大学院医系科学研究科 大段秀樹教授(消化器病学)

広島大学では、「特に優れた研究を行う教授職(DP:Distinguished Professor)及び若手教員(DR:Distinguished Researcher)」の認定制度を2013年2月1日に創設しました。DPは重点的課題に取り組むべき研究を行う特に優れた教授職、DRは将来DPとして活躍しうる若手人材として、研究活動を行っています。

広島大学の消化器・移植外科学科のサインの前に立つ大段教授。教授が講座のロゴ(サインの左側)のオリジナルの案を出しました。講座のイニシャルのGTSHを内臓にたとえたアーティスティックなデザインで表現し、GとTは肝胆と移植、Sは上部消化管(胃)、Hは下部消化管(大腸)を表しています。

大段秀樹教授は、自身を“Surgeon Scientist”と位置付けています。教授は広島で育ち、広島大学医学部を1988年に卒業した後、1997年に博士号を取得しました。現在は広島大学病院で医療に携わりながら研究室をリードしています。大段教授は、臓器移植のレシピエント(被移植者)とドナー(提供者)間で起こる免疫反応(拒絶反応)をなくす研究に専心してきました。この研究プロジェクトは臨床治療のために必要というだけではなく、“免疫系はどうやって自分の細胞を自家だと認識し、他家を破壊すべき侵入者と認識するのだろうか?”という、さらに大きな科学的な疑問に関わっています。この認識機能を制御できれば、臓器移植を受けた患者が一生免疫抑制剤を服用する必要もなく、また免疫系にがん細胞を排除させることもできると考えられます。

抗体関連型拒絶の抑制

大段教授は博士課程を卒業後、1997年から2000年までをハーバード医学部とマサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital:MGH)で過ごし、またフロリダ州のマイアミ大学にも短期留学しました。MGHでは血液型が異なる被移植者とドナー間の臓器移植で起こる抗体関連型拒絶の仕組みを理解するための研究に従事しました。さらに大段教授は異種間で細胞や臓器を移植する異種移植モデルを使い、ヒトの抗体関連型拒絶を解明しようと試みました。

「MGHでの主な仕事は、豚からの臓器移植(異種移植)に関する研究でした。ヒトの身体が豚の臓器を拒絶するメカニズムは、血液型が異なるドナーからの臓器を拒絶する仕組みと似ています。豚でもヒトでも、免疫反応を引き起こすのは細胞表面の糖鎖抗原なのです」と大段教授は説明します。

大段教授が移植外科医としてのキャリアをスタートした頃、血液型が一致しないドナーとレシピエントの組み合わせはABO不適合と呼ばれ、移植手術は実施できませんでした。4つの主な血液型(A、B、AB、O)は血液細胞の表面にそれぞれ異なる抗原を持つため、免疫系統はこれらの抗原を外来分子と認識して命に関わる免疫拒絶反応を開始するからです。

2005年には、その抗体関連型拒絶に関する研究が、世界初の血液型不適合のドナーと被提供者間での臓器移植の成功につながりました。現在では抗体薬物でBリンパ球(白血球細胞の一種で免疫系の一部)を破壊し、ABO不適合による抗体関連型拒絶の原因を排除することができます。

「これまでにABO不適合のドナーとレシピエント間で約20例の肝臓移植および50例の腎臓移植を行いました。最初の臨床研究の対象となった患者さんが治療に成功して退院した時が一番の喜びです。“Surgeon Scientist”として、やりがいがあります」

広島大学歯学科が3Dプリンターを使って作った肝臓の模型を持つ大段教授。ケース内の青いタオルの上に置かれたモデルは、柔らかく柔軟な繊維でできており、内部の青と白のチューブは静脈と大動脈を表しています。生体ドナーの場合、MRIやCTスキャンを使って術前にこのようなドナーの肝臓の模型が作られます。大段教授とチームは、模型を参考にしながら、各ドナーに特有の解剖学的構造に基づいて手術の段取りを決めていきます。

3Dプリンターの性能が向上して肝臓全体の模型の作製が可能になる前は、大段教授の肝移植チームは、3Dプリンターでドナーの肝臓内の静脈と動脈だけの模型を作りました。そうした古いモデルのいくつかが准教授の本棚の上に飾られています。

