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【研究成果】強弾性-強磁性マルチフェロイックの機構解明-2次元ペロブスカイト化合物の弾性-磁化相互作用-

本研究成果のポイント

  • 粉末中性子線回折※1により、1回の測定で強弾性※2転移と傾角反強磁性※3転移の両方を観測することに成功し、強弾性傾角反強磁性体マルチフェロイクス※4を実証しました。
  • 強弾性からくるひずみと傾角反強磁性構造はスピン軌道相互作用を通して強く結合して弾性―磁性マルチフェロイクスとしてふるまうことが明らかになりました。
  • キラル磁性体では、キラルな結晶ひずみと磁性はスピン軌道相互作用を通して、キラルらせん磁気構造ができると理論的に考えられていましたが、このことを実験的に実証したことになります。この研究結果は、短いらせんピッチを持つ強いキラル磁気構造を持つキラル磁性体の設計指針へと展開できます。従来より高いデータ処理速度や低消費電力が実現可能とされるスピントロニクス技術において、情報密度の向上に繋がることが期待できます。

概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科、WPI持続可能性に寄与するキラルノット高等研究所(WPI-SKCM2)の井上克也教授が研究代表者を務める広島大学、スペインザラゴザ大学およびフランスのラウエーランジェバン研究所(ILL)の研究グループは、次世代IT素子や省エネルギー材料として期待され、世界中で研究が進められているマルチフェロイックと呼ばれる物質群で、特異な機能の原因である強弾性-強磁性が相互作用する原因を突き止めました。
 今回の研究成果は、これまであまりわかっていなかったひずみ磁気(MA)効果の原因が明らかになったことで、我々の別の研究テーマであるキラル磁性体など関連する材料研究に一層の飛躍をもたらすことが期待されます。なお、本研究成果は、2025年1月29日に英国王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry C」にオンライン版が掲載されました。

背景

 持続可能性の追求のため、地球温暖化を阻止するための高効率または超省エネルギー次世代IT技術として量子コンピューティング※5やスピントロニクス技術※6が盛んに研究されています。その中で、マルチフェロイクスはスピントロニクスの技術革新をひらくものとして注目され、盛んに研究されています。主なマルチフェロイクスには、電気磁気(ME)効果を起源とする強誘電強磁性体や、ひずみ磁気(MA)効果を起源とする強弾性強磁性体などが知られています。これら二つのうち強誘電強磁性体の研究は多くされていますが強弾性強磁性体に関してはあまり研究がありません。それは強弾性という物性自体があまりわかっていなかったためです。
 そのような中、2次元ペロブスカイト化合物※7は、透明な結晶であるため光学的に強弾性状態を認識できます。研究グループは以前、2-フェニルエチルアンモニウムとFeCl42−を含む2次元ペロブスカイト化合物(以下PEA-Fe、図1)が室温より高い摂氏160℃(433 K)で層内方向に自発的にひずみを形成する強弾性転移を起こし、さらに温度を下げていくと摂氏−175℃(98 K)で傾角反強磁性体に磁気転移を起こすことを報告しており(Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 9367.)、MA効果の観測が望まれていました。

研究成果の内容

 強弾性磁性体である、2次元ペロブスカイト化合物を合成し、この結晶の弾性と磁性が結合することを見出し、その原因を詳細な磁気測定、X線結晶構造解析、粉末中性子線回折等の手法を用いて明らかにしました。
 研究グループは、X線結晶構造解析によりPEA-Feの2次元ペロブスカイト構造の形成を確認後、粉末中性子線回折測定を行うことで、強弾性秩序と傾角反強磁性秩序が共存していることを明らかにしました。この強弾性磁性体は、外部磁場を印加したまま冷却すると、磁気曲線が上下にシフトする挙動が観測されました。その磁化曲線シフトは磁気転移点温度より低温で観測されました(図2)。本研究の結果、強弾性からくる結晶内のひずみは、スピン軌道相互作用を通して磁気構造に転写されることを明らかにしました。この一連の相互作用は、キラルな結晶の磁性体でも発現し、その結果キラルならせん磁気構造を安定化する原因と同じであると確定しました。

今後の展開

 2次元ペロブスカイト化合物は結晶設計から始めて、現在はほぼ自在に設計して合成し、物性測定まで可能になってきました。今回の成果は、長年の努力が実った結果です。この特異なマルチフェロイック物性は、キラル磁性体に関しても深い洞察を与えることができます。
 この研究は、結晶ひずみと磁気構造が強く相互作用する軌道角運動量の大きな磁性イオンを含む強弾性磁性マルチフェロイクス材料は、次世代スピントロニクスデバイスとして利用できると言えます。

論文の詳細情報

  • タイトル:“Coupling between ferroelasticity and magnetization in two dimensional organic-inorganic perovskites (C6H5C2H4NH3)2MCl4 (M = Mn, Cu, Fe)”
    著者名:Naoto Tsuchiya, Saya Aoki, Yuki Nakayama, Goulven Cosquer, Sadafumi Nishihara, Miguel Pardo-Sainz, José Alberto Rodríguez Velamazán, Javier Campo and Katsuya Inoue*
    *責任著者
  • 掲載雑誌: Journal of Materials Chemistry C
  • DOI: 10.1039/d4tc04445b
    ※ 本研究は JSPS WPI事業、研究拠点形成事業(Core-to-Core) A. 先端拠点形成型「スピンキラリティを軸にした先端材料コンソーシアム」(広島大学)の助成を受けたものです。

用語解説

※1 粉末中性子線回折
 粉末試料に中性子を当て、散乱される中性子線を測定して試料の結晶構造や磁気構造を調べる分析法。

※2 強弾性
結晶中に一様な格子ひずみをもち、応力によってそのひずみ状態をエネルギー等価な別の状態に反転できる状態を指します。通常、晶系の変化を伴う構造相転移により強弾性状態を示します。

※3 傾角反強磁性
隣接するスピンが反平行状態から互いに少し傾いた磁気秩序状態を指します。このとき、磁気モーメントは完全に打ち消しあわず、飽和磁化の100分の1程度の自発磁化が現れます。

※4 マルチフェロイクス
強磁性・強誘電性・強弾性のような強的秩序のうち2つ以上の強的秩序が共存し、相互作用している状態を指します。

※5 量子コンピューティング
 量子力学独自の性質を利用して、最も強力な古典的なコンピューターの能力を超えた問題を解決する、最先端のコンピューター・サイエンスの新興分野。

※6 スピントロニクス技術
 電子の電荷だけでなく、スピンという量子特性を利用する技術のこと。従来のエレクトロニクスは、電子の移動による電流を基に動作しますが、スピントロニクスでは電子のスピンの向き(上向きや下向き)を情報の単位として扱うため、より高いデータ処理速度や低消費電力を実現できる可能性があります。

※7 2次元ペロブスカイト化合物
 一般式A2BX4(AおよびBは陽イオン、xは陰イオン)で表される有機-無機ハイブリッド化合物であり、BX6八面体が頂点共有で2次元につながった層の間にAが占めています。

参考資料

図 1 293 Kにおける2次元ペロブスカイト化合物の構造。遷移金属イオンのハロゲン化物の2次元層と有機アミンからなる層が交互に積層した構造をもちます。

図 2 PEA-Feの磁化曲線シフト(5 K)とその温度依存性。磁化曲線シフトは、傾角反強磁性転移点温度(図中TN)直下からは観測されず、30 K以下で観測されました

【お問い合わせ先】

<研究内容に関すること>
 広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授 井上克也
 Tel:082-424-7416
 E-mail:kxi*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
 広島大学広報室
 Tel:082-424-3749
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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