【研究成果】SARS-CoV-2オミクロンBA.2.75株(通称ケンタウロス)のウイルス学的性状の解明

 発表者

佐藤 佳(東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授)

※研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」(注1)メンバー
齊藤暁(宮崎大学 農学部獣医学科 准教授)
田村友和(北海道大学 大学院医学研究院 助教)
出口清香(京都大学 iPS細胞研究所 大学院生)
田畑耕史郎(北海道大学 大学院国際感染症学院 大学院生)
安楽 佑樹(北海道大学 大学院生命科学院 大学院生)
木村出海(東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 博士研究員)
伊東潤平(東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 助教)
山岨大智(東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 博士研究員)
入江崇 (広島大学 大学院医系科学研究科 准教授)
橋口隆生(京都大学 医生物学研究所 教授)
高山和雄(京都大学 iPS細胞研究所 講師)
松野啓太(北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所 講師)
田中伸哉(北海道大学 大学院医学研究院 教授)
池田輝政(熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 准教授)
福原崇介(北海道大学 大学院医学研究院 教授)
山本佑樹(HiLung株式会社 代表取締役)
永元哲治(HiLung株式会社 取締役)

本研究成果のポイント

  • 昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)」(注2)は、当初オミクロンBA.1株が全世界に伝播したが、その後オミクロンBA.2株へと置き換わった。これまでに複数出現したオミクロンBA.2株の亜系統(BA.2.12.1, BA.5など)のうち、本邦で現在進行中の第7波は、オミクロンBA.5株が主流であるが、インドをはじめ世界各国でオミクロンBA.2株ベースで別系統であるオミクロンBA.2.75株(通称ケンタウロス)同定の報告が増加している。
  • オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株と比較してヒト集団内における実効再生産数が1.34倍高いことを明らかにした。
  • オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株と比べて、4回のワクチン接種によって誘導される中和抗体により抵抗性を示すこと、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株とは抗原性(注3)が異なることを明らかにした。
  • オミクロンBA.2.75株のスパイクタンパク質(注4)が感染受容体であるACE2(注5)と既存変異株より強く結合することを実験的、構造学的に示した。
  • オミクロンBA.2.75株スパイクタンパク質による合胞体形成活性(注6)はオミクロンBA.2株スパイクタンパク質に比べて有意に高かった。
  • ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株よりも高い病原性を示すことを突き止めた。

概要

 東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」は、新型コロナウイルスの「懸念される変異株(VOC:variant of concern)」(注7)のひとつである「オミクロンBA.2.75株(通称ケンタウロス)」のウイルス学的特徴を、流行動態、免疫抵抗性、および実験動物への病原性等の観点から明らかにしました。まず、統計モデリング解析により、オミクロンBA.2.75株の実効再生産数は、オミクロンBA.2株に比べて1.34倍高いことを見出しました。また、オミクロンBA.2.75株の抗原性が、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株とは異なることを明らかにしました。さらに、オミクロンBA.2.75株は感染受容体ACE2と既存変異株より強く結合することを実験的、構造学的に示しました。オミクロンBA.2.75株スパイクタンパク質による合胞体形成活性は、オミクロンBA.2株に比べて有意に高いことを明らかにしました。そして、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株に比べてハムスターにおける病原性が高いことを突き止めました。本研究成果は2022年10月9日、米国科学雑誌「Cell Host & Microbe」オンライン版で公開されました。

発表内容

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、2022年10月現在、全世界において6億人以上が感染し、650万人以上を死に至らしめている、現在進行形の災厄です。現在、世界中でワクチン接種が進んでいますが、2019年末に突如出現したこのウイルスについては不明な点が多く、感染病態の原理やウイルスの複製原理、流行動態の関連については、ほとんど分かっていません。
 2020年以降、新型コロナウイルスが、その流行の過程において高度に多様化し、さまざまな新たな特性を獲得した「変異株」が出現していることが明らかとなっています。昨年末に南アフリカで出現した新型コロナウイルス「オミクロンBA.1株」は、11月26日に命名されて以降、またたく間に全世界に伝播しました。その後、2022年1月から世界各国で、オミクロン株の派生株である「オミクロンBA.2株」が検出され、日本を含めた世界の多数の国々に広がりました。その後、オミクロンBA.2株の亜株の一つであるオミクロンBA.5株への置き換わりが世界中で急速に進みました。現在、インドを始めとした世界各国でオミクロンBA.2株の亜型の一つであるオミクロンBA.2.75株(通称ケンタウロス)同定の報告が増えつつあります。
 本研究では、オミクロンBA.2.75株のウイルス学的特徴を明らかにするために、まず、世界各国のウイルスゲノム取得情報を基に、ヒト集団内におけるオミクロン株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンBA.2.75株のヒト集団での増殖速度は、オミクロンBA.2株に比べて1.34倍高いことを突き止めました。また、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株と比べると、4回のワクチンによって誘導される中和抗体に抵抗性を示すこと、さらに、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株免疫動物の検体を用いた解析の結果、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.2.75株への中和活性が低下していること、オミクロンBA.2.75株単独によって誘導される抗体は、オミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株への中和活性が低下していること、つまり、オミクロンBA.2株とオミクロンBA.5株、そしてオミクロンBA.2.75株はそれぞれ抗原性が異なることを明らかにしました。また、オミクロンBA.2.75株は感染受容体であるACE2と非常に強く結合することを示しました(図1)。このメカニズムとして、BA.2.75株は、これまでの流行株にとって感染に防御的に作用していたACE2の糖鎖を、逆に利用できるように進化し、より感染力を高めたことを、スパイクタンパク質とACE2複合体の構造解析および結合解析実験により明らかにしました。さらに、培養細胞を用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株よりも、合胞体形成活性が高いことを見出しました。さらに、ヒトiPS細胞由来肺上皮細胞を用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株よりも肺上皮細胞における増殖効率が高いことを確認しました。最後に、ハムスターを用いた感染実験の結果、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株に比べ、体重減少が有意に大きく、また呼吸機能の異常を示す検査数値が有意に高いことを突き止めました(図2)。
 本研究により、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株よりも病原性が高いことが明らかになりました。また、本研究により、オミクロンBA.2.75株はオミクロンBA.2株やオミクロンBA.5株と抗原性が異なること、そして、オミクロンBA.2.75株のヒト集団での実効再生産数は、オミクロンBA.2株に比べて1.34倍高いことも判明しました。現在、オミクロンBA.5株による流行拡大は収まりつつありますが、今後、オミクロンBA.2.75株が第8波の主体になる可能性も懸念されており、これを回避するために有効な感染対策を講じることが肝要です。
 現在、「G2P-Japan」では、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な正常解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、新型コロナウイルスの変異(genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

