本研究成果のポイント
- 化学組成を変えたハイエントロピー化合物注1)を合成し、超伝導注2)の特性を調べた。
- 合成したハイエントロピー化合物において超伝導への転移温度は関連物質の最高値の1.5倍に上昇し、磁場に対する耐性も10倍近く増強した。
- 高い磁場耐性はハイエントロピー化合物の超伝導体に共通する特徴であり、多種の元素を組み合わせるハイエントロピー化によって、強力な磁石に用いられる新たな超伝導体の開発が期待される。
研究概要
名古屋大学大学院工学研究科の平井 大悟郎 准教授、植松 直斗 博士前期課程学生、村松 佑都 前期課程学生、竹中 康司 教授、同大学院理学研究科の出口 和彦 講師、広島大学大学院先進理工系科学研究科の志村 恭通 准教授、鬼丸 孝博 教授らの研究グループは、化学組成を系統的に変えたハイエントロピー化合物(RuRhPdIr)1-xPtxSbを合成し、この物質の示す超伝導の転移温度が関連物質の最高値の1.5倍に上昇し、磁場に対する耐性が10倍近く増強することを発見しました。
ハイエントロピー物質は、5種類以上の元素をほぼ等量混ぜ合わせることで、普通は混じり合わない物質を単一の物質として安定化させた物質です。この物質群では、優れた機械的特性や触媒性能を示すため、高機能性材料として注目を集めています。
本研究で合成したハイエントロピー化合物は、化学組成に依存して超伝導特性が変化し、構成元素が等量ずつ含まれる組成の付近で、転移温度の上昇と磁場耐性の増強が観測されました。本研究の成果から、多種の元素を組み合わせるハイエントロピー化が、実用の際に重要になる高い転移温度や磁場に対する高い耐性の実現に有効であることが明らかになりました。
本研究成果は、2024年9月17日付米国化学会雑誌『Chemistry of Materials』に掲載されました。
研究背景と内容
近年、構成元素の数を増やすことで、原子を配置する際の場合の数であるエントロピーを大きくし、本来混ざり合わない物質の固溶体を得るというハイエントロピー物質が注目を集めています。2004年に多種類の金属をほぼ等量で混ぜ合わせたハイエントロピー合金の研究が始まり、2015年からは酸化物などの陰イオンを含むハイエントロピー化合物へと発展し、ハイエントロピー物質の開発とその材料特性の研究が盛んに行われています。ハイエントロピー物質は、優れた機械特性などの通常の物質では実現できないような新規な物性や優れた機能を示します。物質開発の進展とともに、高い触媒活性や優れた熱と電気の変換効率、圧力にきわめて強い超伝導特性など新たな機能が次々と発見されており、高機能材料として大きな注目が集まっています。
当研究グループで2023年に合成に成功したハイエントロピー化合物(RuRhPdIr)1-xPtxSb中の白金(Pt)の含有量xを0から1まで系統的に変化させた物質を合成し、0.4 K(ケルビン)(マイナス272.8度)という極低温での磁場中の電気抵抗率測定などによって詳細な超伝導特性の変化を調べました。この結果、この物質の示す超伝導の転移温度が関連物質の最高値の1.5倍に上昇し、磁場に対する耐性が10倍近く増強することを発見しました。
白金含有量xが0.2から1の組成の物質の電気抵抗率を測定した結果、図1(左)のように低温で電気抵抗がゼロになり、xが0.7を除く全ての組成で超伝導体であることが明らかになりました。超伝導転移温度は白金含有量xに強く依存しており、x = 0から0.4での最大値3.1 Kまで上昇したあと一度0.7で落ち込み、再びx = 1にむけて増加するダブルドーム状の振る舞いを示します[図1(右)]。x = 1のとき白金とアンチモンが1対1で混ざった物質となっており、関連する物質で最高の転移温度2.1 Kを示す超伝導体です。x = 0.4での転移温度3.1 Kは、これまでの最高値の1.5倍となりました。
図1.(左)異なる白金含有量のハイエントロピー化合物の電気抵抗率の温度変化と(右)白金含有量と超伝導転移温度の関係。超伝導転移温度はx = 0から0.4での最大値3.1 Kまで上昇したあと一度0.7で落ち込み、再びx = 1にむけて増加する。
