先進理工系科学研究科 クォーク物理学研究室 志垣 賢太 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

志垣 賢太教授 インタビュー

ビッグバン直後の火の玉宇宙で何が起こっていたのか?
宇宙誕生のシナリオを実験によって明らかにする。

宇宙誕生直後まで「時間を巻き戻す」研究

私の専門は高エネルギー原子核物理という分野で、ビッグバン直後の火の玉宇宙に近い状態を実験室で再現して、その頃に宇宙を満たしていた物質の状態などを明らかにする研究に取り組んでいます。最終的な目標は、宇宙がどのように誕生したのかというシナリオを実験によって示すことです。

ビッグバンが起きたのは今から138億年前です。ビッグバン直後の宇宙は、全てのエネルギーが1点に凝縮された火の玉のような高温状態でした。それから宇宙は膨張しながら冷えてゆき、現在に至ります。

私の研究では、高エネルギーの原子核同士を粒子加速器で衝突させることで高温状態を作り出し、この火の玉宇宙の状態を再現します。冷えた状態から火の玉宇宙へと、宇宙の始まりに向けて時間を巻き戻す実験と言えるでしょう。衝突のエネルギーが高ければ高いほどビッグバンが発生した時点の状態に迫ることができるのですが、現在の地球上の技術で再現できるのはビッグバンの10万分の1から100万分の1秒後くらいの状態です。この頃の火の玉宇宙では、物質を構成する最小の単位であるクォークやグルーオンといった素粒子が、自由に動き回っていたと考えられています。

宇宙の歴史(Copyright: The Open University / BBC)

加速器実験で素粒子を取り出すことに成功

原子核を構成する陽子や中性子は、クォークやグルーオンと呼ばれる素粒子が結合してできています。これらの素粒子は通常は単独で取り出すことはできないのですが、太陽の中心温度の10万倍にあたる約2兆度という高温では、陽子や中性子が融けてその中の素粒子が自由に動ける状態になると言われてきました。この分野は1970年代から研究されてきましたが、高温状態を作り出す困難さから研究の進展に時間が掛かり、ちょうど私が大学院に進学する1990年代になって、本当に素粒子を取り出すことができそうな実験が盛んに行われ始めました。私は当時まだまだ未開拓だったこの分野に飛び込み、今日に至るまで30年間研究に取り組んでいます。

私のこれまでの研究で最大の成果は、2000年代にアメリカのブルックヘブン国立研究所にあるRHICという加速器で国際共同実験を行い、クォークとグルーオンがバラバラになった状態をついに発見したことです。それまで、取り出されたクォークやグルーオンはガスのような振る舞いをすると考えられていましたが、実際に観察してみるとむしろ液体に近いサラサラな流体のような性質であることがわかりました。この発見は非常に衝撃的で、ある理論研究者は「インドに行こうと船を出したらアメリカを発見したようなものだ」と言ったほどです。しかしこれで研究が終わったわけではありません。むしろ、研究すればするほど新しい謎が現れるのです。
 

アメリカ・ブルックヘブン国立研究所に造られた世界最初の原子核衝突型加速器RHICで行ったPHENIX実験と広島大学大学院学生ら(当時)

次なる課題は、物質の質量が生まれる謎の解明

私が現在解き明かそうとしている最大の謎のひとつが、物質の質量の起源です。陽子はクォークが3つ結合することでできていますが、理論研究では、クォーク単体の質量を3つ足しても陽子の質量の1%程度にしかならないとされています。つまり、クォークは陽子として結合することで100倍の質量になるというのです。この説は1961年に南部陽一郎氏が提唱しましたが、いまだに実験では明確に確認されていません。そこで私は、私たちの身の回りの物質の「重さ」はどこから生じているのかを、加速器実験で明らかにしたいと考えています。

そのためには、原子核の衝突の瞬間を狙って、火の玉の中で軽くなっているはずの粒子の質量を測る必要があります。衝突から飛び出して自由になった粒子は一瞬のうちに冷えて、質量も元に戻ってしまうからです。

このテーマには世界中の研究者が挑戦していて、その多くは電子を観察対象にしています。原子核を高エネルギーでぶつけると何万個という粒子が飛び出してきますが、その中でも比較的見分けやすいのが電子なのです。しかし原子核衝突実験では、我々が見たい粒子が壊れて出てくる以外の電子も大量に存在するため、観測時のノイズが非常に多いのが欠点です。

そこで私は、ミュー粒子(ミューオン)という素粒子をターゲットにしました。ミュー粒子は電子よりも見分けるのは難しいですが、ノイズが少ない綺麗な観測結果を得られる可能性があります。RHICよりも高いエネルギーで衝突を起こせるLHCという加速器がスイスにできたおかげで、このミュー粒子の観測で粒子の質量変化の謎に迫れるようになりました。現在は観測のための装置の開発をちょうど終えて、2022年の春から実際にLHCで実験を行う予定です。

質量の起源の他には、火の玉とともに発生する宇宙で最も強力な磁場についても研究しています。私たちの常識からかけ離れた世界で起こる現象を明らかにしていくことで、私たちを取り巻く宇宙がどのように誕生し、成り立っているのかという真理に迫っていきたいと思います。
 

スイスとフランスに跨る広大な土地の地下に造られた世界最大最高エネルギーの粒子加速器LHC(Copyright: CERN)

志垣賢太教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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