「ロンドンに飽きた? それは人生に飽きたってことさ。」【井内太郎】

 タイトルの「ロンドンに飽きた? それは人生に飽きたってことさ。」というのは、18世紀のある文豪が残した言葉です。学生からよく「イギリスの魅力って何なのでしょうか?」と質問を受けますが、その際に、この言葉をよく引用します。ぼくは、毎年、ロンドンを訪れているのですが、そのたびに、新たなロンドンを発見して感動してしまうのです。中世のゴシック建築の教会や美術館を見てイギリスの伝統や歴史の重みに浸っていると、その横に近代的なビルやホテルがあったりする。しかもどうひいき目にみても、整然と仲良く並び立っているとは言い難いのだけれども、それがまたイギリスらしくて許せたりする。16世紀に建築されたお屋敷を訪ねてみると、その中で人々が普段通りに生活している、つまりイギリスでは歴史的建造物は、単なる見せ物ではなくて、「生きた博物館」なのです。

 ロンドンのど真ん中に位置するハイド・パークと呼ばれる公園で散策してみましょう。ロンドンの喧噪から脱けだして静けさや癒しを求めるのなら、ここが一番。木陰のベンチでくつろぎながら、時のたつのも忘れて読書にひたる老婦人。広場に目を移せば、乗馬を楽しむ紳士たちがいるかと思えば、その横で労働者風のおじさんが、聴衆の前で演説をぶっていたりします。

ロンドン橋

ロンドン橋

 そろそろ日が暮れてお腹も空いてきたし、人里恋しくもなったので、レスター・スクエアへ歩いて行きましょう。だんだんと劇場、映画館、ディスコのネオンの明かりが眩くなってきて、スクエアの中心街にたどり着くと、このスクエアの魔力に引きつけられてロンドン中から集まってきたのではないか、というくらいにそこは人々でごったがえし活気に溢れています。アングロ・サクソン系、スペイン系、インド系、パキスタン系、中国系など様々な民族の人々がたむろし、英語、訛りのひどい英語や母国語がぼくの周りを飛び交っています。このように現在のイギリスは、「複合民族国家」なのであり、その成立過程と意義について明らかにすることが、イギリス史研究の重要な課題となっているのです。ロンドンは、そうした「イギリス的なもの」が押し合い圧し合いしながら詰まっている迷宮のラビリンス、飽きることを知らないメトロポリスなのです。

ロンドン塔

ロンドン塔

  ぼくは、「複合民族国家」としてのイギリスが、どのような歴史の中から生まれてきたのか研究しています。たとえば、16世紀から19世紀にかけてイギリスではジェントルマン階級が支配を行ってきたと言われていますが、なぜ彼らは3世紀の長きにわたり、イギリスの支配階級として君臨することができたのでしょうか。また彼らの価値観や生活様式はいかなるものなのでしょうか。近代イギリス史のもう一つの重要なテーマは、イギリスの帝国形成史に関わる問題です。あの小さな島国が、なぜドイツ、フランス、アメリカに先駆けて七つの海を支配する帝国を築き上げることができたのでしょうか。それは偶発的な出来事というよりも、そうなるべき必然的理由をイギリスが兼ね備えていたと言うことなのでしょうか。とすれば、そもそも「ジェントルマンと帝国」が、いかなる関係を取り結びながら近代イギリスは形成されていったのでしょうか。こうした近代イギリス史上の研究課題の解明に取り組み、またその成果を授業でお話ししています。


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