• ホームHome
  • 大学院医系科学研究科
  • 【研究成果】PACAP受容体遮断薬によりマウスのうつ状態を改善 ―1回の投与で即効性と持続性のある安全な抗うつ薬の開発に期待―

【研究成果】PACAP受容体遮断薬によりマウスのうつ状態を改善 ―1回の投与で即効性と持続性のある安全な抗うつ薬の開発に期待―

本研究成果のポイント

  • うつ病の動物モデルマウスにおいて、PAC1受容体遮断薬PA-915が単回投与で、即効性かつ持続的な抗うつ作用、抗不安作用、認知記憶を改善することを発見。
  • 現在のうつ病の薬物療法は、奏効するまでに数週間かかることや、一部のうつ病患者では治療抵抗性があるなどの課題があるが、PA-915は非ストレスマウスには行動変化を及ぼさないことから、既存の抗うつ薬とは異なる作用機序が示唆され、高い安全性が期待される。
  • 安全で有効性の高い抗うつ薬の開発や、うつ病に関わる脳内メカニズムのさらなる解明につながることに期待。

概要

 大阪大学大学院 薬学研究科 神経薬理学分野の新谷勇介さん(研究当時:博士後期課程、現:神戸大学 大学院医学研究科特命助教)、橋本均教授、同大学大学院 歯学研究科 薬理学講座の早田敦子准教授、富山大学 学術研究部工学系の髙﨑一朗准教授、鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科の栗原崇准教授、広島大学大学院 医系科学研究科(歯)細胞分子薬理学の吾郷由希夫教授らの研究グループは、神経ペプチドである下垂体活性化ポリペプチドPACAP※1の特異的な受容体であるPAC1の低分子遮断薬※2が、うつ病動物モデルにおいて、1回の投与で、即時的かつ持続的に抗うつ作用を示すことを明らかにしました。
 日本におけるうつ病の生涯有病率は約7%とされ、社会的損失が非常に大きな疾患です。ストレスの多い出来事を経験した人は、うつ病を発症する可能性が高くなります。現在のうつ病の薬物療法は、奏効するまでに数週間かかることや、一部のうつ病患者では治療抵抗性があることから、安全で即効性の高い抗うつ薬の開発が期待されています。
 今回の研究では、慢性ストレス負荷マウスにPA-915を投与したところ、不安様行動、うつ様行動、認知機能障害が速やかに改善しました。また、無快感症状※3は長期にわたり持続的に改善しました。さらに、内側前頭前皮質(mPFC)※4の樹状突起スパイン※5密度の低下も改善しており、神経機能の改善を示唆する効果が得られました。
 特筆すべきは、PA-915が非ストレスマウスには行動変化を及ぼさない点です。これは、既存の抗うつ薬とは異なる作用機序を示唆するとともに、高い安全性を期待させるものです。
 本研究成果は、新規抗うつ薬開発のブレイクスルーとなる可能性を秘めており、安全で、即効性と持続性を兼ね備えたうつ病の薬物治療の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Molecular Psychiatry」に、9月4日(木)(日本時間)にオンライン公開されました。 

背景

 うつ病は、抑うつ気分や喜びや関心の喪失が長期間続く一般的な精神疾患で、2023年のWHOの発表では全世界で2億8千万人もの患者がいるといわれています。現在のうつ病の薬物療法は、奏効するまでに数週間かかることや、一部のうつ病患者では治療抵抗性があることから、これまでの治療薬とは異なる機序の新規治療薬の開発が進められています。2019年には、米国FDAにより、治療抵抗性のうつ病患者さんにも奏効する、即効性のあるエスケタミンが承認されましたが、使い方によっては依存につながる可能性があるため、臨床の現場では慎重に使われています。そのため、安全で奏効性の高い抗うつ薬の開発が期待されています。
 下垂体活性化ポリペプチドPACAPは、神経の保護や調節に関与することが知られている神経ペプチドで、特異的な受容体であるPAC1受容体を介して多様な生理作用を示します。PACAPは脳に広範囲に存在し、精神的なストレスにより複数の脳領域でPACAPの発現量が増加すること、PACAP遺伝子ホモ欠損マウスは精神的なストレスへの耐性を示すことなどが報告されており、PACAPは精神的なストレスに対する生理学的反応に関与することが示唆されています。
 そこで本研究グループは、PAC1受容体シグナル遮断が既存薬とは作用機序が異なる新しいうつ病の治療につながると考えました。