地元のチームワーク

2000年に日本に帰国した大段教授は、以降、広島大学病院に勤務しています。

「広島大学で仕事をする素晴らしさのひとつが、地元の同胞のすぐそばに自分の研究室があることです。広島出身の人でないとこの感覚は理解できないかもしれません。地元の人たちのためになりたい、という気持ちがあります。広島の人たちは、お互いに理解できますから」、と大段教授は地元広島に対する思いを話します。

大段教授の研究室で大事にする“コミュニティ”感覚は、先生の共同研究者との継続的な関係にも見てとれます。田中友加准教授は、2000年に大段教授の研究室で研究技術者として働き始めました。田中准教授はその後博士号を取得してポスドドクターの研究を終了し、引き続き広島大学の大段教授の研究室で肝臓移植に関連したがんやウイルス感染について研究しています。

大段教授の地元との強いつながりは、世界中の患者のために医療を向上させる努力に繋がっています。教授の研究室は2012年からカザフスタンの医師を受け入れています。彼らは日本で肝臓やがんの研究に携わり、博士号を取得して母国に帰国します。

カザフスタンの国のシンボルであるGolden Warrior(黄金の戦士)像は、大段教授の同国における医療および医学研究に対する貢献に感謝して、カザフスタンの政府関係者から贈られたものです。大段教授は、カザフスタンを訪れて同国の移植外科医にトレーニングやアドバイスを提供した他、カザフスタンから未来の“Surgeon Scientist”である博士課程の学生を研究室に受け入れて指導しています。

また、大段教授は、毎年研究室のメンバーとともに広島東洋カープの野球の試合を観に行き、研究室で“コミュニティ”意識を育てようと尽力しています。

「私は大の広島カープファンです!」と大段教授。広島カープは1991年以降、2016年にようやく成績が好転するまで負け試合が続いても、カープファンはチームを見捨てることがありませんでした。大段教授は子供の時に家族で試合を観に行ったことも懐かしく覚えていますが、一番記憶に残っているのは2013年に研究室のメンバーと観戦した試合だと言います。

広島東洋カープのキャッチャー、石原慶幸選手が2013年9月17日に打ったサイン入りのホームランボール。広島出身の大段教授は大のカープファンです。研究室のメンバーと毎年恒例で出かける野球観戦の思い出のボールで、広島大学のオフィスに大事に飾られています。

「9回裏、カープがツーアウトの場面で石原の打順が回ってきました。石原はキャッチャーとしては優れていますが、バッターとしては今ひとつです。また負けるだろう、とみな帰り支度を始めたのですが、そこで石原がホームランを打ってカープが勝ったのです。石原が打ったボールは我々が座っていたセクションに真っすぐに飛んできました」

大段教授は、今でもそのサイン入りボールをオフィスのキャビネットに飾っています。教授にとっての“コミュニティ”の大切さは、教授が科学者また医師としての成功にはチームワークが大切だ、と強調することでもわかります。

「“Surgeon Scientist”の私にとって、優れたチームを持つことはとても重要です。我々のチームには科学の専門家、臨床の専門家、そして両分野の専門家のメンバーがいます。チーム内にこの3種類の専門家を揃えることで、仕事の効率をあげ、良い結果を出すことができるのです」と大段教授は、生産性の高い研究グループのポイントを語っています。

最後に教授は、「でも、これは秘密ですよ」といたずらっぽく付け加えました。

NK細胞で生命を救う

大段教授のこれまでの最大の功績は、NK(Natural Killer)細胞を用い、肝移植手術を受けた肝がん患者でがんの再発を抑制することに成功したことです。NK細胞は、がん細胞やウイルスに感染した細胞など、ストレス下にある細胞を破壊する免疫細胞です。肝がんは肝移植後の再発率が高いと言われています。加えて、移植手術後は移植された肝臓に対する拒否反応を抑える免疫抑制剤が使われるため、移植手術後はがんに対する抵抗力が落ちています。

