大学院医系科学研究科免疫学 保田 朋波流
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広島大学大学院医系科学研究科免疫学、同研究科ウイルス学からなる共同研究チームは、新型コロナウイルス初期株に対して先ず免疫を獲得した後に、今度は抗原がシフトした変異株に対して段階的に免疫反応を引き起こすことで、より広範な変異株に対して有効な免疫を獲得できることを、マウスとヒトの実験で明らかにしました。
研究チームは、マウスに新型コロナウイルス初期株の抗原投与を繰り返した場合、初期株を中和する抗体は獲得できるが、オミクロン株を中和する抗体は得られにくいことを実験的に証明しました。続いて、初期株への免疫獲得後にオミクロン株の抗原投与実験を行ったところ、初期株とオミクロン株の両方に対して強い中和活性を示すだけでなく、投与を行っていない別のオミクロン変異株に対しても強い中和活性を獲得していることを突き止めました。
初期型ワクチンを2回接種した人でも、その後オミクロン株に自然感染することで同様に幅広い変異株の中和抗体価が大きく上昇したことから、人においても段階的免疫が広範な防御を担う免疫の獲得に有効であることが示されました。
本研究は、ロンドン時間の2022年11月22日に日本免疫学会とオックスフォー ド大学出版局が編集、発行する国際学術誌「International Immunology」誌に掲載されました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して、日本を含む多くの国や地域で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を標的とするワクチン接種が進められてきた。従来のワクチンは初期の新型コロナウイルス株に由来する抗原を用いており、初期株およびその近縁株に対しては効果的な中和抗体が得られるが、オミクロン株のように初期株と比べて多数の変異を有したウイルスに対してはワクチンによって得られる免疫の効果が大きく低下することが報告されている。実際に2回以上のワクチン接種率は国内で80%以上に達するが、2021年末のオミクロン株の出現以降も新規変異株の出現と流行が継続している。このような背景から、オミクロン株の抗原を用いた新しいワクチンの開発が進められてきた。
一方で、最初に感染したウイルス抗原に対して免疫が獲得された後に変異ウイルスに感染した場合、共通のウイルス抗原に対しては抗体産生が起こるが、新たに持ち込まれた変異抗原に対しては抗体産生が抑制される“抗原原罪”と呼ばれる現象が知られている(図1)。これは特にインフルエンザウイルス感染において問題となることが知られているが、新型コロナウイルス変異株に対する免疫応答において抗原原罪が起こるのか十分に調べられていない。とりわけ、ワクチン接種により国民の多くが免疫を獲得している初期株と、ワクチン接種や自然感染が進みつつあるオミクロン株との間で抗原原罪による免疫抑制が問題になるのか明確にしておくことは、今後の感染症対策においても重要なポイントとなる。
図1 抗原原罪とは
オミクロン株(BA.1, BA.2)は初期の新型コロナウイルス株と比べて、スパイク蛋白質受容体結合部位(RBD)※4に15~16か所のアミノ酸変異を有している。初期株に自然感染した人の血清を用いて、各種変異株に対する中和活性を調べたところ、オミクロン株に対しては初期株と比べて1%程度まで中和活性が大きく低下していた。また、新型コロナウイルス未感染で従来型ワクチン(ファイザー製, モデルナ製)を2回接種した人について、接種後0.5, 2, 5ヶ月後に血液を採取し解析した結果、オミクロン株に対して同様に初期株と比べてそれぞれ3, 5, 7%程度まで中和活性が大きく低下していた。これらのことから変異したオミクロン株では初期株によって得られる抗体に対して免疫逃避※5が起こり、初期株による免疫では十分な防御効果を得られないことが改めて浮き彫りとなった。
マウス実験で、初期株由来のスパイクRBD蛋白質のみを複数回接種し、血清中の抗体価を調べたところ、初期株に対しては高い中和活性を示したが、オミクロン株に対しては中和活性が十分に上昇しないことがわかった。またオミクロン株由来のスパイクRBD蛋白質のみを複数回接種し、血清中の抗体価を調べたところ、同様にオミクロン株に対しては中和を示すが、初期株に対しては十分な中和活性が得られないことがわかった。以上の結果から、新型コロナウイルスに対する免疫応答において、単一のウイルス株によるワクチン接種を繰り返しても、幅広い変異株に中和活性を示す抗体は得られにくいことが裏付けられた。
さらにこのマウス実験では、2回の抗原接種で初期株への免疫を獲得した後に、オミクロンBA.1株の抗原を接種して抗体応答を調べた。その結果、初期株に対する中和抗体が獲得されているだけでなく、抗原原罪のような免疫抑制は見られず、BA.1株に対しても高い中和活性を獲得できることがわかった。それだけでなく、BA.1株とは異なる変異をもつオミクロンBA.2株に対しても高い中和活性を有していることが判明した。このように初期株に対する免疫獲得後にオミクロン株で免疫することで、幅広い系統の新型コロナウイルス株に対して中和活性が得られることが明らかとなった。