研究成果の内容

 PAC1受容体は、創薬化が難しいクラスB GPCR※6ですが、研究グループの富山大学学術研究部工学系の髙﨑一朗准教授らはin silico screening※7によりPAC1受容体の低分子遮断薬の開発に成功しました。本研究では、この低分子かつ高親和性のPAC1受容体遮断薬の1つであるPA-915が抗うつ作用を示すか、複数のうつ病のモデルマウスを用いて検討しました。
その結果、PA-915の単回の投与により、慢性的ストレス負荷マウスの不安やうつ状態、認知機能異常を即時的に改善することを明らかにしました。腹腔内投与でも経口投与でも、改善効果を示したことから、PACAP-PAC1シグナルの遮断が、ストレス負荷による精神行動異常の改善に有効である可能性が考えられます。情動や認知機能などを司る脳領域で、うつ病患者において本領域の体積の減少や構造的・機能的な異常を示す知見が蓄積されている、内側前頭前皮質(mPFC)において、うつ病モデル動物では低下していた第5層の錐体神経細胞の樹状突起スパイン密度をPA-915の単回投与により、投与1日後で非ストレス状態のマウスと同程度まで樹状突起スパイン密度が回復しており、投与56日後までこの効果が継続していることが明らかになりました。さらに、非ストレス状態のマウスにPA-915を投与しても、不安様行動やうつ様行動に有意な変化や幻覚や依存性などの副作用は見られませんでした。

本研究成果が社会に与える影響

 本研究は、うつ病様の症状を示すマウスを用いて、マウスの抗うつ作用、抗不安作用、認知記憶の改善、脳のmPFC領域の神経機能の回復を明らかにしました。
本研究成果は、ヒトにおいても安全で効果の高い抗うつ薬の開発や、うつ病に関わる脳内メカニズムのさらなる解明につながると期待されます。

論文情報

 本研究成果は、2025年9月4日(木)(日本時間)に米国科学誌「Molecular Psychiatry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Rapid and long-lasting antidepressant-like effects of the pituitary adenylate cyclase-activating polypeptide receptor antagonist PA-915 in chronic stress mouse models”
著者名:Yusuke Shintani#, Atsuko Hayata-Takano#*, Ichiro Takasaki, Takashi Kurihara, Atsuro Miyata, Yui Yamano, Manato Ikuta, Rei Takeshita, Kenichiro Murata, Taisei Oguri, Chiaki Asaka, Kazuto Nunomura, Bangzhong Lin, Shinsaku Nakagawa, Takuya Okada, Naoki Toyooka, Toru Takumi, Yukio Ago, Kazuhiro Takuma, and Hitoshi Hashimoto*  #共筆頭著者、*共責任著者
DOI:https://doi.org/10.1038/s41380-025-03209-4

 なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)JP21dm0207117 (H.H.), 創薬等先端技術支援基盤プラットホーム(BINDS) JP24ama121054 (H.H.), JP24ama121052 (K.N., B.L., S.N., and H.H.)、日本学術振興会JP19K07121 (A.H.-T.), JP20H03429 (A.M.), JP20H00492 (H.H.), JP23K06162 (A.H.-T.), JP23H00395 (H.H.), JP24K22022 (H.H.), JP24K02185 (Y.A.)、武田科学振興財団(H.H.)、中富健康科学振興財団 (I.T.) の支援を受けて行われました。

用語解説

※1     PACAP
下垂体活性化ポリペプチド。神経の保護や調節に関与することが知られている神経ペプチドで、特異的な受容体であるPAC1受容体を介して多様な生理作用を示す。

※2     遮断薬 
受容体に結合しても活性化せずに、本来結合するはずの物質の働きを阻害する物質のこと。

※3 無快感症状
アンヘドニア、喜びや興味を感じられなくなる状態のこと。

※4    内側前頭前皮質(mPFC) 
マウスの大脳皮質の一つの領域。海馬や線条体などとの神経回路を通じて、感情調節や認知機能などの高次脳機能を担う。

※5 樹状突起スパイン
神経細胞の樹状突起にある棘状の構造物で、シナプス結合のシナプス後部を形成している。シナプス前部から放出された神経伝達物質は、スパインの表面に存在する受容体に結合して、脳機能に重要な役割を担うと考えられるシグナル伝達を行う。

※6 クラスB GPCR
G蛋白質共役型受容体、GPCRは細胞膜に発現する7回膜貫通型の受容体で、最大のファミリーを形成する蛋白質である。特定の物質(リガンド)のみが結合することにより活性化し、細胞内の三量体G蛋白質を活性化することで生理機能を発揮する。その中で、クラスBのGPCRは、N末端領域に共通した長いアミノ酸配列で構成される細胞外配列を持つ受容体群である。

※7  in silico screening
コンピューター上で行う仮想的な薬剤探索の手法。分子の構造や性質をシミュレーションして、標的となるタンパク質に結合しそうな化合物を選び出すことができる。

【お問い合わせ先】

<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 大学院歯学研究科 准教授 早田 敦子 (はやた あつこ)
TEL: 06-6879-2912    
E-mail: hayata.atsuko.dent@osaka-u.ac.jp
大阪大学 大学院薬学研究科 教授 橋本 均 (はしもと ひとし)
TEL: 06-6879-8180    FAX: 06-6879-8180
E-mail: hasimoto@phs.osaka-u.ac.jp

<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 歯学研究科 総務課庶務係
TEL: 06-6879-2831
E-mail: si-soumu-syomu@office.osaka-u.ac.jp


up