本研究成果のポイント
- う蝕原因菌S. mutans (※1) の中でもコラーゲン結合性タンパクCnm(※2)を持つ菌が歯内感染(※3)すると脳出血が悪化することをラットモデルで解明しました。
- Cnmを持つS. mutansは特定の細胞外基質(※4)を介して細胞へ強く付着することを解明しました。
- 今回の結果から、脳出血が重症化し、著しく健康寿命が低下する高リスク患者のスクリーニングと歯科治療による脳出血患者の健康寿命延長が期待されます。
概要
広島大学大学院医系科学研究科歯周病態学 谷口 友梨大学院生(当時)、應原 一久助教、水野 智仁教授らの研究グループは、細胞接着因子Cnmを持つう蝕原因菌S. mutansの歯内感染が脳出血の悪化に強く関与することを明らかにしました。
脳出血は再発の可能性が高く、重症化すると深刻な障害が残り患者 QOL が著しく低下します。ある程度、脳出血のリスクファクターは解明されているのですが、いまだ不明なことが多いのが現状です。
本研究では、Cnmを持つS. mutansが歯内感染した脳出血モデルラットにおいて、脳出血が悪化することが明らかになりました。Cnmを持つS. mutansは細胞外基質の特にIV型コラーゲンに対して強く付着し、細胞への付着だけでなく浸潤においても強く関与することを明らかにしました。
以上の研究結果から、口腔内のう蝕原因細菌感染からの脳出血の重篤化を未然に予防するために、定期的な歯科受診の必要性が示されました。
本研究成果は、2022年12月「Clinical and Experimental Immunology」に掲載されました。
論文情報
- 論文タイトル
Periapical lesion following Cnm-positive Streptococcus mutans pulp infection worsens cerebral hemorrhage onset in an SHRSP rat model
- 著 者
谷口 友梨¹、應原 一久¹,*、北川 雅恵⁵、芥川 桂一²、松尾 美樹³、田村 哲也¹、翟 若琪¹、濱本 結太¹、加治屋 幹人⁵、松田 真司¹、丸山 博文⁴、小松澤 均³、柴 秀樹²、水野 智仁¹
1:広島大学 大学院医系科学研究科歯周病態学
2:広島大学 大学院医系科学研究科歯髄生物学
3:広島大学 大学院医系科学研究科細菌学
4:広島大学 大学院医系科学研究科脳神経内科学
5:広島大学 大学院医系科学研究科口腔先端治療開発学
*:責任著者
- 掲載雑誌
Clinical and Experimental Immunology
- DOI 番号
10.1093/cei/uxac094
背景
脳卒中患者はライフスタイルの変化と高齢者人口の増加により年々増え続けており、虚血性心疾患に次いで世界的な死因の第2位を占めています。日本では、医療の発展と共に脳出血による死亡率はピーク時よりも低下しているものの、逆に運動麻痺や知覚障害、失語症などの後遺症に苦しむ人は増えています。しかし、脳卒中のリスクファクターは未だ不明な点が多いのが現状です。
近年、Cnm陽性S. mutansが、脳微小出血の発症に関与していると報告されました。そのメカニズムは、損傷血管における露出コラーゲンとCnm陽性S. mutansが結合することで、血小板凝集が阻害されると考えられています。しかし、Cnm陽性S. mutansの歯内感染による脳出血への影響に関する報告は今までありませんでした。
研究成果の内容
本研究では、高血圧を自然発症することで人とよく似た脳出血の動態をとるstroke-prone spontaneously hypertensive (SHRSP) ラットでS. mutans歯内感染モデルを確立し、脳微小出血に対するCnm陽性S. mutans歯内感染の影響を検証すると共に、S. mutansのCnm発現が細胞外基質や細胞に対する結合強度に関与するかを、Cnm陽性S. mutansであるKSM153(WT株)、KSM153のCnmをノックアウト(※5)したKSM153Δcnm(CnmKO株)と臨床分離S. mutansを用いて検討しました。
Cnm陽性S. mutansが歯内感染したラットは、菌血症(※6)を起こし、神経症状悪化や炎症性サイトカイン (※7) 量の上昇、脳出血スコアの上昇を認めた。さらに、Cnm 陽性 Sm由来タンパクが血管壁の構造が崩壊している箇所に沿って付着していました。
