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【研究成果】口内の歯周病菌(F. nucleatum)の多さが、 多発性硬化症の重症度と関連することを明らかにしました

本研究成果のポイント

 多発性硬化症の患者では、舌苔中の歯周病菌 Fusobacterium nucleatum の多さが、身体障害の重症度(EDSS)と関連していることが明らかになりました。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科 脳神経内科学および広島大学病院 口腔総合診療科の共同研究により、多発性硬化症の患者の舌苔中で、歯周病菌 Fusobacterium nucleatum(フソバクテリウム・ヌクレアタム; F. nucleatum)が多いほど、身体障害の重症度(EDSS)が高い傾向があることが明らかになりました。
 本研究成果は学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
 また、本研究は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。

背景

 多発性硬化症(MS)は、脳や脊髄などの中枢神経を覆う「髄鞘」がという膜が傷つくことで、歩行障害や感覚障害などが生じる自己免疫性の脱髄疾患です。MSの発症・進行には腸内細菌叢の異常などの環境要因が関与すると報告されています。一方で、口腔内にも様々な細菌(口腔マイクロバイオーム)が多数存在し、関心が高まっています。

研究成果の内容

 今回私たちの研究チームでは、F. nucleatumという菌に着目しました。F. nucleatum は歯周病の原因菌であり、他の菌とくっつくことで、歯周病だけでなく血管内皮障害や血液脳関門の破綻など、多くの病気に関与することが報告されています。本研究は、多発性硬化症患者で口腔内の歯周病菌と重症度の関連を臨床的に示した初めての報告です。

•    対象:自己免疫性脱髄疾患患者98例(MS 56、NMOSD 31、MOGAD 11)
•    方法:舌苔サンプルを採取し、qPCR法で歯周病菌(F. nucleatum, P. gingivalis, P. intermedia, T. denticola)の相対存在量を測定
•    結果:
•    MS患者のうち、F. nucleatum の相対存在量が高い群では、EDSS ≥ 4 の割合が有意に高く(61.5 % vs 18.6 %, p = 0.003)、多重比較補正後も有意差が維持されました(p = 0.036)。
・    F. nucleatum と他の歯周病菌を同時に多く有する「共存群」では、MS患者にて重症例(EDSS ≥ 4)の割合がさらに高く(37.5 % vs 10.0 %, p = 0.015)。この共存傾向が重症化と関連する可能性が示唆されました(参考資料の図参照)。
・    NMOSDおよびMOGADでは同様の関連は認められず、F. nucleatum の関与はMSに特異的な傾向を示しました。

 つまり、多発性硬化症の患者で、舌の細菌の中に歯周病菌「Fusobacterium nucleatum(F. nucleatum)」が多い人ほど、身体障害が重いことが初めて確認されました。
 

今後の展開

  • より大規模な多施設共同研究により、F. nucleatum の関与メカニズムを免疫学的に検証します。
  • サイトカイン解析やメタゲノム解析を組み合わせ、口腔―腸―中枢神経の炎症連関(oral–gut–brain axis)の全体像を解明します。
  • 将来的には、歯科的介入(口腔ケアや歯周治療)による疾患修飾療法(病気の原因や進行に直接作用し、そのスピードや重症度を変化、抑制させる治療法)の可能性を探る臨床研究へ展開する予定です。

発表論文

掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:The periodontal pathogen Fusobacterium nucleatum is associated with disease severity in multiple sclerosis
著者:Hiroyuki Naito, Masahiro Nakamori*, Hiromi Nishi, Megumi Toko, Tomoko Muguruma, Hidetada Yamada, Takamichi Sugimoto, Yu Yamazaki, Kazuhide Ochi, Hiroyuki Kawaguchi, Hirofumi Maruyama
DOI:10.1038/s41598-025-22266-x

参考資料

図 F. nucleatum および他の歯周病菌の相対存在量が高い患者の割合(%)
MS、NMOSD、MOGADの3群において、F. nucleatum と他の歯周病菌がともに高い相対存在量を示す患者の割合をEDSSスコア別に比較しました。MS群ではEDSS≧4の患者で高割合を示し(37.5% vs 10.0%, p=0.015)、NMOSDとMOGADでは有意差を認めませんでした。MSにおけるF. nucleatum共存菌の増加が疾患重症化と関連する可能性が示唆されました。
 

用語解説

  • 多発性硬化症(MS):中枢神経の脱髄を特徴とする自己免疫疾患です。再発と寛解を繰り返しながら進行し、歩行障害や視力障害を呈します。
  • EDSSスコア:Expanded Disability Status Scale。0–10で身体障害の程度を評価する国際的指標です。
  • 歯周病菌 Fusobacterium nucleatum:嫌気性グラム陰性桿菌で、歯周病の主要原因菌のひとつです。他の細菌を凝集させてバイオフィルムを形成する“架け橋菌”として知られ、炎症性サイトカインを誘導して免疫応答を活性化させます。近年では、神経や血管、消化管など様々な臓器の炎症性疾患への関与も指摘されており、当科の研究でも本菌に対する血清抗体価が脳卒中の予後不良と関連することを報告しています。
  • マイクロバイオーム ヒトの体に共生する微生物(細菌・真菌・ウイルスなど)の総体
【問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 脳神経内科学
TEL:082-257-5201
FAX:082-505-0490
助教 内藤 裕之
講師 中森 正博
E-mail:naitohi6@hiroshima-u.ac.jp


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