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【研究成果】脂肪肝治療の新規治療ターゲット候補の発見~脂肪細胞分化と肝脂肪化の分子メカニズムの類似点に着目して~

本研究成果のポイント

  • 脂肪組織を構成する脂肪細胞は、未熟な前駆脂肪細胞が特定のホルモンや信号によって脂肪を蓄える成熟脂肪細胞に変化します。この過程で変化する遺伝子のパターンは脂肪肝と共通する点があることが知られています。
  • 脂肪細胞が成熟脂肪細胞になるために必要な分子であるINTS6※1は脂肪肝でも多く発現していることを認め、この分子の発現を抑制することで肝細胞の脂肪化が抑制されることを発見しました。
  • 本研究成果により、薬による治療方法が確立されていない代謝機能不全関連脂肪性肝疾患(MASLD※2)に対して、新たな治療ターゲット候補として期待できます。

概要

 広島大学病院 総合内科・総合診療科 塩崎美波(大学院生)、大谷裕一郎講師、米澤さやか研究員、菅野啓司准教授、伊藤公訓教授らの研究グループは、脂肪細胞が成熟するのに必要な分子であるINTS6が脂肪肝の進展においても大きな役割を果たしていることを明らかにしました。この研究成果は薬を使った治療法が確立していないMASLDの新たな治療開発に大きく貢献すると期待されます。
 
 本研究成果は、7月7日、国際雑誌「Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Lipids and Lipid Metabolism」オンライン版に掲載されました。

論文情報

  • 掲載雑誌: Biochimica et Biophysica Acta. Molecular and cell biology of lipids (BIOCHEMISTRY & MOLECULAR BIOLOGY)
  • 著者:Minami Shiozaki1, Keishi Kanno1*, Sayaka Yonezawa1, Yuichiro Otani1, Yuya Shigenobu1, Daisuke Haratake1, Eisuke Murakami2, Shiro Oka2, Masanori Ito1
    1:広島大学病院 総合内科 総合診療科
    2:広島大学 大学院医系科学研究科 消化器内科
    *:Corresponding author(責任著者)
  • 論文題目:Integrator complex subunit 6 promotes hepatocellular steatosis via b-catenin-PPARg axis
  • DOI: 10.1016/j.bbalip.2024.159532

背景

 生活習慣病と密接に関連するMASLDは、世界的な有病率が約25%といわれており、単に肝臓に脂肪が蓄積するだけではなく、脂肪性肝炎を引き起こす危険性がある病態です。この肝炎が長期化することで、肝臓の組織が徐々に線維化し、正常な肝機能を維持することが難しくなる「肝硬変」へと至り、肝臓癌へと発展するリスクが高まります。このように、MASLDは初期の段階では無症状であっても、放置すると極めて深刻な状態へと進行する可能性があるため、早期の発見と治療が非常に重要な病態です。
 現在、世界的に肥満人口が急速に増加していることを背景に、MASLDを原因とする肝線維化や肝硬変、さらには肝臓癌の発症率が年々上昇しており、その対応に迫られています。しかしながら、MASLDに対する確立された薬物療法はまだ存在せず、治療の中心は主に生活習慣の改善に依存しています。このため、MASLDの病態メカニズムを解明し、効果的な薬物療法を開発することは重要な課題の一つとされています。

研究成果の内容

 INTS6は、大谷裕一郎講師が未熟な前駆脂肪細胞が成熟し、細胞内に脂肪を貯蔵する成熟脂肪細胞になる際に必要な分子であることを報告しました(参考資料)。脂肪細胞の成熟過程と脂肪肝の進展には分子メカニズムにおいて共通点があるため、肝脂肪化におけるINTS6の役割について検討を行いました(図1)。
 マウスの肝臓に脂肪肝を誘導する動物モデルを用いてINTS6の発現を評価したところ、脂肪肝の肝臓ではINTS6が多く発現していることが明らかになりました。さらに、高度の肥満を伴うMASLD肝炎患者さんの肝臓組織におけるINTS6遺伝子の発現が、脂肪化を促進する転写因子※3であるPPARg※4と強い相関関係があることを発見しました。また、肝細胞を用いた細胞実験において、INTS6の発現を抑制するとPPARgの発現が減少し、それに伴い肝臓に蓄積される脂肪量も減少することを明らかにしました。

(図1)脂肪細胞の分化と肝細胞脂肪化の共通するメカニズム
 脂肪組織を構成する脂肪細胞は、前駆脂肪細胞に外部刺激が加わることで、PPARgやC/EBPs※5などの転写因子が活性化することで脂肪を蓄積する成熟脂肪細胞に分化し、脂肪細胞特異的分子※6を発現します。肝細胞が脂肪化する過程においても、同様の転写因子が関与しており、脂肪細胞特異的遺伝子が発現することが知られています。

今後の展開

 MASLDに対する有効な薬物治療は、現時点で確立されていません。しかし、本研究の成果から、INTS6を制御することで肝細胞への脂肪蓄積を抑制できることが明らかになりました。siRNA※7は、特定の遺伝子の働きを抑制する小さなRNA分子であり、細胞内で特定のmRNAに結合してその分解を促し、対応するタンパク質の合成を阻害します。近年、このsiRNAを用いた薬の開発が続々と行われています。今後、INTS6に対するsiRNAの脂肪肝に対する治療効果を動物実験で実証し、将来的には多くのMASLD患者さんへの治療薬として発展させることを目指して検討を進めていきたいと考えています。

参考資料

Otani Y, et al. Integrator complex plays an essential role in adipose differentiation. Biochem Biophys Res Commun. 2013;434(2):197-202.

用語説明

INTS6※1 : Integrator complex subunit 6の略、他のsubunitとタンパク質複合体を形成しmRNAの転写とプロセシングに重要な役割を果たしている。脂肪細胞が成熟脂肪細胞になるために必要な分子であることが報告されている(参考資料)

MASLD※2 : Metabolic dysfunction-associated steatotic liver diseaseの略、日本語病名は「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患」、アルコールの多飲が原因ではないメタボリック症候群に伴う脂肪肝

転写因子※3 : DNAに特異的に結合するタンパク質の一群。ゲノムDNA上の特定の配列を認識し結合することで、近傍の遺伝子の発現を制御するタンパク質

PPARγ※4 : Peroxisome proliferator-activated receptor γの略、前駆細胞から 成熟脂肪細胞への分化にかかわる転写因子。PPARγリガンドはインスリン抵抗性を改善する糖尿病治療薬として広く用いられている

C/EBPs※5 : 脂肪細胞や肝細胞の最終分化に関与することが知られているタンパク質

脂肪細胞特異的※6 : 脂肪を貯蔵した成熟脂肪細胞に特徴的に見られること

siRNA※7 : small interfering RNAの略

【お問い合わせ先】

 広島大学病院 総合内科・総合診療科 准教授:菅野啓司
 Tel:082-257-1717 FAX:082-257-5461
 E-mail:kkanno*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください。)


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