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【研究成果】実際にあった大型トラックの居眠り運転衝突事故における衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)の評価~居眠り運転事故には効果的ではない~

本研究成果のポイント

  • 実際にあった大型トラックドライバーによる居眠り運転事故において、事故率及び事故損害金額で評価した衝突被害軽減ブレーキ(AEBS※1)の効果は限定的であることを明らかにしました。
  • 大型トラックの居眠り運転衝突事故では、AEBSを搭載したトラックはAEBS非搭載のトラックと比べ、事故率および事故損害金額に有意な減少は認められませんでした。
  • 今後、トラックドライバーの居眠り(マイクロスリープ※2)の早期検知法の確立と、AEBSのさらなる改良及び運転操作に介入する他の安全運転支援システムとの併用が期待されます。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科睡眠医学講座(令和3年4月から令和6年3月末まで)の塩見利明(前・寄附講座教授、現・医学部客員教授)、熊谷元(前・寄附講座准教授、現・病院診療准教授)、及び川口健吾(前・研究員、現・福山通運株式会社安全管理課長)らの研究グループは、実際にあった大型トラックドライバーの衝突事故1,699件を分析し、事故率(衝突事故を起こしたトラック数/総トラック数)と事故損害金額(物的損害と人的損害の総額)を、居眠り運転事故か居眠り運転以外の原因による事故(非居眠り運転事故)か、あるいはトラックにAEBSが搭載されているか搭載されていないかに分類して比較することにより、居眠り運転事故に対するAEBSの効果を明らかにしました。
 1)大型トラックによる非居眠り運転事故においては、AEBS搭載トラックの方が、AEBS非搭載トラックよりも事故率は有意に低下していましたが、居眠り運転事故では、AEBS搭載トラックにはAEBS非搭載トラックと比べ事故率の有意な低下は認められませんでした。
 2)事故損害金額においては、大型トラックによる居眠り運転事故および非居眠り運転事故のいずれにおいても、AEBS搭載トラックにはAEBS非搭載トラックと比べて有意な減少は認められませんでした。
 3)AEBSを第1、2、3世代に分類し、AEBS各世代における事故率と事故損害金額を居眠り運転事故と非居眠り運転事故で比較しました。事故率は、いずれのAEBS世代においても居眠り運転事故の方が非居眠り運転事故よりも有意に低かったのに対し、事故損害金額では、いずれのAEBS世代においても居眠り運転事故が非居眠り運転事故よりも高額であり、第1、2世代では有意差を認めました。
 4)AEBSの世代間で事故率と事故損害金額を比較しました。事故率は、非居眠り運転事故では第1世代から第3世代へ世代が新しくなるにつれて低下しましたが、居眠り運転事故では世代が新しくなっても低下しませんでした。事故損害金額では、居眠り運転事故、非居眠り運転事故ともに、世代が新しくなっても有意な減少は認められませんでした。

実際にあった大型トラックドライバーの居眠り運転による衝突事故において、AEBSの効果を事故率および事故損害金額で分析した研究論文は未だありません。本研究の結果から、大型トラックドライバーによる居眠り運転事故において、事故率および事故損害金額で評価したAEBSの効果は限定的であることが明らかになりました。その原因の一つとして、トラックドライバーが居眠りのため適切な衝突回避行動をとることができず、AEBSの効果を発揮できなかったことが示唆されました。このようなことから、甚大な被害をもたらしやすい大型トラックの居眠り運転衝突事故への対策として、今後は居眠り運転(運転中のマイクロスリープ)の早期検出法の確立と、AEBSのさらなる改良および運転操作に介入する他の安全運転支援システムとの併用が期待されます。
本研究の成果は、2024年8月22日に国際学術誌「SLEEP」に掲載されました。

論文情報

<発表論文タイトル>
 Evaluation of advanced emergency braking system in drowsy driving-related real-world truck collisions

<著者>
 Kengo Kawaguchi1, Hajime Kumagai1,*, Hiroyuki Sawatari1, Misao Yokoyama1, Yuka Kiyohara1, Mitsuo Hayashi2, and    Toshiaki Shiomi1 
 1:広島大学大学院医系科学研究科
 2:広島大学大学院人間社会科学研究科
 *: 責任著者

<掲載雑誌>
 SLEEP (2024) 
 https://doi.org/10.1093/sleep/zsae196

背景

 トラックドライバーの居眠り運転による事故は、依然として頻発し甚大な人的・物的被害が発生し続けています。日本では、2014年11月から大型トラックへのAEBSの装着が義務化され、AEBSを搭載したトラックが徐々に普及してきました。2021年11月から大型車に対するAEBSの安全基準が厳格化されていますが、居眠り運転事故の防止には至っていません。さらに、今年4月からトラックドライバーの労働時間規制が開始され、これに伴い高速道路における大型トラックの制限速度が時速80km/時から90km/時に引き上げられました。この制限速度の緩和により、大型トラックの衝突事故により死亡などの重篤な被害の増加が懸念されるため、このような事故に対するAEBSの衝突被害軽減効果への期待は高まっています。しかし、大型トラックドライバーの居眠り運転事故へのAEBSの効果について分析した研究論文は世界でもまだなく、未だに不明な点が多く残されています。
 そこで私たちは、実際に発生した大型トラックドライバーの居眠り運転事故のデータを基に、事故率(衝突事故を起こしたトラック数/総トラック数)と事故損害金額(物的損害と人的損害の総額)を指標として分析することにより、大型トラックドライバーの居眠り運転事故に対するAEBSの効果を明らかにすることを目的として研究を行いました。

