大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
助教 Ko Ko
Tel:082-257-5162 FAX:082-257-5164
E-mail:kko@hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- B型肝炎ウイルス(HBV) DNAの検出(※1)はHBV感染の診断と治療において非常に重要です。
- DNA検出過程では、DNA抽出のための複雑なプロセスが必要ですが、本研究では界面活性剤(※2)を用いた新たな方法により、B型肝炎ウイルス(HBV) DNAの検出プロセスを簡素化、迅速化する技術の開発に成功しました。
- 本技術は、特に低・中所得国での利活用が期待されます。世界のHBV診断および予防戦略を大幅に強化し、HBVを公衆衛生上の脅威から排除するという世界保健機関(WHO)の2030年目標の達成に寄与することが期待されます。
概要
- 広島大学 大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学 Ko Ko(ココ)助教、高橋和明研究員、田中純子特任教授らの研究グループは、ドデシル硫酸ナトリウム、N-ラウロイルサルコシンナトリウム塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどの界面活性剤を使用したHBV DNAの抽出不要の検出法について研究を行いました。
- 界面活性剤を用いた方法では、血清サンプルで90%以上、乾燥濾紙血(DBS)(※3)サンプルで80%以上の感度(※4)を示し、いずれも100%の特異度(※5)を達成しました。検出限界は使用する界面活性剤とTaqポリメラーゼ(※6)の種類によって異なり、N-ラウロイルサルコシンナトリウム塩 (NL)とPrime Direct Probe Taqポリメラーゼ (TAKARA Bio INC, Japan)の組み合わせが最も高い感度を示しました。
- この界面活性剤を用いた抽出不要の方法は、従来の抽出ベースの方法と同等の精度でHBV DNAを検出する効果が確認されました。
- この界面活性剤ベースの新たな方法は従来のリアルタイムPCR(qPCR)(※7)と比べ、コストを3分の1に削減し、DNA抽出にかかる時間を2時間30分から5分に短縮します。本技術は、特に低・中所得国におけるスクリーニング検査において、費用対効果の高い代替手段となりえます。
- この界面活性剤ベースの新たな方法は従来のリアルタイムPCR(qPCR)(※7)と比べ、コストを3分の1に削減し、DNA抽出にかかる時間を2時間30分から5分に短縮します。本技術は、特に低・中所得国におけるスクリーニング検査において、費用対効果の高い代替手段となりえます。
発表論文
- 掲載誌:Scientific Reports
- 論文タイトル:A Comparative Study of Extraction Free Detection of HBV DNA using Sodium Dodecyl Sulfate, N-Lauroylsarcosine Sodium Salt, and Sodium Dodecyl Benzene Sulfonate
- 著者:Ko Ko1,2, Lyubov Mikhailovna Lokteva1,3, Golda Ataa Akuffo1,2, Zayar Phyo1,2, Chanroth Chhoung1,2, Bunthen E1,4, Serge Ouoba1,5, Aya Sugiyama1,2, Tomoyuki Akita1,2, Kim Rattana6, Ork Vichit7, Kazuaki Takahashi1,2, Junko Tanaka1,2*
1 Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Japan.
2 Project Research Center for Epidemiology and Prevention of Viral Hepatitis and Hepatocellular Carcinoma, Hiroshima University, Hiroshima, Japan.
3 Research Institute of Virology, Tashkent, Uzbekistan.
4 National Payment Certification Agency, National Social Protection Council, Ministry of Economic and Finance, Phnom Penh, Cambodia.
5 Unité de Recherche Clinique de Nanoro (URCN), Institut de Recherche en Science de la Santé (IRSS), Nanoro, Burkina Faso.
