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【研究成果】幹細胞の栄枯盛衰のメカニズムを提唱〜多細胞組織における階層性と競争原理が織り成す幹細胞ダイナミクス〜

本研究成果のポイント

  • 多細胞組織における幹細胞のふるまいを包括的に記述する統一理論を提唱
  • 既存のモデルには存在しなかった現象を予言し、実際の組織のデータと照合
  • 幹細胞恒常性の異常により起こる疾患の数理的アプローチによる理解に期待

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科データ駆動生物学研究室の本田直樹教授(兼任:京都大学生命科学研究科特命教授、生命創成探究センター客員教授)、京都大学の中牟田旭さん(理学部生)、吉戸香奈さん(生命科学研究科大学院生)らからなる研究グループは、腸や骨髄などの組織にある幹細胞が、成熟(分化)した細胞をどのような法則で絶えず供給しているのかを記述する統一理論を提唱し、実験データからその妥当性を示しました。
 多細胞組織において幹細胞がどのように分化細胞を供給しているのでしょうか?そのメカニズムは生物学における長年の謎でした。数十年来の仮説は「組織の階層性」によるもので、少数の司令塔となる幹細胞がひとつずつ分化細胞を生み出すというものです。最近では、その対立仮説として、「幹細胞同士の中立的な競争」が重要であるというモデルが提唱されてきました。しかしながら、どちらのモデルが正しいのか決着がついていませんでした。
 本研究では、これら二つのモデルが必ずしも相反するものではないことに注目し、これらを包括する数理モデルを提案しました。この数理モデルによって、一つの幹細胞から生じた細胞の数が一過的な増加と減少を繰り返す(細胞数のバースト)という“栄枯盛衰”的なふるまいが予言されました。そして、造血幹細胞の実験データを解析することで、実際の幹細胞が数理モデルからの予言に従っていることを確認し、本モデルの妥当性を示しました。本研究で提唱されたモデルは、組織の恒常性維持メカニズムの解明に貢献することが期待されます。また、がんや不妊などの幹細胞恒常性の異常により起こる疾患の、数理モデルを用いた統一的理解に発展することが期待されます。
 本研究成果は、Communications Biology誌に2022年11月18日に掲載されました。

背景

 われわれの体のいたるところに存在する組織幹細胞は、自らの数を一定に保ちながら分化細胞を供給することによって組織の恒常性を維持しています。この働きが壊れるとがんや不妊といった様々な病気につながるため、組織幹細胞のダイナミクスは、組織の維持や特定の細胞(免疫細胞や精子)の安定的な供給のために非常に重要であるといえます。しかしながら、それがどういったメカニズムに基づいているかは、未だ明らかになっていません。
 幹細胞の恒常性を説明するために、大きく分けて二つの仮説が提唱されていました。ひとつは「階層モデル」です。このモデルでは階層の最上位にいる少数のマスター幹細胞が司令塔としてひとつずつ分化細胞を生み出すと仮定されます。もうひとつは「中立競争モデル」です。このモデルでは幹細胞内に司令塔は存在せず、幹細胞どうしが競争することによって確率的に分化細胞を生み出すと考えられています。どちらのモデルが正しいのか、あるいは組織によってメカニズムは異なるのか、長い間決着がついていません。

図1 我々が提案した数理モデルとシミュレーション結果の概要(模式図)

研究成果の内容

(1)これまでに考案された既存のモデルを包括する数理モデルの開発
 本研究では、既存の二つのモデルが必ずしも矛盾しないという事実に着目し、階層モデルと中立競争モデルをシームレスに接続する包括的な数理モデルを、細胞の増殖・分化を記述する確率過程に基づき定式化しました。この数理モデルにはマスター幹細胞が競争幹細胞を産生し、競争幹細胞が分化細胞を産生するという“階層性”が存在し、また競争幹細胞は陣取り合戦のように競争しあっています(図1左)。パラメーター(マスター幹細胞および競争幹細胞の増殖速度)を調整することで、従来の階層モデルおよび中立競争モデルを再現することができ、それらの中間的な状態をも表現することができます。この中間的な状態を「階層中立競争モデル(hNCモデル)」と名付けました。