肝移植では、移植後の危険な血栓を防ぐために、ドナーの肝臓を被移植者に移す前に肝臓からドナーの血液をすべて洗浄します。大段教授のチームは、この洗い流された血液に存在するリンパ球(白血球の一種で免疫機能の一部)の約50%がNK細胞であることを発見しました。体内を循環している通常の血液では、リンパ球のNK細胞の割合は20%に過ぎません。

ドナーの肝臓から洗浄された血液から分離されたNK細胞は、細胞分離・培養室で3日間培養して活性化した後、通常の輸血方法で被移植者に点滴投与できます。

「この研究プロジェクトは、実験室での研究を2000年に開始し、ヒトでの臨床試験を2006年に開始しました。現在でも、がんの再発を効果的に抑える治療法として臨床試験を継続しています。また、同じ手法を使って移植手術後の血液感染を抑える方法を研究しています」と大段教授。

がんの進行段階に関係なく、肝移植を受けた患者では移植手術後の血液感染が珍しくありません。大段教授のチームは、がんの再発予防のためにNK細胞治療を受けた移植患者で血液感染が起こらないことに気がつきました。2011年、研究チームのメンバーがマイアミ大学を訪れ、大段教授の元同僚たちに会ってNK細胞を使ったがん及び感染防止の臨床試験を開始し、現在(インタビュー当時)、米国で臨床試験の第II相試験(有効率と副作用を調査する臨床試験)に進んでいます。

「ドナーの肝臓から洗浄した血液から分離されたNK細胞の点滴を受けた場合、移植後の血液感染の発症率は30%から10%に低下しました。NK細胞がこうした医療効果を持つ理由を解明する基礎的な研究はほぼ終了しており、他のがんや感染症の治療にも使いたいと考えています」

バランスとゴール

患者の治療と研究に加え、大段教授は医学部の学生に入門レベルのコースを教えています。

「病棟で患者さんの診療をするのも学生にとっての教育機会となります。ですから、私には1日の間に医療を行いながら同時にこなさなければならない仕事がいくつもあります。医療と教職の仕事が終わった夕方5時以降が、ようやく実験に専念できる私自身の研究の時間になります」と大段教授は多忙な毎日の様子を説明します。

大段教授は、広島大学病院消化器・移植外科学科のリーダーを務めています。教授の後ろに見えるのは、同学科を率いた前教授5人の写真です。当時のグループ名は、“外科学科II”で、大段教授のオフィスには今でもその学科名を書いた看板が下がっています。写真の教授陣は左から河石九二夫教授、星野列教授、江崎治夫教授、土肥雪彦教授、浅原利正教授。

大段教授は、医療現場で遭遇した問題が、夜遅くまで続く研究のインスピレーションになることが多いと言います。

「臨床で深刻な状況に直面することから、優れた研究アイデアが生まれるのだと思います。問題解決の必要性が、様々な治療法についての真剣なディスカッションにつながりますし、患者さんが直面する深刻な状況を解決するためのひとつのアイデアが、後日、複数の研究プロジェクトの源になることがあります」

大段教授は研究の究極的なゴールについて、患者が生涯にわたる薬剤治療なしに臓器移植に耐えられることと、患者の免疫系の移植臓器に対する拒絶反応の間のバランスだと言います。大段教授は、腕をシーソーのように動かしながら、「このバランスが発見できたら素晴らしいですね」と語りました。

消化器・移植外科学科のスタッフと施設。写真は大段秀樹教授提供。

広島大学病院消化器・移植外科学科の医療スタッフ。写真は大段秀樹教授提供。

大段秀樹教授の研究プロジェクトや論文は、下記の広島大学研究者総覧ページでチェックできます。
<https://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.eb4c219a3f01af34520e17560c007669.html>

消化器・移植外科学科に関する情報は、下記のウェブサイトを参照してください。
<https://home2ge.hiroshima-u.ac.jp/>

以下のウェブページで、大段秀樹教授の2008年のインタビューを読むことができます(英語)。
<https://www.hiroshima-u.ac.jp/en/research/now/no5>

このインタビューによるオリジナルの記事は2016年10月に広島大学研究企画室所属のCaitlin E. Devorが執筆したものです。写真もCaitlin E. Devorが撮影したものです。本記事の内容を再利用する場合は、広島大学への帰属を明記してください。

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