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【研究成果】目のない線虫は光を感じる?光受容に関わる遺伝子や神経を発見

本研究成果のポイント

  • 線虫(※1)Pristionchus pacificus(以下P. pacificus)において光反応に必要な遺伝子および神経を発見しました。
  • それらの一部は、比較対象として用いられる線虫Caenorhabditis elegans(以下C. elegans)とは異なっており、線虫における光受容のメカニズムに多様性が存在することが分かりました。
  • 線虫は1億種以上も存在しているとされ、その一部は植物や動物に寄生し、人間社会に甚大な被害をもたらしています。光は線虫にとって有害であるため、本研究の成果は、光による新たな駆除法の研究に寄与することが期待されます。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の中山賢一博士研究員(研究当時)、奥村美紗子准教授らの研究グループは、線虫P. pacificusの光忌避行動に関与する遺伝子および神経を明らかにしました。本研究成果は、線虫における光受容メカニズムの進化の解明に貢献することが期待されます。
 光受容はほぼ全ての生命が持つ重要な感覚系の一つです。地球上で最も多様な動物分類群の一つである線虫は眼を持っておらず、一般的な動物が持つ光受容タンパク質(※2)が存在しません。しかし、いくつかの種で光反応性が確認されていました。
 本実験で用いたP. pacificusは、C. elegansと比較可能な進化生物学のモデルとして確立された線虫であり、感覚神経の構造など様々な比較研究が行われています。C. elegansにおいては光受容のメカニズムが明らかになっていましたが、その他の線虫種においてどのように光を受容しているのかは分かっていませんでした。
 今回、研究グループは線虫P. pacificusが光を感知できること、その光反応に関わる遺伝子や神経を明らかにしました。また、それらの一部はC. elegansとは異なるものを使用していることが分かりました。
 本研究は、国際学術雑誌PLOS Geneticsのオンライン版で2024年11月14日(アメリカ東部時間)に公開されます。
 

論文情報

  • 掲載雑誌名: PLOS Genetics
  • タイトル: cGMP-dependent pathway and a GPCR kinase are required for photoresponse in the nematode Pristionchus pacificus
  • 著者: 中山 賢一1、平賀 裕邦1、真鍋 礼2、千原 崇裕1,2、奥村 美紗子1,2,*
    1: 広島大学大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム 
    2: 広島大学大学院統合生命科学研究科 基礎生物学プログラム
    *責任著者
    DOI: 10.1371/journal.pgen.1011320
     

背景

 地球上に生息するほぼ全ての生命にとって光の感知は重要な機能の一つであり、それらは光受容タンパク質を始めとした光伝達経路によって制御されています。例えば、脊椎動物の桿体(かんたい)および錐体(すいたい)細胞(※3)では、光受容タンパク質であるオプシン(※4)が光を受容し、その情報を二次メッセンジャーであるサイクリックGMP(cGMP)依存性経路(※5)によって伝達しています。光受容の機構は生物によって多種多様に進化していることが知られており、それらを理解することは生物がどのように光を活用してきたかを理解するのに重要です。
 線虫は水中・土壌・植物・動物体内など、様々な生息域を持ちます。1億種以上が存在していると言われており、それに伴って感覚系も非常に多様なことが予想されます。また、多くの線虫は眼のような特定の光受容器官を持たないにも関わらず、いくつかの種で光反応性が確認されています。特に生物学のモデル生物であるC. elegansにおいては典型的なオプシンやクリプトクロム(※6)ではなく、光受容タンパク質LITE-1およびその下流のcGMP依存性経路が光伝達経路として機能することが知られています。しかしながらC. elegans以外の線虫種においてどのように光を受容しているのかは分かっていませんでした。本研究では別種の線虫P. pacificus(図1)に着目し、光受容のメカニズムを明らかにすることを目的としました。
 P. pacificusは、C. elegansと比較可能な進化生物学のモデルとして確立された線虫です。自然界では土壌での自由生活性の他に、コガネムシ科の昆虫に乗って移動することが知られています。実験室内では大腸菌を餌として簡単に飼育することができます。また、感覚神経の構造などC. elegansとの様々な比較研究が行われています。
 

研究成果の内容

 当該研究チームは、まずP. pacificusが光反応性を持つかを調べるために、前進運動中の線虫頭部に光を照射し、忌避行動を引き起こすことができるかを調べました(図2)。その結果、P. pacificusは特に青色や紫外光など短波長側の光に対して忌避行動を示しました。また、この光忌避行動の頻度はC. elegansよりも高く、弱い光に対しても反応性が高いことが分かりました。次に、P. pacificusのゲノム上に既知の光受容タンパク質があるかを調べるためにバイオインフォマティクス解析(※7)を行いました。しかしながら、光受容タンパク質の候補となる遺伝子は見つけられませんでした。
 そこで、P. pacificusの光受容に関わる遺伝子を同定するために、順遺伝学的スクリーニング(※8)を行い、約2万系統の中から光忌避行動を示さない系統(図2)を5系統単離することに成功しました。5系統の変異体系統の原因遺伝子を探索したところ、3系統においてcGMP依存性経路の一部であるグアニル酸シクラーゼ(※9)daf-11、2系統においてGPCRキナーゼ(※10)grk-2に変異が導入されていることを明らかにしました。CRISPR/Cas9法(※11)によるゲノム編集技術によってdaf-11を含むcGMP依存性経路の遺伝子およびgrk-2を破壊した線虫においては光反応性が失われており、これらの経路がP. pacificusの光反応に重要な機能を果たすことが分かりました。さらに光忌避行動に関与する神経伝達物質(※12)を探索したところ、GABAおよびグルタミン酸が必要であることを明らかにしました(図3)。
 次にcGMP依存性経路の遺伝子およびgrk-2の発現を確認したところ、頭部の感覚神経であるamphid neuron(アンフィドニューロン)の一部に発現が確認されました。これらのニューロンの働きを阻害すると、P. pacificusの光反応性が低下したことから、これらのニューロンが光受容細胞であることが示唆されました。cGMP依存性経路、グルタミン酸はC. elegansの光反応に必要ですが、grk-2は必要ではなくP. pacificusC. elegansにおいて光反応に用いている遺伝子が一部異なることが明らかになりました。
 