(2)hNCモデルにおいて新規の現象(細胞数のバースト)を発見
 数値シミュレーションと数学的な解析によって、hNCモデルでは細胞集団の「バースト」が起きることがわかりました(図1右、図2)。すなわち、各マスター幹細胞に由来するクローンは、安定的に他のクローンと共存するわけでも、他のクローンを絶滅させるわけでもなく、一過的な繁栄(細胞数の増加)と衰退(細胞数の減少)を繰り返すことが明らかになりました。既存の二つのモデルを接続することで、その中間の状態で非自明な新規の現象が発見されたのです。

図2 従来のモデルとhNCモデルのふるまい

(3)モデルを区別するための新しい指標を考案
 この10年ほどで、別の研究グループらによって、中立競争モデルが示す特徴(クローンサイズの分布のスケール則)が様々な組織幹細胞の実験データから見いだされておりました。その結果、中立競争モデルが支持され、階層モデルで提唱されていた司令塔としてのマスター幹細胞は存在しないと広く考えられつつありました。しかし、本研究では司令塔を有するhNCモデルであってもこのスケール則を示すことを明らかにしました。つまり、実験データがスケール則を示していたとしても、それは中立競争モデルの証拠とならないのです。本研究ではスケール則と今回見出したバーストの有無に基づき、実験データから3つのモデル(既存のモデル2つとhNCモデル)を区別する手法も提案しました。

図3 造血幹細胞の実験結果(上)とシミュレーションによる再現(下)

(4)造血幹細胞がhNCモデルに従う可能性を提案
 hNCモデルが生物学的に妥当なモデルであることを示すためには、実際の生体内の組織でバースト現象やhNCモデルに特有のふるまいを確認しなければなりません。本研究では、先行研究によって得られたサルの造血幹細胞のデータ(Kim et al., 2014)を用いました。その結果、この実験系においてクローンサイズの時系列がバーストを示すこと、クローンサイズの確率分布がhNCモデルの予測に従うことがわかりました。したがって、hNCモデルは机上の空論ではなく、実際の組織が従うモデルである可能性を示すことができました。

今後の展開

 本研究は、既存のモデルを統一する包括的な数理モデルを提唱し、既存の2つのモデルを合体したような現象が存在する可能性を提案しました。今までは主に既存の2つのモデルが有力でしたが、同じ動物や組織に対しても異なるモデルが主張されるというように見通しが悪いものでした。今後、いままで既存のモデルで説明されてきたものも含め、さまざまな組織での検証が進むことによって、幹細胞の制御ダイナミクスを一つ高い視座から見渡せるようになることが期待されます。
 また、本研究は数理モデルと生物学の融合としても意義深いものです。こうしたアプローチを用いて異なる組織を定量的に比較することによって、生体組織の統一的理解が発展していくと考えられます。

掲載論文

Asahi Nakamuta, Kana Yoshido & Honda Naoki, Stem cell homeostasis regulated by hierarchy and neutral competition, Communications Biology, 2022
https://doi.org/10.1038/s42003-022-04218-7

参考論文

Kim, S. et al. Dynamics of HSPC repopulation in nonhuman primates revealed by a decade-long clonal-tracking study. Cell Stem Cell 14, 473–485 (2014).

プロジェクトについて

本研究は、JST【ムーンショット型研究開発事業目標2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現】【JPMJMS2024-9】、自然科学研究機構生命創成探究センターExCELLS連携研究、学術変革研究領域(B)(No. 21H05170、計画班代表:本田直樹)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の基盤研究(B)(No.21H03541、代表:本田直樹)、特別研究員奨励費(No. 21J23680、代表:吉戸香奈)の支援を受けたものです。

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学大学院統合生命科学研究科 数理生命科学プログラム データ駆動生物学研究室
 教授 本田直樹
 Tel:082-424-7336 
 E-mail:nhonda*hiroshima-u.ac.jp

<広報に関すること>
 広島大学 広報室
 TEL:082-424-3749
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 京都大学 総務部広報課国際広報室
 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
 E-mail: comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

 自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
 TEL:0564-59-5885 FAX:0564-59-5202
 E-mail: press*excells.orion.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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