そこでマウスによる実験結果が人についても当てはまるか確認するために、従来型ワクチンを2回接種した後にオミクロン株に自然感染した人を対象として中和抗体の解析を行った。マウスの実験結果から示唆されたように、初期型ウイルスに対するワクチンを2回接種した後、オミクロン株に自然感染することで、初期株だけでなく、BA.1, BA.2といった複数のオミクロン系統に対しても幅広く中和抗体価が大きく上昇することが確認された。
以上の結果から、新型コロナウイルスの初期株による先行免疫がその後のオミクロン株への免疫応答を抑制する抗原原罪と呼ばれる現象は確認されなかった。むしろ初期株の免疫獲得後に、オミクロン変異株に対して段階的に免疫を行うことで、より広範な新型コロナウイルス変異株に対して中和抗体を獲得できることが明らかになった。
図2 研究成果の概要
本研究結果から、従来型のワクチン接種者がオミクロン株に自然感染した場合に、広範な変異株に対する中和抗体が得られる可能性が高いものと考えられた。また、マウスを用いた実験結果などからも、従来型ワクチン接種を何度も繰り返すよりは、従来型ワクチン接種後にオミクロン型ワクチンへと段階的に移行接種を行ったほうがより広範なウイルス変異株に対して有効な中和抗体が得られる可能性が高いことが示唆された。しかしながら、本研究結果は人における現行ワクチン接種の安全性や有効性を支持するものではないことに注意が必要である。
新型コロナウイルスは今後も新たな変異株が発生することが予想され、感染者の重症化や死亡者数を長期的な視点から低く抑えるには何が必要かを考えることが重要である。インフルエンザウイルスのような過去に発生したパンデミックや、これまで新型コロナウイルスのワクチン接種によって得られたデータなどからも、集団免疫を獲得することの重要性は明白である。持続性の高い集団免疫の獲得と合わせて、感染者の重症化を阻止する安全な医薬品の開発、感染に対して脆弱な人を守るための予防的医薬品の開発は今後も必要な課題として位置づけられる。
本研究は科学研究費助成事業 研究活動スタート支援 (17H06937), 基盤研究(B) (18H02669), 挑戦的研究(萌芽) (19K22538), 基盤研究(B) (21H02751), 三井住友信託銀行-新型コロナワクチン・治療薬開発寄付口座、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域」、クラウドファンディングの支援によって実施されました。また本研究は、広島大学医学部医学科が行う医学研究実習において一部実施されました。
※1 抗体による中和
抗体が有する作用のうち、病原体や細菌毒素に直接結合し、感染や組織傷害から生体を守るものを指す。病原体に結合する抗体であっても中和抗体であるとは限らず、中和活性を示す抗体はごく一部である。
※2 抗原原罪
特定のウイルス株に対する免疫記憶が、その後の変異株に対する免疫反応、特に抗体応答を妨げる現象のこと。特定のウイルスに初めて感染し、その後変異した同ウイルスに感染すると、最初のウイルスがもつエピトープ(抗原認識部位)に対しては抗体が作られるが、変異ウイルスに特有な新しいエピトープに対しては抗体産生を抑制しようとする。その結果、変異が起こった部位への抗体産生が十分に起こらず、感染を制御できなくなる可能性が生じる。
※3 段階的免疫
初期株に対して先ず免疫を獲得した後で、今度は抗原がシフトした変異株に対して段階的に免疫反応を引き起こすことで、より広範な変異株に対して有効な免疫を獲得できる。ワクチン接種後に自然感染して得られる「ハイブリッド免疫」もこれに該当する。
※4 スパイク蛋白質受容体結合部位(RBD)
新型コロナウイルスの表面にはスパイク蛋白質と呼ばれる突起が発現しており、体内の細胞表面上の分子と結合することで、細胞内への感染が開始される。肺、腸管、血管などの細胞表面に発現するACE2蛋白質に結合する部分を受容体結合部位(Receptor Binding Domain;RBD)と呼ぶ。RBDに結合する抗体にはウイルスと細胞の結合を阻害する抗体が含まれ、それらは感染や重症化を防ぐ中和抗体と呼ばれる。
※5 ウイルスの免疫逃避(とうひ)
ウイルスが変異することで、元のウイルスに対して得られた免疫から逃れられるようになり、再び感染できるようになること。
大学院医系科学研究科免疫学 保田 朋波流
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掲載日 : 2022年11月30日
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