Cnmを持つS. mutansは細胞外基質の中でもI型コラーゲン、IV型コラーゲン、ラミニンに対して強固に付着していました。細胞では、歯髄細胞、血管内皮細胞、歯肉線維芽細胞に強く付着し、血管内皮細胞において顕著な細胞浸潤を示しました。特に、IV型コラーゲンに対しては臨床分離株やIV型コラーゲンノックダウン(※8)細胞において強い関与が示されました。
今回の研究からIV型コラーゲンに対してCnm陽性S. mutansが付着することによって脳微小出血の悪化が引き起こされる可能性が示唆されました。
今後の展開
今回、Cnmを持つS. mutansの歯内感染が脳出血悪化に対して大きな影響を持つことは明らかになりましたが、脳出血悪化予防のためにどのような治療を行うべきかは明らかになっていません。今後、さらなるメカニズムの解明と共に、ワクチン等の新規治療法の探索によって、脳出血に対する高リスク患者のスクリーニングと脳出血患者の健康寿命の延長が期待されます。そして、う蝕治療、根管治療、歯周病治療を含めた積極的な歯科受診を推進することによって、脳出血発症リスクを減少させることが出来ると考えられます。
参考資料
図1 ラットの脳の画像を示す。KSM153WT(Cnm陽性)を感染させた群では脳出血斑の増加とHE染色画像で出血を起こしている様子が見られ、蛍光免疫染色画像においては血管壁の裏打ちが崩壊した箇所に沿ってS. mutans(緑)が付着している様子が確認された。細胞の核はDAPI陽性の領域(青)として示されている。
図2. 臨床分離したS. mutansを用いた付着、浸潤実験の結果を示す。Cnmを持つS. mutans(Cnm+群)と比べて、Cnmを持たないS. mutans(Cnm-群)の方が有意にIV型コラーゲンと血管内皮細胞(HUVEC)に対する付着率、浸潤率が低かった。(*P < 0.01; マン・ホイットニーのU検定)
図3 本研究から導き出された、IV型コラーゲンに対してCnm陽性S. mutansが付着することによって脳微小出血の悪化が引き起こされる仮説を示す。Cnm陽性S. mutansが脳出血によって露出したIV型コラーゲンに付着することによって、正常な止血が阻害され、脳出血の治癒不全や悪化を引き起こすと考えられる。
用語説明
(※1) S. mutans(Streptococcus mutans)
多くの哺乳類の口腔内に存在しう蝕(虫歯)の原因菌の一つ。一般では、虫歯菌という名前で広く知られている。
(※2)コラーゲン結合タンパクCnm
細菌が細胞に対して接着するための因子の一つ。近年、全身疾患との関わりがある可能性が報告されている。
(※3)歯内感染
俗に`歯の神経`と呼ばれている歯髄という軟らかい組織が、う蝕や外傷で細菌の感染を受けた状態。
(※4)細胞外基質
組織の中で細胞の外に存在し、細胞間の空を充填する分子構造体。組織に強度を付与
する支持的な役割や細胞接着のための足場、液性因子の提供元としての役割を持つ。
(※5)ノックアウト
遺伝子を操作することで特定の遺伝子を欠損させること。
(※6)菌血症
血流中に細菌が存在する状態
(※7)炎症性サイトカイン
炎症反応を促進する働きを持つ低分子タンパク質のこと。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る重要な働きをする。
(※8)ノックダウン
遺伝子を操作することで特定の遺伝子発現を減少させること。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学 大学院医系科学研究科 歯周病態学
助教 應原 一久
Tel:082-257-5663
E-mail:kouhara*hiroshima-u.ac.jp
広島大学 大学院医系科学研究科 歯周病態学
教授 水野 智仁
Tel:082-257-5663
E-mail:mizuno*hiroshima-u.ac.jp
<報道(広報)に関すること>
広島大学 広報室
Tel:082-424-4383
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)