったのですが、ある日とうとう、暗室で実験結果をチェックしている時に求めていた結果がようやく見つかったのです。アポトーシスを起こしている神経細胞で発現し、正常な神経細胞では発現しない遺伝子を発見できました。私が想定した遺伝子候補のひとつでした。ようやくそれまでの苦労が報われたと思いましたし、自分のプロジェクトを信頼し続けて良かったと思いました。本当に興奮しましたね。暗室で目がうるみました」

広島大学医系科学研究科の今泉教授の研究室で、准教授が蛍光顕微鏡で神経細胞を観察している様子。小胞体ストレス応答の分子機構や神経性疾患や骨疾患、がんに対する小胞体ストレスの影響を解析する現在進行中の研究の一環です。

 

「若い研究者には、ギブアップしないで続ける気持ちが重要だと話します。ずっとずっとギブアップしてはいけません」と今泉教授は、研究には長い時間がかかることを強調します。

2021年度現在、今泉教授は研究室に博士課程の学生1人、修士課程の学生2名(留学生)を 抱えています。また、教授のもとで博士課程を取得した学生たちは、現在、学界や企業で活躍しています。

「20年前には、ひとつの研究分野の専門家でいれば十分でしたが、現在は研究者にも多分野にわたるスキルが不可欠です」

今泉教授自身も、研究キャリアを通して多岐にわたる科学的な技術を身に付け、それらが現在、教授の多様な研究活動の基盤になりました。

今泉教授は、遺伝子操作マウスを使った研究のある部分は、過去に培った毒性学や病理学分野の知識が役に立っていると考えています。そのうえで分子生物学や細胞生物学のノウハウと組み合わせた研究が可能になったと言います。

「病理学の知識がなければ、こうした組織学の研究はできませんでした」と、今泉教授はマウスの骨の薄切標本が映る顕微鏡スライドの写真を指さしながら語りました。

今泉教授は、1995年に学会誌で出版された論文で、暗室で発見した遺伝子をDP5(Death Protein 5)と名付け、以降、小胞体ストレスによる細胞死に関連する、他の組織特異的遺伝子の研究を展開してきました。

小胞体ストレスによる細胞死

今泉教授は1985年に東京農工大学で獣医病理学の修士号を取得し、製薬会社で3年間、さまざまな化合物の安全性試験に従事しました。その後大阪大学医学部に内地留学し、アルツハイマーやパーキンソン病などの神経変性疾患で起こる神経細胞死のメカニズム解明をテーマに博士学位研究を開始しました。この研究過程で、教授は神経細胞死の原因は小胞体ストレスではないかと考え、小胞体ストレスについて探求し始めます。小胞体にストレスがかかり細胞死を引き起こす、というのは、当時は新しいコンセプトでした。

「小胞体ストレスと細胞死という研究アイデアは、私の研究キャリアに大きく影響しました。もう小胞体ストレスについて25年以上も研究を続けています」と語る今泉教授。現在では多数の研究者が小胞体ストレスについて研究を行っています。

今泉教授は学界および企業の双方で成功を収めており、大学では博士課程の学生を多数指導してきました。教授は、学生に複数の科学分野での専門スキルを身に付けさせることで彼らの将来のキャリアの幅が広がるだけでなく、革新的な研究を行うためにも役立つ、と考えます。

「15年前に 小胞体ストレスの研究会がスタートした時は、メンバーが10人だったのですが、今や年次会議には50~100人のメンバーが出席します。毎年新しいメンバーが加わり益々活発に活動を展開しています」

広い視野と最終ゴール

今泉教授の研究室は、2013年に骨疾患研究のための遺伝子組み換えマウスの特許を得ました。このマウスはOASISと呼ばれる遺伝子が欠損しており、高齢者によくみられる骨粗しょう症など、ヒトの骨疾患に似た関節や骨の異常を呈します。

一般的にストレスはマイナス要因であり、ストレスが細胞死につながる可能性もありますが、同時にほとんどの生体において、胚が正常に発育するためにはある程度の小胞体ストレスが必要です。たとえば、弱い小胞体ストレスは骨や軟骨の成長を促し、幼若細胞の分化を促進します。しかし、小胞体ストレスを感知してシグナルを発信する分子の機能が損なわれてしまうと骨疾患につながると考えられています 。

今泉教授が研究に使ったマウスの骨の組織染色(左)と3DのX線画像(右)。OASISKOは、OASIS遺伝子が欠損したマウスの骨を示します。OASIS 遺伝子欠損マウスでは、OASISシグナルの欠如により骨芽細胞(骨形成細胞)の分化が阻害され、骨が劣化しています。同様の画像が以下の論文に使用されました:Murakami et al. Signalling mediated by the endoplasmic reticulum stress transducer OASIS is involved in bone formation. Nature Cell Biology, 11: 1205-1211, 2009. doi:10.1038/ncb1963

 

「小胞体ストレス応答が骨粗しょう症につながるというはっきりした証拠はありませんが、OASISが骨形成不全症(子供に見られる、骨が弱く容易に骨折する遺伝性疾患)を引き起こす遺伝子であることと、その遺伝子を実験的に欠失した場合に骨粗しょう症が起こる、という関連性は分かっています」

今泉教授の研究室は、教授が広島大学で教授に就任して以来、年間3~7本の論文を発表しています。現在、教授の研究室はOASISマウスを使ったプロジェクトの他、神経芽細胞腫における小胞体ストレスに関連した遺伝子シグナル伝達経路の研究を行っています。この研究は、教授にとってこれまでの神経細胞死に関する研究を継承するものです。また、小胞体ストレスに影響を与える遺伝子が、褐色脂肪細胞の体温維持機能に与える影響についても解析しています。この研究結果は代謝機能の向上を可能にし、II型糖尿病などの代謝性疾患の治療に適用できる可能性があります。

今泉教授の研究トピックは多様ですが、教授の最終的な目標は、小胞体ストレスを制御する化合物を開発し、小胞体ストレスに関連する疾病を治療することだと言います。その日まで、すべての関連シグナル伝達経路をマッピングする教授の努力は続きます。

今泉和則教授の研究論文などの情報は、研究室ウェブサイトにて英語と日本語でご覧いただけます。 (https://home.hiroshima-u.ac.jp/imaizumi/index.html).

このインタビューによるオリジナルの記事は2016年11月に広島大学研究企画室所属のCaitlin E. Devorが執筆したものです。顔写真はDevorの提供、科学的画像はそのキャプション内で引用されている学術論文著者からの提供で再利用しています。本記事の内容を再利用する場合は、広島大学への帰属を明記してください。

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