次に、0.4 Kという極低温において磁場を印加しながら電気抵抗率の測定を行い、これらの超伝導体の磁場に対する耐性を測定しました。超伝導体に磁場をかけると、ある一定の磁場で超伝導状態が壊れます。4つの異なる白金含有量の物質に対して、さまざまな温度で超伝導が壊れる磁場の強さを測定した結果、図2(左)のようにx = 1の白金アンチモンと比べて、x = 0.2の物質では10倍近く強い磁場でも超伝導が壊れないことが分かりました。磁場耐性を転移温度によって規格化すると、白金含有量に対して図2(右)のような依存性を示します。青破線で示した、金属元素を配置する際の場合の数であるエントロピーと磁場耐性は強く相関しており、他のハイエントロピー物質においても高い磁場耐性が報告されています。これらのことから、多種の元素を組み合わせるハイエントロピー化が、高い磁場耐性に重要であると考えられます。
図2.(左)4つの異なる白金含有量の物質における、超伝導が破壊される磁場の強さと温度の関係と(右)上部臨界磁場を絶対温度で割った値と組成xの関係。エントロピーが大きくなるほど磁場に対する耐性が増強される。
超伝導体は強力な磁石としてMRIやリニアモーターカーで使用されており、より高性能な超伝導体には転移温度の向上と高い磁場への耐性が求められます。本研究で明らかになったように、ハイエントロピー化によって関連物質よりも高い転移温度や高い磁場に対する耐性を示すことから、今後ハイエントロピー化の戦略によって高性能な超伝導体の開発が期待されます。
成果の意義
- ハイエントロピー化によって超伝導への転移温度が向上することを発見
超伝導体をハイエントロピー化することで転移温度を向上させることが出来ることを発見しました。ハイエントロピー化合物は構成元素の種類や比率などの自由度が高いため、今後さらなる高い転移温度をもつ超伝導体の開発が期待できる成果です。
- ハイエントロピー化によって上部臨界磁場が増大することを発見
ハイエントロピー化合物の超伝導体において、構成元素のエントロピーが大きくなるに従って、磁場への耐性が増強することを発見しました。この磁場に強いという特徴はハイエントロピー超伝導体に共通する特徴であり、ハイエントロピー化の戦略によって磁場に強い新しい超伝導体の開発が期待できる成果です。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費事業(JP19H05821, JP20H01858, JP22H01167, JP23H04860, JP24H01187)の支援のもとで行われたものです。
用語解説
注1)ハイエントロピー化合物(物質):
5種類以上の元素が等量に近い割合(5~35%)で固溶した物質。5種類以上の金属からなるハイエントロピー合金の研究からはじまり、近年ではハイエントロピー酸化物などの陰イオンを含む物質群にも広がっている。元素が固溶する際の配置のエントロピーが、物質の安定性を決定する要因になっていると考えられている。
注2)超伝導:
物質を冷却した時、ある温度(超伝導転移温度)以下で電気抵抗がゼロとなる場合がある。この現象を超伝導転移と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体という。
論文情報
- 雑誌名:Chemistry of Materials
- 論文タイトル:Increased superconducting transition temperature and upper critical field of a high-entropy antimonide superconductor (RuRhPdIr)1-xPtxSb
- 著者:平井大悟郎(名大工),植松直斗(名大工),村松佑都(名大工), 出口和彦(名大理), 志村恭通(広大先進理工), 鬼丸孝博(広大先進理工), 竹中康司(名大工)
- DOI: 10.1021/acs.chemmater.4c01423
- URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.chemmater.4c01423
【お問い合わせ先】
<研究者連絡先>
名古屋大学大学院工学研究科
准教授 平井 大悟郎 (ひらい だいごろう)
TEL:052-789-3720
E-mail:dhirai*nuap.nagoya-u.ac.jp
広島大学大学院先進理工系科学研究科
准教授 志村 恭通(しむら やすゆき)
TEL:082-424-7026
E-mail:simu*hiroshima-u.ac.jp
<報道連絡先>
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