私たちは毎日、さまざまなことを考えています。しかし、そもそも「考える」とはどういうことなのでしょうか。何かを思い出したり、目の前にあるものに注意を向けたりすることも、私たちの思考と深くかかわっています。当たり前だと思っている心の働きを問い直すことも、哲学の仕事の一つです。
私は、とくに19世紀末から20世紀前半にかけて活動したフランスの哲学者、アンリ・ベルクソン(1859―1941)の思想を研究しています。ベルクソンが考えた問題の一つが、記憶と身体の関係です。過去の経験はどのようなかたちで記憶され、どのようなときに思い出されるのでしょうか。また、記憶の働きには、現在の関心や身体の活動がどのようにかかわっているのでしょうか。
私がこの分野の研究を始めたのも、記憶や知覚といった身近な働きを考えることが、人間の心や身体についての大きな問いにつながっていると感じたからです。たとえば、同じ場所を歩いていても、急いでいるときと時間に余裕があるときとでは、目に入るものが違います。何かを探していると、いつもは見過ごすものに気づくこともあります。こうしたありふれた経験にも、哲学の問いが潜んでいます。
パリの街並み
ベルクソンは、私たちが現在を知覚したり、過去を思い出したりする働きを、身体の行動や注意との関係から考えました。たとえば、過去の出来事を思い出すとき、私たちは単に記録を再生しているのではありません。いま置かれている状況や関心に応じて、過去のさまざまな経験のうちから特定のものが浮かび上がってきます。記憶について考えることは、私たちと世界とのかかわりについて考えることでもあります。
私の研究では、ベルクソンの著作を読むだけでなく、彼と同じ時代の心理学者や哲学者が、記憶や注意、意識についてどのような議論をしていたかも調べています。今日では、心や脳についての研究というと心理学や神経科学を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、これらの学問と哲学の境界は、かつて現在ほど明確ではありませんでした。当時の議論をたどると、いまでは別々の学問で扱われる問題が結びついていたことがわかります。
こうした研究のために、パリに赴いて資料調査をすることもあります。哲学者の思想を知る手がかりは、出版された本だけではありません。講義の記録や未刊行の原稿などを調べることで、著作からは見えにくい思想の形成過程や、同時代の研究者とのつながりが見えてくることがあります。資料を通して当時の知的な環境を明らかにしていくことも、哲学史研究の面白さです。
パリの国際大学都市(Cité internationale universitaire de Paris)の入り口
授業でも、哲学者の名前や学説を覚えることだけを目標にはしていません。ある主張は何を問題にしているのか、なぜそのように考えたのか、ほかの考え方はできないのか。文章を丁寧に読み、理由を確かめながら考えることを大切にしたいと思っています。他の人の考えに触れることで、当たり前だと思っていたことが違って見える場合があります。
哲学は、日常生活から遠く離れた難しい議論ばかりを扱う学問ではありません。私たちは普段、考えるという働きそのものには、あまり意識を向けません。しかし、当たり前のことを当たり前と思わず、その前提を問い直してみることで、それまで見えていなかった問題が浮かび上がってくることがあります。そのように「考えることを考える」ところから、哲学は始まるのだと思います。

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