「ナポレオン」をご存知?【藤原翔太】

 わたしはナポレオン時代の研究者です。それは間違いありません。しかし、ナポレオン時代を研究していると他人に言うと、きまって「ナポレオンにお詳しいのですね」とか「ナポレオンがお好きなんですね」と返ってきます。そういうわけではないのですが。。。

『ブリュメール18日』表紙

藤原翔太『ブリュメール18日 革命家たちの恐怖と欲望』 
慶應義塾大学出版会、2024年


 わたしがナポレオンと出会ったのは小学校5年生のころです。島根の山間部の小学校に赴任してきた担任の先生が、いっぷう変わっていて、教室にたくさんのおもちゃやゲームを持ち込んでは、生徒といっしょになって遊んで楽しむ先生でした。いまから振り返れば、よくもまあ許されていたものだと思いますが、きっと田舎の自由な環境をいっぱいに享受されていたのでしょう。
 そんな先生がクラスに持ち込んだのが、「ナポレオン」というトランプゲームでした。「ナポレオン」は子どもにとっては、わりと難しいゲームです。基本的に6人で遊ぶゲームで、ナポレオン軍と連合軍に分かれて、各マークの10、J、Q、K、A、計20枚のカードを奪い合います。 
 もう少し詳しく説明しましょう。まず全てのカードを6人に均等に配ります。カードには強さがあり、2が一番弱く、数字が増えるほどに強くなり、A(1)が最も強く、そのなかでも「スペードのA」は「オールマイティ」と呼ばれて最強です。基本的なルールだけを述べますと、6人が順番に手札を1枚ずつ出していきます。最初の人が出した「マーク」と同じ「マーク」のカードを持っていればそれを出さなければなりません。そして、もっとも強いカードを出した人が、出されたカードのうち、10、J、Q、K、Aといったポイントとなるカードを手に入れます。たくさんのカード(最大20枚)を手に入れることができればよいわけです。
 ただし、個人ゲームではなく、ナポレオン軍と連合軍に分かれて戦います。ナポレオンになりたい人は「立候補」します。その際に、「強いマーク」と何枚のカードを手に入れるかを宣言します。たとえば、自分の手元に「クローバー」のカードが多ければ、「クローバーの11(枚)」というように宣言します。つまり、彼はポイントとなる20枚のカードのうち11枚を獲得すると宣言したわけです。ここで指定された「マーク」は他の「マーク」のカードよりも強くなります。他の人たちは、この宣言を聞いて、彼が11枚を獲得できるか否か吟味します。そして、その立候補に異議がなければ、晴れて彼はナポレオンとなり、宣言(先ほどの例で言えば、11枚の獲得)を達成すれば彼の勝利です。もし、他の人がそれよりも多くのカードを獲得できると思えば、自身がナポレオンに立候補することもできます(たとえば、「ハートの12(枚)!」というように)。こうしてナポレオンになるハードルは徐々に上がっていきます。ちなみに、ナポレオンになって勝利すると3ポイントを獲得できるのに対し、連合軍で勝利しても1ポイントしか獲得できませんので、ナポレオンに立候補したい気持ちは誰にでもあります。
 ナポレオンが決まると、次に、彼は「副官」を選びます。副官はカードの指名で決まります。たとえば、「クローバーのJ」を指名すれば、そのカードを持つ人が問答無用で副官になります。ナポレオンと副官は仲間です。残り4人が連合軍で、両者に分かれて戦います。先ほどの例で言えば、どちらが20枚中11枚のカードを獲得するかで、勝敗が決まります。ただし、自分が副官であることを名乗り出ることは義務づけられていませんので、副官が誰であるか確証を得るまで、どちらが優勢かわからず、終盤まで心理戦が続きます。結局、想定外の人が副官とわかり、大どんでん返しが起きることもしばしばです。

フランス革命期のトランプ

フランス革命期のトランプ(国王や王妃は不在)


 説明はこの辺にしておきましょう。しかし、このゲームがたいへん面白い。小学生のわたしたちはこのゲームに夢中になり、「ナポレオン・クラブ」なるものを名乗って、それから小学校を卒業するまでの2年間、「ナポレオン」漬けの毎日を過ごすことになりました。
 わたしがナポレオン時代を研究することに決めたのは、高校3年生のころです。世界史の教科書を読んでいて、フランス革命の激動がナポレオンの登場により終焉したとの簡単な説明に、「どのようにして?」と素朴な疑問が浮かんだからです。きっと「ナポレオン」の記憶がわたしの脳みそに刻み込まれていたのでしょう。かくして、わたしは、ナポレオン時代を専門とする岡本明ゼミ(広大文学部)の門を叩いたのでした。
 しかし、「ナポレオン」というゲームはよくできたゲームですね。何より、ナポレオンに「立候補」するところがよい。「オールマイティ」を持っている人が自動的にナポレオンになるようなら、それは「身分制」そのものですが、立候補で実力主義なところが、まさにフランス革命以後の世界をよく表現しているではないですか!


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