先進理工系科学研究科 システム制御論研究室 山本 透 教授

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

山本 透 教授 インタビュー

大学と複数企業によるオープンな研究の場が進化を加速させる、
データベースとAIを駆使した世界初の制御系設計の技術

省エネや利益拡大、SDGsにもつながる制御工学

私の専門は制御工学です。身の回りで動いているものの多くは、制御の仕組みを有しています。効率よく動かすことで、省エネルギー化や省力化が実現でき、結果的にコスト削減や利益拡大などの付加価値が生まれ、SDGsの目標達成にもつながっていく。このような社会貢献につながる部分にも魅力を感じ、研究を続けています。

私が追究しているのは、従来とは異なる制御系の設計です。制御系設計は通常、対象とするシステムをこう動かしたいから入力をこう決める、といった方策をとりますが、そのためには、入力と出力の関係をモデルという形で記述しなければなりません。しかし動作環境などが変化すると、システムの動き方(システムの特性)も当然変わってしまいます。たとえば水の温度を制御する場合、同じだけエネルギーを与えても、夏と冬では明らかに温度の上がり方が異なりますよね。となると、さまざまな動作環境に合わせて多くのモデルをつくらなければいけないし、それらをどうやって切り替えるのかも考えなければいけません。これは、非常に煩雑になります。だったらモデルというものをそもそも使わず、システムのデータから直接、制御してしまおうというのが、私が研究の基盤としている「データ駆動型制御系」の設計です。

動作環境によって特性が変化するシステムを制御する制御法として、適応・学習制御法があります。この制御法によると、システムの特性の変化に対応して制御パラメータが更新されるため、その都度制御パラメータが書き換えられ、せっかく所望の制御性能が得られる制御パラメータが得られていても、これが蓄積されないといった問題点がありました。もし過去に似た条件で良い制御性能が得られていたとしても、そのときの制御パラメータが蓄積されていないので、再度新しいシステムとして制御パラメータを算出する必要があるのです。これだと効率が悪く、システムの安定性(安全性)も維持できません。そこで私は、入出力データと制御パラメータを対にしてデータベースに入れておき、所望の制御性能が得られるようにデータベースをAIで学習させることで、制御パラメータを自動的に算出し、なおかつそれによる制御性能を向上させる「データベース駆動型制御法」を開発しました。

入出力データはもちろん、どういう環境条件や操業条件で動かしているのかの情報も併せてデータベースに入れておき、データベース(制御パラメータ)を学習させておくと、初めて遭遇する動作環境下でも、過去に使った近い状態のデータに基づいて、制御パラメータを算出することが可能になります。データから制御系を直接設計する取り組みは、国内外で盛んに行われていますが、過去のデータをデータベースに蓄積し、このデータベースを介して適応学習させながら制御を行うという発想は、私たちの研究室のオリジナルであり世界で初めての試みになります。

この制御法を搭載した製品は、共同開発を続けていた電子機器メーカーの温度調節器として、2017年に初めて市場にリリースされました。温度の制御は、使用する場面によってはかなり精度の高い追従性が要求され、熟練オペレータの経験や勘に基づいて調整する必要があります。この温度調節器を使うと、オペレータによる調整を必要とすることなく、瞬時に設定温度に追従させることが可能になります。他にも、自動車や建設機械、プラスチック製品を加工する射出成型プロセスなどへの実装に向け実験検証を進めています。最近、データベース駆動型制御のアルゴリズムと実システムへの適用例を、著書『データ指向型PID制御』にまとめて出版したところです。
 

データベース駆動型制御についてまとめた著書『データ指向型PID制御』(森北出版 2020年)を持つ山本先生

企業との共同研究により実装化されるのが生き甲斐

私が研究で大事にしているのは、自らが考えたアイデアが社会で実装され、役に立つような研究開発を行うことです。企業の方とこまめに話し、自ら考案した制御技術をそれぞれの企業で使えるようカスタマイズすることにも、かなり時間を割いています。常に現場を見つめ、企業と連携して実装化をめざすスタイルが、私のアイデンティティにもなっていると思います。

2018年に内閣府の地方大学・地域産業創生交付金事業に採択され、新たな産学連携モデルの構築と高度専門人材の育成に取り組む拠点として、学内に「デジタルモノづくり教育研究センター」が設置されました。そのプロジェクトの一環で、「データ駆動型スマートシステム共創コンソーシアム」をプロジェクトリーダーとして立ち上げ、現在は17社の企業と共創活動を行っています。
 

共創コンソーシアム活動(研修会)風景

私の研究室にも、企業から20名ほどの技術者が派遣されていて、約40名の学生たちとともに研究開発を進めています。対象は違うものの技術は共通しているので、オープンイノベーションのもと一緒に開発し、それを自社ニーズに沿う形にカスタマイズして使っていこうという、非常に先進的な取り組みができているのはありがたいことです。企業の方々から新たな課題を与えていただけると、適用範囲を広げたり、新たな制御手法を開発したりするきっかけにもなり、学生たちにも良い影響を与えてくれています。さらには国内外の他大学の先生方にもプロジェクトに加わっていただくなど、大学間の連携も広げていくことで相乗効果も醸しています。

なお、データベースに蓄積されるデータは、制御のためだけではなく、たとえば故障の予測や診断にも使えますし、システム全体を最適化するのにも活用できると考えています。現在、データをそういったさまざまな用途に有効利用できるよう、すべてを統合したスマートシステムを構築し、最終的にはこれを核とした「データベース駆動型サイバー・フィジカルシステム」の構築に向けて研究を進めています。複数の企業と力を合わせてこそ、実現が可能なプロジェクトです。企業の方々と協働することで我々も新しい発見を得て、我々の技術が世の中に普及し役に立っていくとうれしくなる。それが私の生き甲斐にもなっています。  

データベース駆動型サイバー・フィジカルシステムの概要図

山本 透教授の略歴および研究業績の詳細は研究者総覧をご覧ください。


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