抗菌薬(抗生物質)の不適切な使用を背景として、抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が世界的に拡大しています。薬剤耐性菌は人や食品等と共に国や地域を超えて移動するため、薬剤耐性菌の拡大を防ぐためには国際的な取り組みが必要です。このため、世界保健機構(WHO)は2015年に薬剤耐性(AMR)に関するGlobal Action Planを採択しました。これを受け、日本でも薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが制定され、薬剤耐性菌を増やさないための対策が進められています。また、訪日客が急増する2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、薬剤耐性菌の海外からの持ち込みに対する監視体制の強化が求められています。
薬剤耐性菌のなかでも、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)を産生する細菌は、近年急速な増加がみられ、院内感染の原因菌だけでなく、市中での健常者の保菌が大きな問題となっています。ESBL産生菌は、適切な抗菌薬を投与しなければ死滅しないため、早期に特定できなければ、症状の重篤化やそれに伴う医療費の増加、また更なる薬剤耐性菌の出現を引き起こす恐れがあります。
薬剤耐性菌を特定する方法の一つとして、薬剤耐性遺伝子の保有状況を検出する方法があります。去る2015年12月、国立大学法人広島大学と関東化学株式会社は、ESBLの薬剤耐性遺伝子検出法に関する共同研究を行い、主なESBLの遺伝子型6種類を約3時間で検出できるマルチプレックスPCR※1法を用いた迅速検出技術を開発・実用化しました。この度、同大学の院内感染症プロジェクト研究センターの池田光泰研究員、鹿山鎭男客員准教授(薬剤耐性学)、菅井基行客員教授(薬剤耐性学)、大毛宏喜教授(感染症学)と関東化学株式会社は、新たに3種類のESBL遺伝子型を検出する技術を開発し、前述のマルチプレックスPCR法に組み込むことで、9種類のESBL遺伝子型を同時に検出できる迅速検出技術を開発しました。
追加した3種類のESBL遺伝子(ESBL型GESグループ、CTX-M chimera、CTX-M-25型)は、近年日本でも検出されており、今後流行が懸念される遺伝子型です。カルバペネマーゼ型GES遺伝子を保有する菌とESBL型GES遺伝子を保有する菌では有効な抗菌薬が異なるため、これらの判別は臨床的に非常に重要であったものの、塩基配列が似ていることからこれまでの一般的なPCR法での判別は非常に困難でした。また、CTX-M chimera遺伝子は2種類の遺伝子型が融合したキメラ構造を有するため、従来のPCR法では偽陰性や他の遺伝子型と混同するなど正確な判別は困難でした。
しかし、今回の新技術の導入により、これらの遺伝子型を容易に判別することが可能になりました。また、CTX-M-25遺伝子は主に畜産分野で問題となっている遺伝子型であり、ワンヘルス(人・動物・環境の健康は相互に関連しており一つの健康である)の概念から、今後の動向を把握すべき遺伝子型です。
国内外で検出される薬剤耐性菌の流行は地域や時期により異なりますが、この3種類のESBL遺伝子型が追加されたことで、より現在の日本の発生状況に即し、今後流行が起こり得る株にも対応可能な薬剤耐性菌の検出を実現しました。
本技術が社会貢献の一助となることを期待し、関東化学株式会社が成果を用いた製品として実用化するに至りました。
※1 PCR法とはDNAを増幅させる手法の一つです。一般的なPCR法では1つの遺伝子を増幅しますが、マルチプレックスPCR法は同時に複数の遺伝子を増幅する方法です。一部の細菌は自身の染色体とは別に、プラスミドと呼ばれる環状のDNAを持つことがあります。プラスミドは細菌同士の接合により、他の細菌に伝播する場合があります。
本製品は、2019年11月に関東化学株式会社より「シカジーニアス(R) ESBL遺伝子型検出キット2」として発売されます。