今後の展開

 本研究によりP. pacificusC. elegansの2種の線虫において光反応性の保存性と相違点が明らかになりました。このことは通常、暗闇に生息する線虫であっても光受容のメカニズムが多様に進化している可能性を示唆しています。今後、本研究で着目した2種以外の線虫においても解析が進むことで線虫の光受容の多様性が明らかになることが期待されます。また、植物や動物に寄生する線虫も数多く存在し、人間社会に甚大な被害をもたらすことが知られています。光は線虫にとって有害であるため、本研究の研究成果を活かして新たな駆除法に関わる研究が加速することが期待されます。

謝辞

 本研究は、以下の支援により実施しました。

  • 日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ「健康・医療の質の向上に向けた早期ライフステージにおける分子生命現象の解明」研究開発領域における研究開発課題「光環境に応答する表現型多型の分子・神経制御機構(研究開発代表者:奥村美紗子)」
  • 科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「動物における第4の光受容体が拓く光生物学の新領域(研究代表者:奥村美紗子)、課題番号JPMJFR214M」
     

参考資料

用語解説

(※1)線虫: 線形動物門に属する動物の総称。身近なものとして刺し身などに付着しているアニサキスが挙げられる。
(※2)光受容タンパク質: タンパク質の中でも、光を吸収することのできるタンパク質。タンパク質によって、吸収できる波長や強度が異なる。光受容体とも呼ばれる。
(※3)桿体および錐体細胞: 視細胞。錐体細胞は明るい場所で色を感知するが、暗闇では働きが低下する。一方、桿体細胞は光の強弱(明暗)を認識し、わずかな光でも感知できるため主に暗所で働く。
(※4)オプシン: 多くの動物において光受容タンパク質として機能するタンパク質。主に目の細胞で視覚情報を伝達する。
(※5)サイクリックGMP(cGMP)依存性経路: 生物の細胞内情報伝達経路のうち、cGMPによって制御される経路。
(※6)クリプトクロム: 植物から動物まで広く見つかっている光受容タンパク質。動物においては主に概日リズムの調整に関与する。
(※7)バイオインフォマティクス解析: バイオインフォマティクスとは、生物学(バイオロジー)と情報学(インフォマティクス)が融合した学際領域を指す。ここでは、ゲノム解析を行い、既知の光受容タンパク質のアミノ酸配列と類似した配列がP. pacificusのゲノム上に存在するか検索した。
(※8)順遺伝学的スクリーニング: 紫外線や特定の化学物質などの変異原によりゲノム上にランダムに変異を導入し、その中から特定の表現型を持つ系統を単離し、原因遺伝子を調べる手法。
(※9)グアニル酸シクラーゼ: グアノシン三リン酸(GTP)からcGMPとピロリン酸への変換を触媒する酵素。
(※10)GPCRキナーゼ: 活性化したGPCRをリン酸化することで、GPCRの刺激への応答能の低下を誘導することのできる酵素。
(※11)CRISPR/Cas9法: 特異的なDNA配列を認識し、2本鎖DNAを切断することによって,標的遺伝子を改変する技術。
(※12)神経伝達物質: 神経細胞の末端から放出され、他の神経細胞や筋肉に作用する化学物質。

図1. C. elegansP. pacificusの雌雄同体の成虫
 上がC. elegans、 下がP. pacificus。左側が頭で、右側が尾。
 

図2. 光忌避行動アッセイ(試験法)による光に反応しない線虫の探索

 前進運動中の線虫の頭に短波長の光を照射する。その後、線虫が後退した場合は光に反応する、そのまま前進をし続ける場合は光に反応しないと判断した。
 

 

図3. C. elegansP. pacificusの光忌避行動メカニズムの比較

 C. elegansは光受容神経において、光受容体LITE-1で光を受容し、cGMP経路を介して情報を伝達する。P. pacificusでは光受容神経においてGPCRキナーゼによってリン酸化される光受容体が光を受容し、cGMP経路を介して情報を伝達すると考えられる。光受容神経からの情報は、グルタミン酸やGABAなどの神経伝達物質を介して、介在・運動神経へと伝えられ、筋肉の収縮により忌避行動する。
 

 

【お問い合わせ先】

(本研究に関すること)
広島大学大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム 
准教授 奥村美紗子
Tel: 082-424-7633
E-mail: okumuram*hiroshima-u.ac.jp

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 創発的研究推進部
東出学信
Tel: 03-5214-7276
E-mail: souhatsu-inquiry*jst.go.jp

(報道担当)
広島大学 広報室
Tel: 082-424-6762
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho*jst.go.jp

 (*は半角@に置き換えてください)
 


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