6 National Maternal and Child Health Center (NMCHC), Ministry of Health, Phnom Penh, Cambodia
7 National Immunization Program (NIP), Ministry of Health, Phnom Penh, Cambodia.
8 Hepatology, Scientific Research Institute of Virology, Tashkent, Uzbekistan
* 責任著者 - DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-75944-7
背景
- B型肝炎ウイルス(HBV)は、世界で2億5400万人以上の人に持続感染を引き起こしている深刻な公衆衛生上の課題です。従来のHBV DNA検出方法では、DNAの抽出過程が必要であり、時間やコストがかかるうえ、専門的な機器や技術も必要とされます。このことが、HBV感染率が高い低中所得国での検査の普及を妨げる要因となっています。そこで、私たちは、検査プロセスの簡略化と実行性・経済性の向上を目指して、DNA抽出過程を不要とする新たなDNA検出方法を開発しました。
研究成果の内容
- 本研究では、界面活性剤を用いたHBV DNAの抽出不要の検出方法を開発しました。3種類の界面活性剤(ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、N-ラウロイルサルコシンナトリウム塩(NL)、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(SDBS))と2種類のTaqポリメラーゼ(TaqMan Fast Advanced Master MixおよびPrime Direct Probe)との組み合わせを評価しました。最適濃度の界面活性剤を特定後、界面活性剤5 µLを試料5 µLと混ぜ、95°Cで5分間インキュベート(※8)しました。その後、溶液を蒸留水10 µLで希釈し、PCR検査を実施しました。その結果、NLとPrime Direct Probe Taqの組み合わせが最も高い感度(血清で95.52%、DBSで83.58%)と特異度(血清およびDBSで100%)を示し、従来の検査の3分の1のコストで実現できることがわかりました。このアプローチにより、HBVの検出プロセスが簡略化され、迅速かつ低コストでHBV DNAの検出が可能となります。本研究の成果は、特にリソースが限られた地域でのHBV診断と予防活動の強化に貢献することが期待されます。
今後の展開
- 本研究は、SDS、NL、またはSDBSを用いた方法によるHBV DNA検出が、複雑で高コストなDNA抽出を省略し、リソースが限られた環境での利用可能性を高める可能性を示しました。
- また、この抽出不要の方法がHBV検査を迅速かつ手軽にし、早期発見と監視に貢献することで、2030年までのHBV根絶を目指す国際的な公衆衛生イニシアチブに大きく寄与する可能性を示しています。
- 本手法は、HBV以外のDNAウイルスにも応用可能であり、現在はヒトパピローマウイルス(HPV)での実験を試みています。
参考資料
用語解説
1. DNA検出:DNA検出は、HBVのようなウイルスを含む生物の遺伝物質であるDNAの存在を確認するプロセスです。HBVにおいては、そのDNAを検出することで感染を確認し、血中のウイルス量を把握できます。
2. 界面活性剤(例:SDS、NL、SDBS):界面活性剤は、タンパク質の変性や油脂の乳化を促進する化学物質です。本研究では、界面活性剤がウイルス粒子を破壊することによって、HBV DNAの検出を容易にすることを目的としています。
3. 乾燥血斑(DBS):DBSは、特殊なカードに少量の血液を採取するシンプルな方法です。特に検査施設へのアクセスが限られている地域で感染症の検査に用いられ、保管や輸送が簡便です。
4. 感度:テストが陽性の症例をどれだけ正確に検出できるかを示します。本研究では、この新しい方法がHBV DNAをどれだけ正確に検出できるかを指しています。
5. 特異度:テストが陰性の症例をどれだけ正確に識別できるかを示します。ここでは、HBV DNAが存在しない場合に誤検出を避ける精度を指しています。
6. Taqポリメラーゼ(例:ThermoFisher Scientific, USAのFast Advanced Master MixおよびTAKARA Bio INC, JapanのPrime Direct Probe): Taqポリメラーゼは、PCR(DNAの特定の領域を短時間で大量に増幅する技術)でDNAを増幅する際に使われる重要な酵素です。
7. リアルタイムPCR:リアルタイムPCRは、DNAを増幅し、同時に定量化するために使用される実験室技術です。
8. インキュベート:一定温度を一定時間保つ操作のことです。