文学部なのに建築史??【中村 泰朗】

   平成20年の春、私が広島大学文学部に入学したころ、「人文学へのいざない」は書籍として新入生に配布されていました。入学当初の私は初めての一人暮らしに悪戦苦闘。また、高校までとは全く異なる高度な講義、慣れないアルバイト、様々な個性をもった新しい友人たちとの遊びに忙しく、書籍版「人文学へのいざない」は早々と本棚のインテリアになってしまいました。自分自身が執筆者の一人になると知っていれば、少しは時間をかけて読んだはずですが…。

 さて、私は日本建築史を専門としています。そして、文学部に日本建築史の研究室を置いている大学は多くありません。そこで、「人文学へのいざない」の趣旨とは少しずれてしまいますが、ここでは日本建築史に関する基本的な話をしようと思います。

   日本建築史では、神社本殿や寺院本堂などの宗教建築、城郭に築かれた天守・城門・御殿、庶民が暮らした町家・農家など、日本の古建築を研究の対象としています。私自身は、学部から博士課程前期までは地元・山口県の社寺建築について検討し、博士課程後期からは方向性を大きく変えて、織田信長や豊臣秀吉が活躍した時代の御殿について研究を進めています。また外部の企業や地方公共団体と連携して城郭建築の復元研究も行っています。ただし、実際の建物を復元するのは色々とハードルが高く、城跡の保全を考えると課題も多いため、最近はVRをはじめとしたデジタル技術による復元に注目しています。

丸亀城復元VR 建物の配置や立面を諸史料に基づき復元
(丸亀市/株式会社xeen)

 日本建築史の調査では、一つ一つの建物に時間をかけてしっかりと検討します。
例えば法隆寺や東大寺などの大規模な寺院に観光でいったとすると、二~三時間もあれば寺院内にある古建築のほぼ全てを拝観できると思います。しかし、我々の調査では簡易的な写真撮影調査であったとしても、一つの建物に数時間を費やすのは当たり前です。言い換えると、古建築は一般的に考えられている以上に見所がたくさんあるのです。こちらがしっかりと見ることができれば、古建築は多くの情報を我々に示してくれます。日本建築史を勉強する際には、教室の講義で基本的な知識を身に着けるのと同時に、できるだけ多くの古建築を見学して、見る目を養うことが非常に大切です。

  ところで、多くの大学では日本建築史の研究室は工学部にあります。
そのため皆さんは日本建築史と聞くと理系の学問と思うかもしれません。それに、「建築」とある以上は高度な数学的知識が必要なんでしょ?と考える方もいるでしょう。ご安心ください。いわゆる一般教養程度の数学がざっくりと理解できていれば十分です。高校時代、私は数学が大の苦手でした。数列?微分??ベクトル???の状態で、数学の成績は惨憺たるもの。しかし、これまで日本建築史の研究を進めるのにあたって、数学的知識が足りなくて困ったことはありません。せいぜい御殿に敷かれた畳を数えるのに電卓の力を借りたぐらいです。私の研究室では、日本史が好きで、社寺や城跡などの名所旧跡を巡るのが好きな方であれば、たとえ数学が苦手であったとしても大歓迎します。

 日本建築史に限らず、研究はちょっとした常識を疑うことから始まります。
教科書に書かれていること、先生が言ったことを盲目的に信じていては、研究の進展は見込めません。自分自身が少しでも「なぜ?どうして?」と感じたことがあれば、納得ができるまで調べてみてください。皆さんが感じた「なぜ?どうして?」が将来の大発見につながることだってあります。文化財学分野に進級して、私の研究室に配属されることになった際には、皆さんの「なぜ?どうして?」を大切にして、古建築に関する様々な事柄を一緒に考えていきたいと思います。皆さんと一緒に歴史の教科書を書き換えるような大発見ができることを楽しみにしています。

 

仙台城本丸御殿復元VR 前任校の学生とともに復元考察を行った
(青葉城資料展示館/株式会社キャドセンター)


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