もし中世ヨーロッパや江戸時代の日本のような封建社会に生まれた場合、キャリアについて悩む必要はほとんどありませんでした。というのも、通常は親の職業を受け継ぐか、少なくとも同じ社会階層にとどまるのが一般的だったからです。職業生活について心配しなくてよいという点は、学生の立場から見れば一定の利点があるようにも思えます。しかし、自分で選んだわけでもなく、場合によっては好ましくもない職業に就くことを強いられ、つまり職業的に自己実現ができないという状況は、かなり重苦しいものです。
福沢諭吉は自伝『福翁自伝』の中で、自身の出生時に父が彼を坊主にしようと考えていたことについて述べています。江戸時代の封建制度のもとでは、身分的上昇の可能性がある数少ない道の一つが坊主になることだったからです。
「中津は封建制度でチャント物を箱の中に詰めたように秩序が立て居て、何百年経ても一寸とも動かぬと云う有様、家老の家に生れた者は家老になり、足軽の家に生れた者は足軽になり、先祖代々、家老は家老、足軽は足軽、その間に挟まって居る者も同様、何年経ても一寸とも変化と云うものがない。ソコデ私の父の身になって考えて見れば、到底どんな事をしたって名を成すことは出来ない、世間を見れば茲に坊主と云うものが一つある、何でもない魚屋の息子が大僧正になったと云うような者が幾人もある話、それゆえに父が私を坊主にすると云たのは、その意味であろうと推察したことは間違いなかろう。」
明治維新によって封建制度は終わり、自由主義的な啓蒙思想家であった福沢は、個人の自己実現のためにも、また日本にとっても、教育が重要であると認識しました。その点については『学問のすゝめ』で詳しく論じています。教師である私にとって、学びが人生にとってどれほど重要かを語りたくなる気持ちが強くなりますが、ここではあえて触れません。
むしろここで考えたいのは、自分の人生を自ら選び、計画しなければならないという状況が、理論上は望ましく、現代社会においては当然のことと見なされている一方で、実際には若い人々にとって大きな問題ともなりうるという点です。すなわち、進学、キャリア、恋愛、居住地などについて、自ら責任を負って選択しなければならないという問題です。英語圏には、こうした問題に対処するためのいわゆる「self-help」の本が数多く存在します。日本でも、サミュエル・スマイルズの『自助論』は明治期以降『西国立志編』というタイトルで広く受容され、驚くべきことに、そこには今日でも有益な示唆が多く含まれています。しかし、こうした書物はやや理論的に過ぎる傾向があります。
たとえばベンジャミン・フランクリンのような人物の伝記は、成功した人生の具体例を若い読者に対して示してくれます。また、フィクションの物語においても、このような指針への欲求に応じています。ドイツではいわゆる「教養小説」というジャンルが成立し、若者の成長過程が描かれますが、そこには多くの若者が直面する典型的な問題が反映されています。たとえばヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』の主人公は、父の職業を継いで商人になるべきか、それとも俳優になるべきかという選択に直面し、さらに適切な恋愛相手を見つけることにも苦労します。
ドイツ文学研究者ヴィルヘルム・フォスカンプは、このように文学が重要な機能を果たしていると指摘しています。教養小説や自己啓発書のような物語は偶然に生まれるのではなく、多くの若者が抱える「自分の人生をどう設計すべきか」という問題に応答するものです。
ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、「説明」と「理解」を区別しました。「説明」とは社会的現象をその成立条件に基づいて因果的に捉えることであり、たとえば教養小説や自己啓発的な物語がなぜ生まれるのかを問うことに対応します。一方で「理解」とは、人間の行為の背後にある意味を把握することであり、特定の状況において人々がなぜそのように行動するのかを考えることです。これを文学に当てはめると、作品中の人物の選択や経験だけでなく、作家や読者の視点も歴史的文脈の中で理解しようとすることになります。
このように、成立の条件と行動の意味の双方を問うアプローチは、私自身の研究と教育においても重要な視点となっています。それは、芸術と社会の関係をより深く理解するための有効な方法であると考えています。
※掲載画像の一部は出典不明ですが、被写体はいずれも没後70年以上経過しており、学術・教育目的の範囲で掲載しています。

Home