研究成果の内容

 2016年4月から2023年3月までにA社で発生した大型トラック(車両総重量11トン以上、AEBS搭載トラック12,887台、AEBS非搭載トラック18,220台)による衝突事故1,699件のうち路上走行中の事故が618件あり、このうち事故損害金額が確定した563件を対象としました。居眠り運転による衝突事故が123件(21.8%)、居眠り運転以外の原因による事故(非居眠り運転事故)が440件(78.2%)でした。また、563件の事故のうち、209件(37.1%)がAEBS搭載トラックによる事故、354件(62.9%)がAEBS非搭載トラックによる事故でした。なお、居眠り運転事故は、ドライバーが居眠りしたと自己申告した場合および車内に設置したドライブレコーダー映像で事故直前にドライバーの居眠りが確認された場合としました。
 1) AEBS搭載トラックと非搭載トラックの事故率を比較すると、非居眠り運転事故ではAEBS搭載トラックはAEBS非搭載トラックよりも事故率の有意な低下を認めましたが、居眠り運転事故ではAEBS搭載・非搭載で事故率に有意差は認められませんでした。(参考資料図1)
 2) AEBS搭載トラックと非搭載トラックの事故損害金額を比較すると、居眠り運転事故、非居眠り運転事故のいずれにおいてもAEBS搭載・非搭載で事故損害金額に有意差は認められませんでした。(参考資料図1)
 3) AEBS搭載トラックにおいて、AEBS第1~第3世代の世代別に事故率を比較すると、いずれのAEBS世代においても居眠り運転による事故率は非居眠り運転事故による事故率よりも有意に低いことがわかりました。次いで、AEBSの世代間で事故率を比較すると、非居眠り運転事故では第1世代から第3世代にかけて事故率が有意に減少する傾向が認められましたが、居眠り運転事故では事故率の減少傾向は認められませんでした。(参考資料図2)
 4) AEBS搭載トラックにおいて、AEBS第1~第3世代の世代別に事故損害金額を比較すると、第1、2世代のAEBS搭載トラックでは居眠り運転による事故損害金額は非居眠り運転事故による事故損害金額よりも有意に高かったのに対し、第3世代では有意差は消失しました。次いで、AEBSの世代間で事故損害金額を比較すると、居眠り運転事故・非居眠り運転事故ともに、事故損害金額の減少傾向は認められませんでした。(参考資料図3)

今後の展開

 本研究から、大型トラックの衝突事故に関して、AEBSは非居眠り運転事故の事故率低下には有効でしたが、居眠り運転事故の事故率低下への効果は限定的であることが明らかになりました。また、事故損害金額においては、居眠り運転事故、非居眠り運転事故のいずれにおいてもAEBS搭載により事故損害金額は有意に減少しないことが明らかとなりました。運転中の居眠りのためトラックドライバーに事故回避行動が起こらないあるいは遅れることにより、AEBSの効果を十分に発揮できなかったと考えられるため、居眠り運転(運転中のマイクロスリープ)を早期に検知できる監視システムの開発が必要と考えられます。さらに、眠気を感じたドライバーが休憩する場所の確保やトラックドライバーの睡眠不足や疲労の蓄積を軽減するための労働環境の改善も必要と思われます。AEBSのさらなる改良に加え、車線維持支援システムや車間制御システムなどの運転操作に介入する他の安全運転支援システムとの併用なども含め、複合的な対策を行うことにより大型トラックドライバーの居眠り運転事故の削減が可能になるものと期待されます。

研究支援

当睡眠医学講座は、福山通運株式会社による寄附講座(令和3年4月から令和6年3月末まで)でした。

用語解説

AEBS※1:Advanced Emergency Braking Systemの略、衝突被害軽減ブレーキを意味し、国土交通省によって定められた一定の性能規格をもつ自動ブレーキのこと。自動車に搭載されたカメラやセンサーなどを使って進行方向に存在する人や自動車、障害物を察知し、自動的にブレーキを作動させ衝突を回避する仕組み。

マイクロスリープ※2:瞬眠、15秒未満の短い睡眠

参考資料

図1:大型トラックのAEBSの評価

図2:居眠り・非居眠り運転事故におけるAEBS世代別の事故率(A)と事故損害金額(B)の比較

図3:居眠り・非居眠り運転事故におけるAEBS世代間の事故率(A)と事故損害金額(B)の比較
 

【お問い合わせ先】

 大学病院 睡眠医療センター 熊谷 元
 大学院医系科学研究科 精神神経科学 深山 由希子(秘書)

 Tel:082-257-5207 FAX:082-257-5209
 E-mail:miyama63*hiroshima-u.ac.jp(深山) / kumaguy88*@hiroshima-u.ac.jp(熊谷)
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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