大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
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本研究成果のポイント
- 乾燥濾紙血液(Dried Blood Spot : DBS)による抗体検査が、HEV感染歴の検出において高い信頼性を示すことがわかりました。
- 上記の方法でブルキナファソ農村部の妊婦491人を対象に調査したところ、約2割の妊婦が過去にHEVに感染したことがあり、その中には最近(過去3カ月以内)の感染例も存在する可能性が示唆されました。
- DBSを使用することで低資源地域でも高い精度でE型肝炎の検査を行える可能性が示唆されました。
概要
- 広島大学 大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学 Chanroth Chhoung (チャンロット チューウン)氏(博士課程後期)、KoKo(ココ)助教、田中純子特任教授らの研究グループは、ブルキナファソのUnité de Recherche Clinique de Nanoro(URCN)、Institut de Recherche en Sciences de la Santé(IRSS)の協力のもと、同国農村部(ナノロ地区)の妊婦から採取された乾燥濾紙血液(DBS)検体を用いて、E型肝炎ウイルス(HEV)感染状況を調査しました。
- 本研究は、JSPS研究拠点形成事業B.アジア・アフリカ学術基盤形成型(JPJSCCB20210010、JPJSCCB20240009)の支援を得て実施しました。また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
- 本研究は広島大学ならびにブルキナファソInstitut de Recherche en Sciences de La Santé (IRSS)の倫理審査委員会の承認を得て実施しました。
- 本研究成果は、「Hepatology Research」誌に掲載されました (2025年3月12日)。
発表論文
- 掲載誌:Hepatology Research (Q1, IF: 3.9)
- 論文タイトル:
Weighted prevalence and associated risk factors of HEV antibodies among pregnant women in rural Burkina Faso using dried blood spot samples -
著者名:
Chanroth Chhoung 1,2, Serge Ouoba3, Moussa Lingani3, Ko Ko1,2, Zayar Phyo1,2, Ulugbek Khudayberdievich Mirzaev4, Yayoi Yoshinaga1,2, Golda Ataa Akuffo1,2, Aya Sugiyama1,2, Tomoyuki Akita1,2, Shingo Fukuma1, Halidou Tinto3, Kazuaki Takahashi1,2, Junko Tanaka1,2*1. Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Japan
2. Project Research Center for Epidemiology and Prevention of Viral Hepatitis and Hepatocellular Carcinoma, Hiroshima University, Japan
3. Unité de Recherche Clinique de Nanoro (URCN), Institut de Recherche en Sciences de La Santé (IRSS), Nanoro, Burkina Faso
4. Department of Hepatology, Scientific Research Institute of Virology, Ministry of Health of Uzbekistan, Tashkent, Uzbekistan*Corresponding author
- DOI: 10.1111/hepr.14180
背景
- E型肝炎は、E型肝炎ウイルス(HEV)の感染によって発症するウイルス性肝炎であり、主に衛生環境が整っていない低・中所得国で多く見られます。主な症状としては発熱や倦怠感、食欲不振、吐き気や腹痛、黄疸などがあり、多くの感染者は無症状で経過しますが、妊婦が感染すると劇症化することがあります。特に妊娠中期以降では致死率が20〜25%に達すると報告されています。
- HEVの診断方法のひとつとして、病原菌が体内に入ってきたときにそれを排除するために作られる物質である抗体の有無を検査する抗体検査があります。抗体にはIgM、IgA、IgGなどの種類があり、IgMやIgAは最近の感染、IgGは過去の感染または免疫獲得の指標とされています。
- 抗体検査を行うとき、通常は血清検体という血液から血球や凝固成分を取り除いたものを用いるのですが、血清検体を採取するには特殊な設備が必要であり、また冷蔵・冷凍での保存が必要であること、液体であるため輸送方法が限られることなどの理由から、ブルキナファソのような低資源地域では血清検体の採取、輸送、保管が困難です。一方、抗体検査では血清検体の代わりに乾燥濾紙血液(DBS)が用いられることがあります。DBSは少量の血液を特殊な濾紙にしみこませて乾かしたもので、室温で保存可能かつ採取に特殊な設備も不要のため、低資源地域での実用的な代替手段として期待されています。しかしながら、HEV抗体の検出におけるDBSの有用性については、これまで十分な検証が行われていませんでした。
- ブルキナファソではこれまでにもHEVのアウトブレイク(ある病気が特定の場所や集団で短期間にいつもより多く発生すること)が報告されており、妊婦の重症例も確認されています。しかし、地域における感染の実態に関する疫学情報は限られています。
- こうした背景のもと、本研究ではブルキナファソ農村部に居住する妊婦を対象に、HEV感染状況およびリスク因子を明らかにするとともに、DBSを用いた抗体検出法の精度を評価することを目的としました。
研究成果の内容
- 本研究は2つのパートから構成されます。まず、市販のELISAキット(recomWell HEV IgG/IgM, Mikrogen Diagnostik)(※7)を用いて、DBS(乾燥濾紙血液)によるHEV抗体検出の精度を評価しました。HEV抗体保有状況が既知である血清およびDBSの62ペア検体を用いて検査を行った結果、抗HEV IgG抗体の検出におけるDBSの感度は96.7%、特異度は100%、また抗HEV IgM抗体では感度76.7%、特異度93.8%でした。つまり、DBSによる抗体検出の高い信頼性が示されました。
- 次に、ブルキナファソ北部ヤコ地区の3つの保健施設で2021年2月〜11月に実施された妊婦1,622人のB型肝炎のスクリーニング調査(※8)の一部検体(n=506)を用い、HEVの抗体陽性率と関連リスク因子を検討しました。対象には、HBs抗原(※9)陽性者全員(n=106)とHBs抗原陰性者からの便宜抽出(n=400)が含まれ、DBS検体が不十分であった15人を除く491検体について、抗HEV IgG抗体およびIgM抗体を測定しました。抗体陽性者に対してはnested RT-PCR(※10)によりHEV RNA(※11)の検出も試みましたが、RNA陽性例は確認されませんでした。
- 対象者抽出の方法による選択バイアスの影響を考慮し、HBsAgの保有状況に基づいて調整したサーベイ加重法(survey-weighted method)(※12)を用いて抗体陽性率とリスク因子の分析を行いました。
- その結果、抗HEV IgG抗体の加重陽性率は18.6%、抗HEV IgM抗体は2.5%でした。高年齢ほどIgG陽性率が有意に高値であり(p<0.001)、多産歴はIgG陽性と有意に関連していました(調整オッズ比(※13)3.6, p=0.005)。一方、25–34歳の女性ではIgM陽性のリスクが有意に高いことが示されました(調整オッズ比 5.3, p=0.018)
今後の展開
- DBS(乾燥濾紙血液)は、血清検体と比較して取扱いが容易で低コストであることから、HEV抗体の血清疫学研究における信頼性の高い代替手段となり得ることが、本研究により示されました。特に、血清検体の利用が難しい低資源地域や遠隔地において、HEVの診断やサーベイランスの強化に寄与する可能性があります。
- 本研究では市販のELISAキット(recomWell)を用いてDBSの性能を評価しましたが、今後はDBS検体に対応した自家製ELISA法の開発と検証を進め、さらなるコスト削減と持続可能なサーベイランス体制の確立を目指しています。
参考資料

DBS(乾燥濾紙血液)採取法

血清採取法