佐藤 佳(東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授)
※研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)メンバー
池田輝政(熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 准教授)
福原崇介(北海道大学 大学院医学研究院 教授)
松野啓太(北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所 講師)
田中伸哉(北海道大学 大学院医学研究院 教授)
入江崇(広島大学 大学院医系科学研究科 准教授)
齊藤暁(宮崎大学 農学部獣医学科 准教授)
澤洋文(北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所 教授)
山岨大智(東京大学医科学研究所 博士研究員)
木村出海(東京大学医科学研究所 博士研究員)
Hesham Nasser(熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 博士研究員)
森岡佑平(北海道大学 大学院医学研究院 大学院生)
直亨則(北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所 特任助教)
伊東潤平(東京大学医科学研究所 特任助教)
瓜生慧也(東京大学医科学研究所 大学院生)
津田真寿美(北海道大学 大学院医学研究院 准教授)
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注6)のひとつである「オミクロンBA.2株」のウイルス学的特徴を、流行動態、免疫抵抗性、および実験動物への病原性等の観点から明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンBA.2株の実効再生産数は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことを明らかにしました。また、オミクロンBA.2株の抗原性が、オミクロンBA.1株とは異なることを明らかにしました。さらに、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質の合胞体形成活性は、オミクロンBA.1株に比べて有意に高いことを明らかにしました。そして、オミクロンBA.2株のスパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質を持つウイルスに比べてハムスターにおける病原性が高いことを明らかにしました。
本研究成果は2022年5月1日、米国科学雑誌「Cell」オンライン版で公開されました。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2022年4月現在、全世界において5億人以上が感染し、600万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連についてはほとんど明らかになっていません。
2020年以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得した「変異株」が出現していることが明らかとなっています。昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株である「オミクロンBA.2株」が検出され、日本を含めた世界の多数の国々において、オミクロンBA.1株からオミクロンBA.2株への置き換わりが進んでいます。
本研究では、オミクロンBA.2株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、世界各国のウイルスゲノム取得情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロン株BA.2株のヒト集団での増殖速度は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことを明らかにしました。また、オミクロンBA.2株はオミクロンBA.1株同様、感染やワクチンによって誘導される中和抗体に抵抗性を示すこと、さらに、オミクロンBA.1株感染者やオミクロンBA.1株免疫動物の検体を用いた解析の結果、オミクロンBA.1株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.2株への中和活性が低下していること、つまり、オミクロンBA.1株とオミクロンBA.2株では抗原性が異なることを明らかにしました。加えて、培養細胞を用いた感染実験の結果、オミクロン株BA.2株は、オミクロンBA.1株よりも、合胞体形成活性が高いことを明らかにしました(図1)。最後に、ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2株スパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株スパイクタンパク質を持つウイルスに比べ、体重減少や呼吸機能の異常という病徴が有意に高いことを明らかにしました(図2)。
本研究により、オミクロンBA.2株スパイクタンパク質を持つウイルスは、オミクロンBA.1株スパイクタンパク質を持つウイルスよりも病原性が高いことが明らかになりました。実際、BA.1株とBA.2株の組換えウイルスであるオミクロンXE株が出現し、その流行が拡大しています。オミクロンXE株はBA.2株のスパイクタンパク質を持つことから、より注意が必要な変異株であると考えられます。
また、本研究により、オミクロンBA.1株とオミクロンBA.2株では抗原性が異なることを明らかにしました。そして、オミクロンBA.2株のヒト集団での実効再生産数は、オミクロンBA.1株に比べて1.4倍高いことから、オミクロンBA.2株による加速的な流行拡大による医療逼迫が起きてしまう恐れもあり、引き続き有効な感染対策を続けることが肝要です。
現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な正常解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。
本研究は、佐藤 佳教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(20fk0108413、20fk0108451)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。
(注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(注2)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。
(注3)抗原性
抗原となる物質が宿主の免疫(ここでは抗体)を特異的に認識して結合する性質のこと。
(注4)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
(注5)合胞体形成活性
合胞体とは、新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。合胞体形成活性とは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、合胞体を形成する能力のこと。
(注6)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。