本研究成果のポイント
- 新型コロナウイルス感染症に対する治療薬として、服用しやすく特効的な薬剤は、未だ市販されていません。
- 私達は、新型コロナウイルスの増殖には、細胞側に存在するPin1(注1)と名づけられているプロリン異性化酵素(注2)が必須であることを発見しました。
- さらに、私達が新規に開発したPin1抑制化合物が新型コロナウイルスの増殖を強く阻害することを発見しました。今後、化合物を改良することで、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬剤を開発します。
概要
広島大学大学院医系科学研究科の浅野知一郎教授(医化学教室)、坂口剛正教授(ウイルス学教室)は、新型コロナウイルスの増殖には、感染細胞側のPin1と名づけられているプロリン異性化酵素の存在が不可欠であることを、Pin1の発現抑制の実験から明らかにしました。
そこで、岡部隆義特任教授(東京大学)、伊藤久央教授(東京薬科大学)との共同開発で作製した新規のPin1阻害化合物を、新型コロナウイルスを感染させた細胞に添加したところ、新型コロナウイルスの増殖が強く抑制されることが判明しました。また、この新規Pin1阻害化合物による抗ウイルス効果は、細胞へのウイルス感染後に添加しても認められました。これらの結果は、Pin1を阻害する薬剤が、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬となる可能性を強く示唆するものです。
なお、本研究はAMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「Pin1阻害化合物を用いる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発」(代表:浅野知一郎教授)の支援により行われたもので、その研究結果は、9月17日10時(日本時間の2021年9月17日18時)に、英国学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載される予定です。
発表内容
【背景】
2020年初めから蔓延してきた新型コロナウイルス感染症は、世界中の国々で医療、健康上の深刻な脅威のみならず、経済面も含めた広範な市民活動の大きな障害となっています。現在、いくつかのワクチンが開発され、ワクチン接種者の割合が増えてきていますが、未だ感染者は増え続け、経済活動を再開することが困難な状況にあります。さらに、より感染性が高く、免疫から逃れる変異株の出現が相次いでおり、ワクチンのみでこの感染症を封じ込めることは不可能と考えられます。
従って、ワクチンに加え、新型コロナウイルスに感染した後に使用できる治療薬の必要性が強く認識されています。
【研究成果の内容】
プロリン異性化酵素の一つであるPin1は、複数のウイルス増殖を促進することが、以前に報告されていました。また、肥満の人では、複数の臓器でPin1の発現量が上昇しますが、一方で新型コロナウイルス感染症が重症化しやすいことが知られています。
そこで、本研究グループは、新型コロナウイルスの増殖とPin1の関係を調べるために、まず、Vero細胞(注3)のPin1を欠失させた後に新型コロナウイルスを感染させてみたところ、ウイルスがほとんど増殖しないことを発見しました。
続けて、新規に開発してきたPin1を阻害する活性を有する約600種類の低分子化合物の中から、新型コロナウイルスの増殖を阻害するものを選択して、強い抗ウイルス活性のある5種類の化合物(図1)を取得しました。これをVero細胞に添加後に新型コロナウイルスを感染させる実験を行いましたが、同様に、ウイルスの増殖はほぼ完全に抑制されました(図2)。
さらに、新型コロナウイルスをVero細胞に感染させてから6時間後に上記Pin1阻害化合物を添加しても、ウイルスの増殖抑制が認められました。この結果から、Pin1阻害化合物は、ウイルスの細胞内への侵入の段階ではなく、それ以降に行われる細胞内でのウイルス複製の過程をブロックしていることが示唆されました。
【今後の展開】
今後は、論文内で用いたPin1阻害化合物を化学修飾することで最適化し、より低い濃度で新型コロナウイルスの増殖を抑制し、かつ、副作用を生じる可能性の低い化合物を開発する予定です。Pin1阻害化合物の開発は、東京大学創薬機構及び東京薬科大学と共同で開発を進めており、動物実験から治験へと早急に進め、最終的に新型コロナウイルス感染症の治療薬剤となることを目指しています。
参考資料
図1 新型コロナウイルスに対する強い抑制活性をもつ化合物5種類とその構造
図2 培養細胞にPin1阻害化合物のひとつであるH-77を作用させて、新型コロナウイルスを感染させると、H-77の濃度が高い場合に(10 µM, 7.5 µM)、ウイルス蛋白質合成は阻害され、ウイルス増殖も阻害される。
用語解説
(注1)Pin1
Prolyl isomerase 1であり、タンパク質のアミノ酸が、[-リン酸化セリン-プロリン-]あるいは[-リン酸化スレオニン-プロリン-]の配列をとる際に、そのプロリンのシスとトランスの構造を変換するプロリン異性化酵素である。体内のいろいろな臓器に広く分布しており、いろいろなタンパク質の活性を制御していると考えられる。Pin1を欠損したマウスは正常に生まれて成長するので、Pin1は生命維持に必須ではないが、Pin1欠損マウスは老齢において、骨粗鬆症、体重減少、睾丸萎縮、生殖細胞減少、皮膚萎縮、乳房萎縮、神経変性など、広範囲の不調に陥る。
(注2)プロリン異性化酵素
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の中で、プロリンだけが、光学異性体としてシスあるいはトランスのどちらかの構造をとる。生体には、このシスとトランスを変換するプロリン異性化酵素が存在する。Pin1もそのひとつである。
(注3)Vero細胞
アフリカミドリザルの腎臓上皮に由来する培養細胞である。世界中で広く使用されているが、大腸菌が産生する毒素の評価(ベロ毒素)やウイルスの培養に用いられることが代表的な使用方法である。本研究で用いた細胞は、正確にはVeroE6/TMPRSS細胞であり、Vero細胞のサブラインE6にTMPRSS2遺伝子を導入して安定に発現するようになっており、新型コロナウイルスが感染する効率が高くなっている。
論文情報
- 掲載誌: Scientific Reports
- 論文タイトル: Prolyl isomerase Pin1 plays an essential role in SARS-CoV-2 proliferation, implicating the possibility as a novel therapeutic target.
- 著者名:山本屋武1、中津祐介1、神名麻智1、長谷井竣1、大畠侑乃1、Jeffrey Encinas2、伊藤久央3、岡部隆義4、浅野知一郎1*、坂口剛正5*
1. 広島大学大学院医系科学研究科医化学研究室
2. Anenti Therapeutics Japan, Inc.
3. 東京薬科大学生命科学部
4. 東京大学創薬機構
5. 広島大学大学院医系科学研究科ウイルス学研究室
*Corresponding Author (責任著者)
- DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-97972-3
【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
広島大学大学院医系科学研究科
医化学 教授 浅野 知一郎
TEL:082-257-5135
E-mail:tasano*hiroshima-u.ac.jp
ウイルス学 教授 坂口 剛正
TEL:082-257-5157
E-mail:tsaka*hiroshima-u.ac.jp
東京薬科大学生命科学部
生物有機化学 教授 伊藤 久央
TEL:042-676-5473
E-mail:itohisa*toyaku.ac.jp
(報道に関すること)
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東京薬科大学総務部広報課
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