図1 オミクロンBA.2.75株はACE2と高いレベルで結合する

(左)新型コロナウイルスの受容体であるACE2とスパイクタンパク質との結合を評価した。Y軸は結合強度を示し、値が小さいほど結合が強いことを示す。
(右)オミクロンBA.2.75株スパイクタンパク質とACE2複合体の構造についてクライオ電子顕微鏡(注8)で観察を行なった。

図2 オミクロンBA.2.75株の病原性

それぞれデルタ株(オレンジ)、オミクロンBA.2株(緑)、オミクロンBA. 5株(紫)、オミクロンBA.2.75株(黄土色)をハムスターに経鼻接種し、体重(左)、および、呼吸機能(Penh, Rpef, 呼吸数)を経時的に測定した。その結果、オミクロンBA.2.75株は、オミクロンBA.2株に比べ、病原性が高い(体重減少が大きく、呼吸機能の異常の程度も高い)ことが明らかとなった。各図内の数字は、重回帰検定による調整済P値を示す。d.p.i., days postinfection(感染後日数)。

本研究への支援

本研究は、佐藤 佳教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP20fk0108413、JP20fk0108451、JP20fk0108407)、科学技術振興機構 CREST(JPMJCR20H4)などの支援の下で実施されました。

用語解説

 (注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
 東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究チーム。日本国内の複数の若手研究者・研究室が参画し、研究の加速化のために共同で研究を推進している。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

 (注2)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
 新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.2株、オミクロンBA.5株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行しており、パンデミックの主たる原因となる変異株となっている。

 (注3)抗原性
 抗原となる物質が宿主の免疫(ここでは抗体)を特異的に認識して結合する性質のこと。

 (注4)スパイクタンパク質
 新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、ウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの抗原に活用されている。

 (注5)ACE2
 Angiotensin-Converting Enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素2)の略称で、新型コロナウイルスが細胞に感染する際に受容体として機能する。

 (注6)合胞体形成活性
 合胞体とは、新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。合胞体形成活性とは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、合胞体を形成する能力のこと。

 (注7)懸念される変異株(VOC:variant of concern)
 新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株のこと。現在まで、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2, AY系統)、オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)が、「懸念される変異株」として認定されている。伝播力の向上や、免疫からの逃避能力の獲得などが報告されている。多数の国々で流行拡大していることが確認された株が分類される。

 (注8)クライオ電子顕微鏡
 タンパク質の構造解析手法の一つで、超低温に冷却したサンプルに対して電子線を照射することで構造を決定する手法。タンパク質の構造を高い分解能で観察できることから近年応用が進んでいる。

論文情報

  • 雑誌名:「Cell Host & Microbe」10月9日オンライン版
  • 論文タイトル:Virological characteristics of the SARS-CoV-2 Omicron BA.2.75 variant
  • 著者:齊藤暁#, 田村友和#, Jiri Zahradnik#, 出口清香#, 田畑耕史郎#, 安楽 佑樹#,木村出海#, 伊東潤平#, 山岨大智#, Hesham Nasser, 豊田真子, 永田佳代子, 瓜生慧也, 小杉優介, 藤田滋, Maya Shofa, MST Monira Begum, 清水凌, 小田義崇, 鈴木理滋, 伊藤駿, 直亨則, 王磊, 津田真寿美,吉松組子,倉持仁, 喜多俊介, 田畑香織,  福原秀雄, 前仲勝実,, 山本佑樹, 永元哲治, 浅倉弘幸, 長島真美, 貞升健志, 吉村和久, 上野貴将, Gideon Schreiber, 高折晃史, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, 白川康太郎, 澤洋文, 入江崇, 橋口隆生, 高山和雄, 松野啓太, 田中伸哉*, 池田輝政*, 福原崇介*, 佐藤佳*.(#Equal contribution; *Corresponding author)
  • DOI: 10.1016/j.chom.2022.10.003
     
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